オオヒルメ(天照大神)の決意
「そうか、ナミがそう言うのであれば、そなたの意思に従うことにしよう‥、が私が気になっているのは、別に葛城(奈良)の国に異変が起こっていると聞いている。そのことは後でナムチに事情を聞くとして、それともう一つ、私の生まれ故郷の淡路にも立ち寄って、そなたを案内したいと思っての旅立ちを思いたったのだが‥、」
「いいえ、貴男は、この出雲を守って下さい。又、この出雲の教えをもっと立派なものにして、国じゆうの者が幸せになるようにして上げて下さい。私は女子です。子供を亡くした悲しみは、女子以上に男子には分かりません。〈しかし、ヒルコは生きています〉今、皆様方が集まっています。これからのことを、父の代わりに指示して差しあげて下さい!」と夫のナギに進言した。
先ほどのナミはもういない。皆は呆然としてナミのキリッとした目と発言に、驚きと希望を感じ取った。
じっと二人の話を聴きながら、王のタカムスヒは、自分の代になってとんでもない事態に陥ったことを悔やんだ。
この出雲国は、筑紫の北岸から越にかけて、朝鮮半島に近い位置にあり、漢人、韓人を含め、日本列島の各地から、いろいろなな種族、民族が入り込んで、列島の中でも主力都市の要となっているのだ。その中で,幾百年もの年を重んで倭人集団とタカムスヒ族(三内円山系-青森)が主力となって出雲国を統括して来たのだ。
なんとかナギ殿が、この問題を処理してくれなくては、もう自分の手ではどうしようもない。タカムスヒ族が失墜してしまうのである。
ところが、息子ヒルコの一件で、嘆きの深さに我を忘れていた娘が、突然生き返ったようにナギに生気を吹き付けた。タカムスヒは、思わず瞳孔が開き、娘の言葉にウンウンと頷きながら、ナギを見つめた。
ナギは
「ナミの言っていることは、最もなことだ。今、私はタカムスヒ王の依頼と信頼を放棄、いや‥、無視する訳にはいくまい
」と。タカムスヒには黙礼し、座を見渡した。
「私達が今行っている事業は、この列島に所属する人達の生活の安定と、各地域の協力のもとに民族を一つにしようとする目的からである。出雲が全国に「フゲキ」を派遣しているのは、安定した生産を各地域の人達が行い、安住先を確保出来るようにお手伝いをしていくためだ。今まで狩り先を転々と山を渡り歩いたり、少々畑作が出来るようになっても、暴風に見舞われたり大雨の為に畑が流されたりで、土地を離れざるを得なくなったりなど、又、海の幸だけで生活を余儀なくされたりの生き方から、しっかりした人間としての物の考え方を浸透させ、稲作(水田)を利用し、田畑を充実させ、海の幸と山の幸を上手に利用していくことを、この何百年の間列島の人達は努力し進歩して来たのだ。私達出雲の教えは、その改善の為の運動でもあるのだ」と。
「それが何故出雲なのですか‥?他の国々の王達も同じようなお考えでは‥、」
ニニギが尋ねた
「当然他の国々の王たちも同じ考えであろう。ただ、目的が違うのだ」
「それは‥?」
「ニニギ‥、私達は他の国々の王と違って、この列島内の土着の人々もどのような種族の人々も同様に、同じ民族として将来成り立つて行けるよう働きかけ説得して行動しているのだ」とナムチが答えた。
「ナムチ‥、イワレヒコがもう五才になったわ」突然、オオヒルメが発言した。
ナムチはびくっとした
一同、なんの事かちょっと理解するのに手間どっていたが、横に座っていたツクヨミが、姉の膝を思い切り常つて、厳しく睨み付けた。が、すぐ夫のナムチに話を続けるよう優しく促した。
ナギもナミも初めて聞く
オオヒルメとナムチに子供がいたことには驚いたが、この緊張した場で、オオヒルメが横やりを入れたのは、何か理由があろうかと黙視した。
その場の他の者の思いも同様のようだ。ただ、ニニギだけは、ええ!?と驚きの表情を示し、母に言葉をかけようとした。すかさず
「そうだよニニギ‥、この列島はまだまだ文明が開化されていない。韓人の国々、大国の漢人の国にはいろんな面で文明の発展に邁進している。その遅れを少しでも取り返す為に、大いに見習い追いつかねばならないのだ」
ナギがその場を取り繕った。
「しかし、それは武力でもって己の力で服属させる者ではなくてですね」
ニニギは、祖父ナギの咄嗟の説明よりも、前のナムチの他の国々と違う出雲の目的に関心があったのかナムチに返答を求めた。
ナギが言った
「そうだ、己の欲だけで邁進する者達のやり方を逆に利用するのだ。この列島を我々は、そのよう場にしたくない為にな‥、」
母オオヒルメの突然の発言の内容には、ニニギはどうしても戻すことは出来ないと諦めた。
頃合いを見て、ようやく出番を回って来たようにオオヒルメが言った。
「日向(宮城県)の西都原は今、馬韓(ばかん、朝鮮の国)に率いられている倭人が、その反対に土着の民を追い詰めているのですわ‥、」
「なにい‥!オオトノジ様はそれを承知で土着の民を追い出そうとしているのか!?」
ナギは義父の西都原の王を良く知っている。南国で列島の一角を支配する大王である。大海(太平洋)に散らばる各島々から、列島の西都原に頼る人々を全て受け入れ、彼等の主として信頼を仰いでいた。
倭人は古から多数移住して来ており、ナギが「フゲキ」として赴いた時には、その姫との契も許してくれ、娘まで授かつたのだった。ナギは当時、意気盛んなフゲキの若者として列島を渡り歩くのが夢であったので、妻を説得して旅立ってしまったのであった。それでオオトノジ王は、ナギを応援してくれていたのだ。
「して‥、オオトマベは‥?」
「亡くなりました‥、!」
声を震わせ、オオヒルメ母の死を目撃した時の事を思いだし、悔し涙を隠すように父のナギに訴えた。
「オオ!!なぜじや、なぜオオトマベ(オオトノジ王の妻)がそのような目に‥!?」
「オオ!!」と同じくタカムスヒ王が、唸るように悲鳴を上げた。オオトマベは、タカムスヒ王の父の妹の子である。
オオヒルメは声を詰まらせながらも
「同じ倭人でも、馬韓に率いられている倭人は主体性がありません。古から西都原の土着の民と同様に王家から援助を賜わり同化しつつ王家を助ける立場にあるにもかかわらず、八代(熊本県)を拠点にしていた馬韓軍に攻めいられ、脆くも敗退した後は彼らの言いなりになってなってしまったんだわ‥、このままでは韓人が西都原を支配しかねません。いったい馬韓は列島をどのように‥、それとも、彼らの一部が列島に巨大な根拠地を持とうとしているのかしら‥?」オオヒルメは父ナギに打開策を見出だそうとした。
「オオトマベは、その者達の横暴に反対して犠牲となったということか‥なんと‥、!しかしオオヒルメ、よく考えよ。馬韓のやっていることは侵略じゃ。オオヒルメ、気をしっかり持て!西都原の民や王を守るのはそなたの役目じやぞ!!」
オオヒルメはビクッとして、激しい口調で自分を叱咤している父に戸惑いを感じながらも、挑むように次の言葉を待った。
「考えても見よ、そなたは奴国(福岡県)の王の息子に嫁入りし、ニニギを産んだ後、幼い息子をを残して西都原に帰ってしまったではないか。父や母を案じてのことであったかは知れんが西都原と倭人と出雲の血を引くそなた以外、誰にもなし得ないのだ」
「うう‥、うう‥、!」嗚咽が漏れた。
西都原や周辺地域の民が大勢日南の津[港]から船に乗って方々へ逃げ去って行ったのを‥、!このような状況になるまで、自分はただ悲しんでいただけだったのだ。父の言葉にオオヒルメは、自分の不甲斐なさを恥じ何もしないで傍観していたことを悔やんだ。じっとしてはいられない。オオヒルメは落ち込むでいる自分を叱咤した。
「ハコクニ様、宇美の里から昨年ミナトベがヒコミコ(ニニギの息子)を連れて吉野ヶ里(佐賀県)から菊池方面(熊本県)へ向かったと聞きましたが‥?」
「そうです。そしてイクツヒコネがナンシヨウメ(ハコクニの息子)を連れて韓の国に渡っています」
「ホホウ‥、そうですか」オオヒルメの憂いの目が、ほんのり明かりの兆しが見えた目に変わった。
「父上、ありがとう。自分が至らなかった為に、祖父(オオトノジ王)や母を見殺しにしてしまったわ。イヤ、祖父はまだ健在ですが、もう気力を損なっています。私がなんとかしなければ‥、!」
思案げにゆっくり眼をつぶつた。
そしてナギも自分が西都原の状況を全然把握できていなかったことを悔やみ、妻であつたオオトマベの死を知らされて愕然としたが
「ハコクニ殿、宇美の里を今の遠賀川から、そうよのう‥、筑後川や那珂川(なかがわ、福岡)上流地域のどこか
適当な場所へ移したいと思うのだが‥、適当な場所があるかどうか物色してはくれまいか」
「ホホウ‥、」ハコクニは、ナギの考えていることを察知した。ナギ様はオオトマベの死には相当参っているようだ。ハコクニはタカムスヒ王の叔父の息子である。
「で、今の里は‥?」
「そのままにし、少し数を減らしましようか。新しい場所が決まればこちらから人を送り応援しましょう」
その会話にオオヒルメが眼を開けて、チラツとナギに笑みを投げた。
ナギはそれを受けて何度も頷いた。どのような手段を使ろうと構わぬ。なんとか馬韓人を西都原から追い出すのじゃ。と
言わんばかりに、笑みを返した。そして
「スサ‥、ハコクニ殿と一緒に筑紫へ行ってくれまいか。適当な場所を物色したら使いを送ってくれ。その後、伊都国(福岡)に寄ってニニギと合流し、伊都国王のオシホミミと会ってくれまいか。彼に、今の列島の状態を説明して、今後の行方を話し合って来て欲しいのだが‥、!」
ナギは息子のスサに指示した。
「はい父上、承知ですが今、斐伊川上流での鉄の産出によって
鍛冶職人と耕作用具と武器を作っている最中ですが‥?」
「分かっておる。今はそれも大切な仕事じゃが、伊都国王のオシホミミと話が出来るのはそなただけじゃ。是非とも、その任務に当たってくれまいか。そこでじゃ‥、オオヤマツとワタツミを出雲に残し、その生産と、今後の出雲国の警備体制を相談したいと思っているのじゃ」
スサは父の変わりようにびっくりした。警備体制を‥、!父は戦を始めるつもりか!?姉の話に、父の心の何かが作動し始めたのだ。
スサだけではない、一同、緊張低下面持ちで互いに見回した。
「ナギ殿、そろそろ時期が来たかとお考えのようですな仕事」
「はいタカムスヒ様。今、動かねば手遅れになるかと‥、!」
そのやり取りに一同、それぞれ声をかけようとしたが、ナギが両手で制
し、再び
「スサ、オシホミミ王は、今列島の要としてリ-ダ-シップを取っている。列島の各王は、韓へ行くのも漢へ行くのも皆伊都国を通じてしか往き来出来ないでいるのじゃ。それは筑紫(九州北部)一帯の国々の王が倭人で占めていることと、伊都国と弁韓(朝鮮半島南端の国)が兄弟同然の関係にあるからじゃ。そこでじゃスサ‥、早急に弁韓との関係をもっと考えて見なければならんと思ったのじゃが‥、!」
「というと、弁韓との関係を打ち切れと‥?」
ニニギがしびれを切らして発言した。
半島の弁韓には、倭人集団がかなり在る。
「いやそうではない‥、ニニギ。それはいずれ話そう」
ナギは正面に向き直って
「ところでオオナムチ殿、越[福井県から新潟県]に居る倭人達の様子はどうですか‥?」
「越(ここでは富山県)は今、私達の同族である玉造人と大陸ないし半島から来た越人[中国戦国時代の大国]の子孫達が支配権を争っていて、倭人と古からの土着民がその調整役というところですか」
「すると倭人は、どちらともいがみ合うことなく、生活が出来ているということだね」
「いや、そうでもないようです。倭人には基盤が無いので。安定した地域の確保が難しく、ほとんど越人、玉造人に土地を借りて作物の栽培に当たっています」
「それでは、事情に寄ってはいつ追い出されるか分からないと?」
「ええ、しかし倭人の技術は優れているので。一方では両族とも倭人を珍重しているのて、急ぎの不安はないと思います」
「そうですか‥、!」越人は大隅の八代[やつしろ(鹿児島から熊本の地域)]に勢力を持っている呉人[ごじん(中国戦国時代の大国)]の子孫達と交流が深いと聞く。
越人も呉人も将来、倭人には手強い相手になろう。
ナギは越に倭人の拠点を望んでいた。陸奥(むつ青森)から筑紫(九州)までの海上ル-トの拠点の中でも最重要地域なのである。