スサ、ヒコミコ伊都国王オシホミミを暗殺
母は、奴国王の息子アシナカツ(現奴国王)と結婚して、自分を産んで三年も経たぬうちに、実家の西都原に帰ってしまった。それから十二年後に、オオヤマツの娘コノハサクヤを嫁に貰ってヒコミコが生まれた時、孫を見に奴国に来たくらいだ。六年前に、出雲での会議の時会ったが、ほとんど話しもせず、ヒコミコの様子を聞かれたくらいで、[「貴男は、筑紫で立派に働くのよ」]と言ったきりで、母子としての会話もなく別れた。
[そんな母が、こんなにざわついている筑紫へ何用で来ているのだろう‥、今、叔父のスサは、奴国に着いただろうかと言っていた。父のアシナカツと、何か大切な話があったのかな‥?
]
「ニニギ、何を考えておる。母のことが気になるか
‥?」
ニニギの様子を窺って、スサが鎌を掛けた。
「いやぁ‥叔父様には参ったなあ‥、それで、母上は何ゆえに奴国に‥?」
「ニニギ殿には、オオヒルメ殿の動きにびっくりしている様ですな‥、」
ハコクニが、ニタツと笑ってスサを見た。
「この際、皆に話しておこうと思う。今、我々は重要な立場にある。ワタツミが船団を率いて吉野ヶ里に来た時、私は急ぎ馬韓の群山に向かわせた。十済(ジユウチエ、後の百済くだら)が中国系の倭人を船で連れて来るからだ。今まで少人数だが幾度か連れて来た実績があると聞く。仁川(インチョン、ソウルに近い港)からなので、当然馬韓の宗主国である扶余国の港白村港を通過せねばならぬ。戦が起これば、地元の強みで十済軍はかなりの痛手を被り、倭人達も無事では済まぬだろう。そこで、ワタツミ軍が援護に回ったのじゃ」
「何故、十済がそこまで倭人の味方を‥?」
ミナトベは、不思議そうに聞き返した。
「勿論、十済にも事情があり、倭人に援助する見返りを求めておる」
「どのような‥?」
ハコクニが今度尋ねた。
「現在の十済の本拠地は、城南[(ソンナム(ソウル)]に隣接していてその一帯仁川港も含め、危うくなっているらしい。公孫氏の勢力が日増しに力をつけ、楽浪郡(らくろうぐん、ピョンヤン近辺)を配下に治めていると聞く。十済は対抗手段を取りたくとも、身内にあたる高句麗とは引き離され、独自では対抗出来ないでいるのだ。止む無く己達の領土を、一時的でも他所に求めなくてはならなくなった。ということだ」
「それが、倭人を助けて役に立つ‥、と‥?」
ニニギは、倭人達が半島の勢力争いに、何故加わらねばならないのか、理解出来なかった。
ニニギの疑問にスサは答えた。
「そうだ。自分達の国を南の全州(チヨンス、弁韓の晋州に近い)に求めたからだ」
「それでは、全州国も扶余国も黙ってはいまい」
すかさず、ハコクニがリズムにのせた。
「そうです。全州国と扶余国とは親密な間柄です。しかし、全州国は、十済とは先祖が一緒なので、同一氏族なのです。十済の要請には融通を利かすでしよう。仮に、扶余国が猛反発して攻めて来ても、東に倭人の国が出来れば、扶余国もそう簡単には攻めきれるものではありません」
スサも、ハコクニのリズムに合わせた。
「それが、十済が倭人に要求する見返りです」
「すると、弁韓の地を倭人の国にするということが、
我々の最終の目的ですか。叔父上‥、」
「よく気が付いた、ニニギ
。その為にいろいろな難関を突破せねばならん。それも急ぎだ。実のところ、一刻も猶予ならんのだ」
ニニギは、全体の流れが、まだ掴めない苛立ちに叔父を睨んだ。
「話を良く聞けニニギ!?
」
スサは、睨み返した。
「父のナギ王が考えていたのはここまでで、ある程度のトラブルが有っても、三年の期間を考えていた筈だ。ところが、辰韓が動き出したので、余裕が無くなつた訳だ」
「すると、辰韓の動きを封じ込めねば、先に進め無い
‥、と」
「そうです、ミナトベ殿。
姉が、奴国に来るのはその為です」
「母上がいったい何をするのです‥?」
「船団を率いて、慶州を攻める為だ‥、」
「ええ‥、!母上が戦いに向かうって‥!?」
ニニギは、自分の母にそんな男気の有ることなど想像も付かないので、ひっくり返そうになった。
「オオヒルメ様は、西都原を牛耳っている馬韓兵を、
皆殺しにして国を守った人だ。そんなに驚くことでは無いニニギ殿」
ハコクニの言葉に、ニニギは益々真っ青な顔になった。
「ニニギ。そちをこの筑紫の主にする事が姉の夢だ。もっとしっかりせい‥!!
」
スサは、大声でニニギを叱咤した。
「この情報と計略は、ナムチ(スサの弟)の娘のヒルメの霊感からだ。西と東からの防御と攻め、内陸からは辰韓を追い落とそうという戦略じゃ。先手を討つ為には、時間を無駄にしてはいかん‥、と‥?」
「ほほう‥、!」
その話しに、ハコクニもミナトベも感心して相槌を打った。
「ヒルメに、そんなに強い霊感が宿って要るのですか
‥、」
ニニギは、幼い頃に会ったヒルメを思い浮かべながら、不思議そうに呟いた。
「ふうむ‥ヒルメのことは、幼児の頃しかしらぬが、最近きいたところによると、交易船で各地を回っている船乗り達の話では、その霊感は相当なものらしい‥、ともっぱらその噂で持ちきりらしい」
そうですね。十才の時にフゲキとして旅立ちましたが、もう五~六才の時から、霊感が芽生えていて、幼い仲間から不思議がられて、占ったことが図星だと、恐れられていましたよ」
ハコクニ(宇美の里の校長)は、自慢げに呟いた。
そして皆に
「いやぁ~~ヒルメさんは、霊感だけでは有りません。韓の国にいるナンシヨウメから、いや私の息子ですが‥年に一度、情報をえてました」
「ええ~~それは誠ですか‥!」
スサも、驚いた様子だ。
「はい。すべて一方通行でしたが、二年前でしたか‥
一回だけ、ナンシヨウメに文を送っています」
「どういう内容でした‥?
」
ミナトベ(ヒコミコと同行のフゲキの長)が、興味深く尋ねた。
「はい。漢語を詳しく学べ‥と」
「どういう意味なのでしよか?」
ミナトベは、その発想の根拠を図りかねた。
「分かりません‥、まさか中国の事まで、今必要なのかどうかは‥しかしヒルメは、ナムチ殿からも一回文を貰っています」
「本当ですか‥!?それには何と書かれていたのですか‥」
「ええ、ナムチ殿が、もう十年近くも葛城から抜け出せない理由と、葛城(奈良)の王達の動きを、大まかに知らせていました」
ニニギは、何という人だ‥一体何が彼女をそこまで追い立てるのだ。
息子のヒコミコと同い年なのだから、まだ十七才というに、この列島のいく末を、いろんな情報を元に占おうというのか。いやそれだけではない。現に今回は、半島(朝鮮)の戦略まで指示しているのだ。
逆にニニギは、自分の愚かさに身震いした。
「明日、オシホミミ王は、鹿狩りを行うと言っていた。何か方法はないものかのう‥、」
スサが、何か飛んでもないことを考えているのではないか、と三人とも訝った。
そこへ
「遅くなって申し訳ないありません。少し鹿の群れを探すのに手間取りまして‥、」
「それは、オシホミミ王の指示でか‥?」
スサが、厳しい目付きでヒコミコに問うた。
「左様ですが‥、大叔父上様、何か‥?」
座の空気が殺気立っているのに気付き
「父上、何の話しをされていたのですか?皆様の様子が、少々気になりますが‥、」
父のニニギに理解を求めた。
「いや、そなたの案ずることではない‥」
ニニギにも、この状況は説明できず戸惑っていたのだ。
立派な青年になったヒコミコを、じっと見つめていたスサが
「暫く見ぬうち、頼もしくなったのをヒコミコ‥!」
「いえ、大叔父上ご冗談を
‥、」
少しスサに厳しい目付きで答えたが、それでも嬉しそうにスサに目礼した。
「勿論、明日はそなたが案内役という訳だ」
「ええ、先ほど報告して参りました」
ヒコミコは、何故スサが、たかが鹿狩りの話を続けようといるのか訝った。
自分が来るまでの重苦しい雰囲気を和らげる為か‥
それとも大叔父上も同行しようという気になったのか‥勿論、オシホミミ王も大叔父上の弓矢の腕前はとうに承知しているはず‥誘っていない訳がない。大叔父上が、何らかの理由で断っているのだ。それにしても‥?」
「そうか‥もう報告は済ませて来たか。で、どの辺りにその鹿の群れは居ったのじゃ」
「はい。那珂川の上流ですが、此処からでしたら一時(二時間)ほどで行けます。今朝の夜明け前に、そこには所々で、親鹿が子鹿を追いかけていたので、親離れさすのには、この二、三日はその地にたむろしているはずです」
「そうか‥、そうか」
スサは、ニコニコしてヒコミコの話を聞いていた。
しかし、ニニギ、ハコクニ、ミナトベの三人は、不吉な予感がして、じっと二人の遣り取りを見守っていた。
「所で、そちの武器は弓矢かつぶ手(石ころを投げて
相手を倒す)か‥、」
「私は、弓矢よりつぶ手が得意です」
「百歩(約七十メ-トル)先の猪を、何度も仕留めて、我々フゲキの旅の食の助けに成りもうした。ヒコミコのそのつぶ手の腕は、誰にも引けを取らんでしょう。スサ殿‥、」
ミナトベが、もう心に決めて保証した。
「そうですか、そうですか‥、それ程の腕前とは、
恐れ入ったよ。のうヒコミコ‥、」
「いやぁ~~大叔父上の弓矢の凄腕にくらべると、自分のつぶ手の腕など、何の自慢にもなりませんよ」
どうもヒコミコには、スサの意図することが分からない。父のニニギは、目をつぶってじっと何かに耐えているようだ。
「大叔父上、私に何かお話でも‥?」
ヒコミコは堪り兼ねて、思い切って尋ねた。
スサもそろそろ潮時と感じたか
「そうか、そうか。今から私の話すことを、良く聞いて欲しいのだ」
「はあ‥承知しました」
「今、半島では、そなたも知っているように、弁韓が窮地に追いやられている。
辰韓が、一つ一つ弁韓の地を襲って、自国の地を拡大しようとしているのだ。勿論、辰韓にも事情があって、南に退路を確保せねばならんのだ」
「と言いますと‥?」
「辰韓は、北に〈濊わい〉という騎馬民族と隣接しているのだが、その〈濊族〉が南の辰韓を脅かし圧迫を加え出したのだ」
「辰韓は、その〈濊族〉には勝てぬと‥?」
「いやそれだけでは無い。〈濊族〉も又、その北に隣接する〈プヨ族、馬韓のプヨ国とは違う大国。ツング-ス系の騎馬民族〉に圧力をかけられている為、辰韓と同じように、退路を確保しようと動き出したのだ
」
「それでは、半島の韓族は徐々に圧迫され、将来、制服される危険があると‥!
」
「無くはない。しかし、今、倭族がそれを阻止しようと動いているのだ」
ニニギとハコクニ、ミナトベの三人は、唖然として顔を見合わせた。先ほど我々に話した内容とは、情勢の捉え方が違うのではないか‥、と。
「もう‥時間が無いのだ」
「ええ‥!大叔父上。それで倭族は何としようと‥?
」
「そうだ。弁韓の地に乗り込むのだ。そして〈濊族〉に睨みを利かせねばならん
」
「そんなに倭族には力が有るのですか‥!」
「今からの動き次第じゃ‥、」
「それで私に何を‥?」
「オシホミミ王を倒すのじゃ」
「ええ~~~!?」
四人は同時に、悲鳴に似た驚きの声を発して真っ青になった。




