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追放とレベルアップ

───お前には才能がない。


なんて言葉を突きつけられる気分を味わったことはあるだろうか?

誰よりも集中し、誰よりも熱中し、誰よりも努力した先にある結果。一夜ではなせない長年の努力の結晶。


それがたった数日で簡単に越えられてしまうというのは、一体どんな気分なのか。


まさか僕がそれを知るなんて思いもしなかった。


“よりによって”なんで僕なんだ。


だけど、そんな昏い感情をこの“絶縁状”にぶつけることなんておおそれたことは、僕には出来なかった。


『アルス・ルーダー、お前を次期当主として認めるには才能がなさすぎる。よって、お前をこの明天百火(メイテンビャッカ)から破門とする』


と簡潔に僕の処遇が記されていた。

アルス、というのは僕の名で、ルーダーというのは家名だ。ルーダー家は優れた剣士の家庭だ。


民を護り、魔物を穿ち、絶望を切り裂く。

そんな御伽噺に出てくる英雄のような人達がたくさんいる。


「くそ・・・・・・クソォォォォォ!!!!」


でも、そうではなかった。

凄い才能どころか、才能がないと言っても過言ではないほど、僕には剣士としての才能がなかった。

 

おかしい、こんなはずじゃない。何度もそう言いたかった。


そう言えるほど、自分の才能に自信はない。

だって、僕には才能がないんだから。


でも考えてみれば当たり前だったんだ。


皆より成長が遅かった。

だから逆に期待されていたんだ。きっと大器晩成な子なのだろうって。


でもその実は実らず、未だに何の花も咲かせることさえ出来ない。


そんな僕に痺れを切らした父は僕と新人である女の子、『レミィ・アルフォース』を戦わせることにした。

彼女は明確な才能があった。それこそ僕が凡人として燻っていた何年もの月日を、彼女は易々と超えていくのだ。


その結果───見事に惨敗。


負けた。

それも本来なら僕が守るべき女の子に。


おかげで父からは───「失望したぞアルス。まさかお前がこれほど・・・・・・いや、いい。もうお前は息子ではないのだから」と言われてしまうほどだ。


あぁ、なんて情けないんだろう。


人々を護り、助け、魔物へ打ち勝ち、食い破る。

それがルーダー家に伝わる、『明天百火』の真髄。


それをあっさりと使って僕を仕留めようとしてきたレミィには、本当に凄いとしか言いようがない。

逆に言えば、それだけだ。


つまりだ。

端的に言うと、心が折れてしまった。


「僕には・・・・・・父やレミィさんのような才能が、これっぽっちもない」


落ちこぼれ。クズ。無能。ドブネズミ。

今の自分を指すならこれくらいの罵倒が似合うだろう。


だってそうだ。

僕はこの家から破門となり、ただのアルスとして生きていかないといけない。


そんなこと、できるわけが無い。


だが、ぐぅ・・・・・・となるお腹の音は誤魔化せなかった。


父から破門を告げられいつの間にか昼に転じ、哀しみに明け暮れていれば夜の帳が差していた。


もちろん、近くに腹ごしらえ出来るようなものはない・・・・・・いや、あるにはあるが、破門された僕が勝手に食べてしまえば即、処刑対象だ。

破門された人間に慈悲は無いのである。


なら───どうすればいい?


未だに破門を信じられない虚無感と衝撃、そして惨めな悔しさとそれを助長させる空腹。


だからだろう。

普段なら絶対に実行しない狂った作戦を思いつく。


「・・・・・・魔物は、食べられるだろうか?」


この近くには古くから存在する巨大な森林地帯が広がっている。その規模を表すなら、大国三つ分の範囲を誇るらしい。


そしてその森林地帯には、魔物と呼ばれるモンスターたちがウヨウヨしている。


一般人、いや熟練された冒険者でも気を抜くと危ないと言われる、そんな危険な森林地帯。

しかし、捉え方によってはいるのだ。


─── 魔物(食糧)が。


あぁ、認めよう。確かに僕は弱い。けど、そこら辺の魔物に負けるほど脆弱では無いはずだ。


それを今から証明する。


「・・・・・・行こう」


道場の外へと続く戸を明け、緑に満ちた大地へと足を踏み入れる。今の僕の心象とは対照的に心地よい風が頬を刺激し、不安な気持ちを流してくれる。


目の前に広がるのは、広くて暗い森。

一度この森の中に入れば二度とは戻れず、魔物のように自分を忘れて生きていくことになる、そんな名前が付けられた森。


─── 魔転ノ森(ミュルクヴェイズ)

それが、この森の名だ。


誰が名付けたかも分からず、大昔から存在するらしい森は、まるで僕を歓迎するかのように木々が音を鳴らし、足を踏みしめるごとに落葉が音を奏でる。


大丈夫だ。大丈夫。


僕にはこの腰に提げた刀がある。


銘はないが、かなり切れ味のいい自慢の刀だ。

いくら魔物とはいえ、刀で切りつけられれば無傷とは言えないだろう。


そう、きっと大丈夫なはずだ。


と、不安になる気持ちを抑え付け、暗い森の中を一人歩く。

その途中、見上げるほど大きな樹にこれまた大きな果実が実っているのを見つけた。


「おっ、あれは・・・・・・林檎?」


遠目で見えにくいが、赤色のよく見る形をした果実が至る所にぶら下がっている。

これくらいあれば、恐らく1ヶ月は余裕でもつだろうその量。


早速、その林檎らしきモノを食べよう、と木に登ろうと足を木の凸凹に引っ掛けた───矢先だった。


『グギャァァ!!!』


「───ッ!?な、なんだ!?」


突如背中に走る殺気。

何事かと思い反射的に身を翻せば、僕がもといた位置に突進する大きな猿が、血色の目を見開きながら再び僕に突進しようと構えているところだった。


「赤色の毛に血色の目、僕より大きな背丈───間違いない、猩々かッ!!!」


猩々というのは、僕がもといた道場の近辺でもよく見られる魔物で、何度か父が猩々を切り倒していたのを今でも覚えている。

父いわく、数多くいる魔物の中でもかなり弱い部類とのこと。


だが今、その猩々に猛攻を仕掛けられている僕からすれば、父の評価は参考にならないだろう。


『ギェェェアァァッッ!』


「ぐっ、くそ!」


聞くに耐えない猿叫とともに、鋭い爪から放たれる高速の切り裂き。

動物らしくフェイントも何もない一直線の攻撃なのだが、それが如何せん強い。

剣で受け止めれば、危うく腕がへし折れてしまいそうな程の膂力を感じてしまう。


おまけに野生動物の本能なのか、此方がお返しとばかりに剣を振るえば危険を察知したように軽々と避けるのだ。


厄介なことこの上ない。


「ちっ、これじゃ埒が明かない、ねぇッ!」


『グギャッ!?』


気合い一閃。

尚も続く攻防を絶つように、猩々の一撃を受け流した勢いでそのまま、猩々のがら空きの腹へ刀で切りつける。


『グギャァァ!!!?』


上がる血飛沫。

幸い、肉を切り裂く抵抗感はなかった。とはいえこれは僕の実力じゃなく、この刀の切れ味の高さによる所以だろう。


猩々は手痛い反撃を喰らい、信じられないとばかりに目を見開く。だが、ここでこの隙を逃すほど僕は不真面目に剣術に取り組んではいない。


「ハァっ!!!」


袈裟斬りを血塗れの腹に再び叩き込む。

そしてそのまま左袈裟斬りを脇腹、逆袈裟斬りで胸と首、一文字切りで脚と胸を断つ。


延々と繰り返してきたこの太刀の流れ。


それは澱みなく、まるで清流のように猩々から生命の瞬きを消していく。


『グッ、グゥギャァァァ!』


だがそれでくたばる猩々ではない。

大きな腕をブンブンと振り回し、僕の矮小な身体を潰そうと血眼になっている。


───だからそこを狙う。


「刺突・諸手型“穴穿ち”」


『グゴァァァァァァァ!!!!』


才能のない僕が放てる、最大火力の技。だがそれも、明天百火の中では堅い甲殻すらも容易に穿つことが出来ると言われる刺突系の中でも、中級程度の技だ。


けど今はこれでいい。


僕にとって今、この状況で放つこの技は、どんな技にも引けを取らない程の価値(勝ち)がある。


「ハァッ!!!」


襲い来る腕を回避し、そのまま心臓部へと一突き。

狂いもなく吸い込まれるようにして、猩々の胸へと消えていった刀が、確かに猩々の心臓を穿つ感覚が手のひらの先に伝わってくる。


『ギェェァァァアアア!!』


猩々は苦悶の雄叫びをあげ───やがて力を失ったのか、だらんと刀に重みが増す。


だがもちろん、自分も無事ではない。


「ぐ、ふっ・・・・・・かはっ!?」


痛みに呻き、やけに熱をもった部分に目を向けると・・・・・・抉れた脇腹が目に入った。

拳大の大きさの穴だ。


失敗した。


やはり自分程度では無傷で勝てる相手ではなかった。


猩々の強さは、カテゴリー1にも満たないカテゴリー0。武装した大人が複数人いれば対処可能な程度。


つまり雑魚だ。


だがまぁ───才能がない僕にしては頑張ったんじゃないかな?


なんて重くなる瞼の裏で、自分への嘲笑を浮かべる。


きっとレミィ・アルフォースなら無傷で勝てただろう。なんなら、父ならば手を出すまでもなく身に纏う風格だけで、猩々は戦いすら挑んでこないはずだ。


あぁ───妬ましい。


悔しい悔しい悔しい。


努力は人一倍していた。朝起きて直ぐに素振りをこなし、練習には誰よりも早く参加し、誰よりもあとまで残る。眠る前にも素振りをこなして、父上の動きを真似る。


そんな毎日だった。


でも、もういいのかもしれない。


恐らく僕は今から死ぬ。明天百火の唯一の汚点として、誰にも知られず朽ちて行くのだ。


ならばもう、諦めていいのかもしれない。


“世界最強の剣士になりたい”という夢を。


「あぁ・・・・・・眠くなってきた」


瞼が重い。

そろそろ眠くなってきた。


段々と抜けていく身体の力に身を任せ、木の幹に腰掛ける。


きっと、才能がないのにも関わらず世界最強の剣士になるという不相応な夢を持った僕には、良い最期なのかもしれない。


でももし、願うのなら。


「───人々を助け魔を下す、そんな才能ある剣士に───」













───個体名『アルス・ルーダー』の猩々討伐を確認。

魂を統合・・・・・・成功(クリア)。続けてアルス・ルーダーの身体を再構築・・・・・・一部成功。


スキル『猿叫』を獲得中・スキル『体幹強化』を獲得中・スキル『怪力』を獲得中・・・・・・全て成功(オールクリア)


───身体能力の底上げ(レベルアップ)を開始します・・・・・・一部失敗。

必要なプロセスを踏んでいません。


───可能な範囲で実行中(トライ)・・・・・・成功(クリア)


─────大罪の存在を確認。

代用措置として、『嫉妬(インヴィディア)』を獲得。


これにて個体名『アルス・ルーダー』の底上げ(レベルアップ)を終了します。

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