性行為に同意書が必要な社会になって「え~、ムードないからヤダー」なんて思っていたら、むしろメチャメチャえっちな世界になりました
性行為同意書。
机の上に置かれたA4サイズの書類には、デカデカとタイトルが記載されていた。
私、山根季子は、その書類をじっと見つめて――
早くも20分が経過しようとしている。
この性行為同意書は、望まぬ性行為から女性を守るため。
また男性側も、訴訟を起こされぬよう守るという目的で制度化されたものだ。
20XX年以降。
この同意書なき性行為は、すべて違法行為として処罰の対象となる。
――というのが建前だけど、いちいち同意書を取ってる夫婦やカップルはほとんどいない。
面倒だし、よっぽどのことがなければ警察にはバレないし、浮気や不倫のカップルなんかはそんな証拠になるものを残したくないしね。
でも、私は書面として残そうと思っている。
万が一にも警察にバレて、恋人が――竹野木里が犯罪者扱いを受けるのは絶対嫌だから。
今週末、私と木里は泊りがけで旅行に行く。
だからきっと、その……そういうことになるんじゃないかな?
……というか、そういうことを私がしたい。
今の私は、20歳の大学2年生。
自分で言うのも何だけど、今が人生で1番綺麗な時だと思う。
だからそういう瞬間の自分を、木里に見てもらいたいなって。
ギャー!
私、何考えてるんだろ!?
とんでもなく恥ずかしいこと、考えてない?
大体、泊りがけで旅行に行くと言っても分からない。
本当のところ、木里にそういう気があるのか。
バイト先で知り合った彼は、とても紳士な男だ。
とても同い年とは思えないぐらい落ち着いてて、すごく気配りのできる人。
しかも優しい。
他の男性スタッフ達が、セクハラ紛いの下品な話題を振ってきた時があった。
そんな時木里は、場をしらけさせない程度に上手く流しつつ、私達女性スタッフが不快にならないよう振る舞ってくれた。
私には、もったいないぐらいのイケメン。
眼鏡の下から覗く、長い睫毛と瞳がとっても知的。
それでいて腕まくりした時の二の腕とか、無駄なく鍛えられていてドキっとしちゃうし。
木里が誰かと、えっちな会話をしている場面を見たことがない。
もちろん私との会話でも、そういう話題は出ない。
彼の部屋へ遊びに行った時、スキを見てえっちな本がないかチェックしたけど見つからなかった。
性的なことといえば……、き……き……キスをするぐらいかなぁ?
彼のキスは、ふわっと優しい。
唇と唇が触れるだけで心臓がドキドキして、頬が焼けるように熱くなっちゃって……。
でも、そこまでだ。
ちょこんと唇が触れ合うだけ。
何というか……大人のやつ、ディープなキスはしてこない。
ひょっとして木里って、性的なことにあまり興味がない男性なんじゃないだろうか?
やだ。
私ばっかり興味津々で、痴女みたいじゃない。
もしそうだとしたら、今回の旅行も純粋に私との旅を楽しみたいだけかもしれない。
えっちなことをするつもりなんて、ないのかも?
宿泊先の部屋で私が、「性行為同意書にサインして」なんて言ったらドン引きしないかな?
そんな不安もある。
だけどいざという時、同意書が手元になかったら困るし……。
あー。
なんか同意書って、嫌だな。
事務的で、ムードがない。
この性行為同意書は、ドラッグストアの避妊具コーナーとかに置いてあって自由に持ち帰れる。
同意書を取るところを誰かに見られるのは、とんでもなく恥ずかしい。
だから私は、置いてある棚からすれ違い様にシュバッ! と抜き取った。
ドラッグストアの廊下を、オリンピック競歩選手並みの早歩きで通過しつつ。
見たか! 熟練スリ師もびっくりなこの手際!
ホクホク顔で自宅に帰ってきて、私は重大なミスに気付いた。
「あ、ゴムも要るじゃん」
私はマスクに、サングラスを着用。
おまけにパーカーのフードを深く被って再びドラッグストアを訪れ、コンドームの箱を脇下に隠しながらレジに並んだ。
「よし! 覚悟を決めて、そろそろ書こう!」
私はふんぬ! っと気合を入れるポーズを取ってから、ボールペンを同意書へと近づけた。
えーと。
最初の記入項目は、『性交を行う者の氏名』。
ふふっ。
名前を書くぐらい、別に大したことは……。
あれ?
記入欄が左右に並んでいるけど、どちらを左に――最初に書こうかな?
少々前時代的だけど、男性である木里の名前を先に書こうかしら?
いやいや。
それだと彼が、私を求めたみたいじゃない。
ここは言い出しっぺの私が責任を持って……って、それもなんだか恥ずかしいなあ。
「私、えっちな女です」って感じがして。
ああ~。
どうしよう?
15分間悩んだ挙句、私は10円玉でコイントスをして決めた。
左に書くのは、私の名前だ。
山根季子っと。
うう~ん。
読み仮名を打つ度、自分の名前が恨めしくなる。
父さん、母さん。
自分達がきのこ料理好きだからって、この読み方はないでしょう?
それに私はきのこより、たけのこ派だ。
まあ木里は、「俺、お前の名前好きだよ。たけのこよりきのこ派だから」って言ってくれるんだけどね。
うへへへ……。
右の記入欄は、空白のまま。
後でここに、竹野木里と名前を書いてもらう。
彼の名前が私の名前と並んでいるのを想像して……妙に照れくさい気持ちになった。
何だか婚姻届けみたい。
さてさて、次の項目は……。
『この性行為は、お互い合意の上ですか?』
Yesに決まってんだろうが!
ボケェ!
半ばキレ気味に、私はYesを丸で囲んだ。
あっ、なぜかインクがやたら濃い。
力を入れ過ぎたかな?
Noに丸を付けた同意書なんて、存在価値あるんだろうか?
その時点で犯罪じゃん。
さてさて、次の項目は……。
『今回の性行為の目的は?』
何よコレ!?
目的!?
目的って訊かれても……。
あっ良かった。
下に選択項目がある。
最初の項目は……。
1.『子をなすこと。妊娠、出産を目的とするもの』
ひゃー、ストレートね。
「今からあなたと、子づくりしますよ」ってわけ?
でも、あんまりいやらしい感じはしない。
むしろ、ほっこりした気持ちになる。
この項目は、結婚している夫婦向けね。
今はまだ、この選択項目に丸を付けない。
だけどいずれは、付ける日がくるのかなぁ……?
私達はこの項目には当てはまらないから、別の項目を選ばないと。
選択項目2.は……。
2.『行為により、快楽を得ることを目的とするもの』
あわわわ……。
これってドチャクソえっちじゃない?
もっと他に言いようはないの?
「パートナーとの愛を確かめるため」とか、「恋人との心の距離をさらに近づけるため」とかさ。
他の項目をチェックしてみるけど……当てはまるものがない!
3.『対価として金銭を得ることを目的とするもの』
とか、犯罪っぽいのばっかりだ。
あっ、最初の同意を問う項目もコレか。
犯罪を炙り出すため。
あるいは抑止のために、わざと書かれているんだ。
私達のケースはもちろん犯罪ではないし、かといって妊娠・出産を目的としたものでもない。
ということは、つまり……。
ゴクリと唾を飲み込んで、私は項目2.に丸を付けた。
なんだかブレブレな線になってしまっている。
2.『行為により、快楽を得ることを目的とするもの』
あらためてその文言を見つめ、私の頭は沸騰してしまった。
ああああああああっ!
私は……私はケダモノになってしまったの!?
いえ。
ケダモノの場合は子孫を残すという、種を繫栄させるための純粋な行為。
それに比べて、私は……。
文書にすると、すっごく背徳的な気分になっちゃう。
神よ、罪深き私達をお許しください。
……あっ。
ウチは仏教だったわ。
そんなわけで私の精神力は、ゴリゴリに削られてしまった。
おのれ! 同意書め!
紙っきれのくせに、私をグロッキー寸前まで追い込むとは。
書き終わったのは、記入開始から2時間が過ぎてからだった。
♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡
週末。
私と木里は、予定通り旅行に来ていた。
1日目の今日は、絶景が見える展望所で有名な「杉野公園」を訪れている。
「ね、ね、さっきの展望所、凄かったよね!」
「ああ。海があんなに、綺麗な色をしているなんてな」
展望所からの帰り道。
私は遊歩道を歩きながら、木里との会話を楽しむ。
旅行を始めてすぐは、バッグの中にある性行為同意書をやたらと意識してしまっていた。
そのせいでギクシャクした動きになってたけど、それも抜けた。
あ~。
やっぱいいな。
2人で一緒に歩くこの時間。
夜のことなんて、今はあんまり考えない。
木里の優しい笑顔を、目に焼き付けて――
そんなことを考えていた時、強い風が吹いた。
遊歩道の足場が悪い箇所を歩いていた私は、体勢が悪いところを煽られ転びかける。
「季子危ない!」
さすがは木里。
すぐに私を、抱きとめようとしてくれる。
だけどちょっと遅かった。
地面に倒れる寸前だった私は、苦し紛れに木里のリュックを掴んでしまう。
彼の荷物が、地面に飛び散った。
しかも自分のバッグの中身まで、地面にぶちまけてしまう。
ああああああああっ!
同意書がっ!
私の荷物の中には、性行為同意書がーっ!
散らばった荷物のど真ん中で、A4サイズの書類がデデンと存在感を主張していた。
木里は眼鏡の奥から、怜悧な視線で書類をガン見している。
「違うの木里……。これは違うのよぉ……」
何も違わない。
だけどやたら怖い顔になってしまった彼の表情から、同意書を用意したのは失敗だったと悟った。
やっぱり竹野木里は、そういうことに興味が無い。
プラトニックな関係を望む男性だったんだ。
このままでは、彼に嫌われてしまう……。
なんとか誤魔化したい。
でも、どうやって?
目の前にある同意書には、しっかり私の名前が記入されて――
――ん?
私の名前じゃ……ない?
『性交を行う者の氏名』の欄には、左側に1名だけの名前。
――竹野木里。
ということは、これは私が用意した同意書じゃなくて……。
ははーん。
「これはどういうことかな~? 木里く~ん?」
同意書を拾い上げ、彼の眼前でこれ見よがしにピラピラ揺らしてみせる。
今なら分かる。
木里の怖い顔は、これを私に見られて焦った顔だったんだ。
「どういうことも何も……そういうことだよ」
ぶっきらぼうに言い放ち、視線を明後日の方向へと向けてしまう木里。
何コレ? 何コレ?
照れてんの?
耳まで真っ赤になっちゃって、可愛いんですけどー!
「ふふーん。『そういうこと』なんて遠回しな言い方じゃ、私わかんないな~」
「季子! お前!」
ああ、何だかゾクゾクする。
今、確かに私がアドバンテージを握っているぞ。
いっつも私より大人っぽい木里にリードされていて、それを心地よくも思っている。
だけどたまには、こういうのもいいじゃない。
羞恥に悶える美青年の顔を、堪能する私。
だけどそんな私を凍り付かせる、あるものが視界の端に映った。
青空をひらひらと、白いものが舞っている。
あれは……まさか……?
「ん? 何だあれ?」
木里も、それを見つけてしまった。
「わーっ! わーっ! ダメ―! 見ちゃダメ―!」
風に揺られながら徐々に高度を下げてくるそれを、何とか木里より先にキャッチしようと試みる。
だけど無理だった。
くそ……。
身長180cm越えは、ずるいぞ。
彼の長い手は、宙を舞う書類を難なくキャッチした。
私が書いた方の性行為同意書を。
「ほぉ……? 季子さん、これはどういうことですかね?」
眼鏡をキラリと冷たく光らせながら、木里はさっきの私そっくりな台詞を投げかけてくる。
「どういうことも何も……そういうことで……」
あわわわわっ!
頬が……、耳が……、胸の奥が熱い!
さっきの木里より、いまの私の方が真っ赤になってるわよね?
「ふむ、そうか。こんな書類を用意しているということはつまり、俺は我慢しなくてもいいということだな?」
我慢してたんかーい!
あっ、ヤバい。
木里が肉食獣の笑みを浮かべている!
やめて!
眼鏡を外して、私を見つめないで!
長い睫毛と綺麗な瞳が、いつもよりはっきり見えちゃうじゃない!
その長い指で、顎をクイっと持ち上げるのも反則よ!
「お互い、同意の上だからな」
ああああああああっ!
♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡
――で、その晩どうなったかって?
ほら、せっかく同意書用意したんだし……ね……。
2枚あったから、2枚とも有効活用しました。
ただそんだけっ!
お読み下さり、ありがとうございました。
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