凍てつく世界と結んだ誓い
「あなた、私のものにならない?」
セレスティア王国序列三位、魔女カスティーリャの降臨に街はざわめく。その矛先を向けられているのは見目麗しい少女であった。戸惑う少女に魔女は続ける。
「大丈夫、悪いことはしないわ。まずよければ名前を聞かせてくれない?」
健康的に焼けた肌と農作業で鍛えられた手。その割に肉体はまだまだ未成熟で、おそらく十分に栄養を摂取していないのだろうと魔女は予測する。
「え、えと……知らない人に名前は教えちゃだめって……」
日差しを知らぬかのような真っ白の肌に、深紅のドレスのような服。自分へにっこりと微笑みを向ける魔女に、少女はなぜだか気味の悪さを感じてしまっていた。お姫様のような華やかな服に、美しすぎる見た目の魔女が、理由はわからないが少女は怖かった。
「そう、なら仕方ないわ。これから知りあえばいいものね」
怯えを悟られないように少女はうつむき、早くこの会話が終わるように願う。魔女はその様子を観察していた。
「それで、お嬢さん。お返事は? 自分で言うのもあれだけど、私に誘われて断るなんてみんなからするとあり得ないらしいわ。嬉しいことね、みんなに評価されていて」
それから魔女は少女が承諾したら行いたいこと、来てくれたら少女の村に便宜を図ってくれることなどをつらつらと語った。そのほとんどが少女はわからなかったけども、話されたことで悪いことはなかったように思えた。
「――ということで、どうかしら、お嬢さん」
少女は話の内容を理解してるわけではなかったが、悪くない反応だと魔女は感じていた。考える時間が必要かと思い、椅子でも必要かと杖を取り出すが、詠唱する前に少女と目が合う。
「あ、あの……ごめんなさい」
魔女は眉をひそめる。杖を握った拳に力が入るが何とか抑えて、少女に問いかける。
「……ちなみに、断る理由は?」
「ご、ごめんなさい! わたし、村が好きなんです。それに――」
「……」
困り眉のまま、少女は恥ずかしそうに告げる。
「わたし、村で一生暮らすってみんなに誓ったんです」
魔女は不機嫌そうにへえ、とだけ返す。そして、杖を振るった。
「凍れ」
その言葉と共に風は二人を覆うように吹き、そして風がやんだ頃に少女が目を開く。
「プレゼントよ」
少女の眼前に浮かんでいたのは、氷でつくられた薔薇だった。一瞬何かされる、と身構えた少女だったが、贈り物を見て申し訳なくなった。
「ありがとうございます!」
「ふふ、いいわ。素敵な誓いだったもの」
「は、はい。あ、あの……家に飾ります!」
「あら、いいのかしら。これはあなたの誓いを表すものだから、きっと見るたびに誓いを思い出すわよ?」
「大丈夫です! い、一生の誓い、なので……」
少女の嬉しそうな様子に思わず魔女も笑みがこぼれる。
「そう、いいわね。……ところで、村はあちらだったかしら?」
魔女は自分の背後を杖で示した。確かに少女の帰る方向と一致していた。
「あ、はい」
「わかったわ。引き留めて悪かったわね、それじゃ、またね」
「さ、さようなら!」
ぺこりと頭を下げた少女に、魔女は軽く手を振ってさっさとどこかへ行ってしまった。魔女が去り、二人を眺めていた通行人たちはほっとした顔で歩みを再開した。少女もまた、日常に戻る。
魔女カスティーリャ。彼女はその魔法の腕前と凍てつくような美貌で王国の民から一目置かれていた。若くから氷魔法で戦果を挙げるなどカスティーリャは活躍しており、国王たちもまた厚い信頼を寄せていた。しかし、辺境にある少女の村には暗い噂が流れていた。
「こんなに優しい人が村を凍らせたなんて……あるわけないよね!」
少女はキンキンに冷えた氷の薔薇をギュッと抱きしめ、どんよりと雲がかかってきた空の方へ歩き出した。
*
村に帰った少女を待ち受けていたのは、凍てつく冷気が吹きすさぶ、変わり果てた村だった。
酪農など自然と共に生活を営んでいた少女の村は一面、まるで透明なベールに包まれているかのごとく純度の高い氷で支配されている。家畜の食べる葉は色を失い、木で建てられた家は閉じられる。そんな村の入り口にたたずんていた魔女は少女に笑顔を向けた。
「お帰り、お嬢ちゃん」
少女は、言葉が出なかった。一つの村の時を止めた魔女は、なんてことないかのように自分に向けて笑いかけている。その強大な力が一瞬で、理由もわからず振るわれること恐怖が少女をおびえさせた。
「あら、どうしたのかしら。挨拶はした方がいいって習わなかった?」
「あ、ひっ……」
何か口を開こうにも出てくるのは言葉にならない嗚咽ばかり。それもそうだろう。魔女越しに見える少女の村は全てが氷に覆われていて、間もなく村の命は失われるだろうから。ほんの少しの魔法で、少女の村は滅びたといって過言ではなかった。
「もう、まともな意思疎通もできないなんて。やっぱり素質はあってもまだまだねえ」
魔女は杖をくるくる操りながら、ため息をつく。
「まあいいわ。落ち着いたら、さっきの返事ちょうだいね」
そう言って魔女は魔法を唱えて、氷粒が集まった椅子を生成して座るのだった。
さっきの返事、という発言に少女は震える身体を抱いて考える。そして、それは魔女と最初に出会ったときの発言のことではないか、という結論に達する。
少女は、魔女を見据えた。
「わたしは、あなたのものになんて――」
「【氷柱】」
キッとにらみつけた瞳のすぐ横を、先の光る氷塊が通り過ぎて行った。少女の背後でずどんと、地面のえぐれる音がする。
「あら失礼、聞こえなかったわ」
魔女は嗤った。こんなの同じ人間じゃない、優しい人々に愛されてきた少女にとって目の前の魔女は、姿かたちが似ているだけで人間とは全く異なるものだと思った。どうにかして村を助けたい、でも凍らされたみんなは今無事なのか、氷が溶ければ助かるのか、堂々巡りの思考だった。答えは何もわからない。わかるとすれば、魔女だけだった。ゆえに少女は口を開く。
「どうして、どうしてこんなことをしたの……?」
「あなたを私のものにするためよ、お嬢ちゃん」
うふふ、と蠱惑的な舌なめずりをされる。
「わたし……? どうして」
「あなた、魅力的なんだもの。私の夢をかなえる仲間になってほしいだけ」
魔女の背後からひゅおおとやけに肌を刺す風が吹いては過ぎていく。少女は魔女の言葉をかみ砕きながら、現状の把握に努める。
「あなたの夢?」
「そう、世界を凍らせること!」
世界を凍らせる。そこから魔女の語った夢とやらは少女の世界の話とはかけ離れていて、悪夢のような話だった。
魔女は世界を凍らせたい。でも今はまだ力が足りない。一人だけじゃうまくいかないから仲間を探している。そんなときに少女と出会ったのだと。
話を終えた魔女はこの日一番楽しそうに、頬を緩ませている。それが少女には、理解できなかった。
「――正気なの」
「当り前よ! 正気じゃなかったらこんな夢みないわ」
魔女の瞳はどこまでもまっすぐで、透き通っていた。その青色に濁りはない。そこで少女はようやく、魔女のどうしようもない利己的な性質を理解するのだった。
「じゃあ、わたしの村を凍らせたのも、わたしを仲間にするためってことだよね?」
「ええそうよ」
「なんで、なんでそうしたらわたしが仲間になると思ったの?」
今にもとびかかりそうになる気持ちを抑え、魔女に問う。魔女は先ほどと変わらず少女を見つめて答える。
「村があるから誓いがあるのでしょ? なら村がなければ、私の仲間になってくれるってことじゃない」
「狂ってる」
思わず口からこぼれ出る。その言葉に気を悪くした様子も、自分の思考に違和感を覚えた様子もなく魔女は退屈そうに杖を弄っている。
「ということで、返事はどうかしら?」
三度目の回答になる。断ろうにも、この状況ではその先がないことは嫌でも少女は想像できた。そんな時にふと、村の入り口に咲いていた花が目に留まった。花氷だった。少女は先ほどポケットに入れていた氷の薔薇を思い出した。
みんな、ごめん。少女は凍てつく薔薇を強く握りしめ、一瞬村を見てから己の胸に振るうのだった。
「あら……ふふ」
魔女の制止も間に合わず、少女の胸に紅い花が咲いた。先の尖った薔薇は見事に少女の薄い胸を穿って、身体にしみ込むように溶けていく。
村の入り口、村の外で命を終えることに少女は悲しかったが、魔女の仲間になるよりはいいと感じる。己の誓いを果たせなかった後悔の念と、これからの幸福を願って少女は闇へと飲み込まれるのだった。
「これで私のものね」
*
少女が目を覚ますと、そこは見知った天井だった。少し肌寒いものの、いつもの部屋だった。いやに水を含んだ寝床から起き上がり、窓の外を見る。
そこは変わらず、氷の世界だった。
「あら、起きたのね」
両親の部屋から現れたのは魔女だった。わけが分からず呆然とする。
「わたし、死んだはずじゃ……」
「確かに死にそうだったわ。だから、事後承諾になるけど心臓をつくって――」
「え?」
慌てて胸元を見る。少女の心臓があった部分は、薄氷で覆われていた。
「私のもの、にしてあげたわ」
「え、あ……あああ――」
「私の魔法でつくったから、とけるまで一生一緒よ。嬉しいわね」
「ああああっっ、うううう――!!!」
時の止まった村に、一人の少女の慟哭がやむことはなかった。
*
誓いの薔薇は再び生成され、死ぬことも許されなかった少女は抜け殻のように日々を送っていた。今は、歪んでしまった誓いのなかにいる。村という場所で暮らしているのは変わらないけれども、それを日常というのは酷だろう。
少女とたまに帰ってくる魔女しかいない村。氷で覆われて外部の侵入者も生きた自然も何もかもがない。確かに少女は村にいるけれど、その営みは虚しいものだった。少女は何もなくなってしまった村で一人だった。
何日、何週間。いや幾年かもしれない時が経ったそんな折、少女の村に来訪者がやってきた。初めてのことではない。村が凍ってからも旅人や役人はやってきた。しかし、いつの間にかできた村を覆う高い氷壁に阻まれるなどして、侵入はなかった。その日も、少女は気配を感じながらも入ってくることはないと諦め、花氷を眺めていた。
「あ、あの……」
「っ、【氷柱】」
「ひっ」
背後から声をかけられ、思わず氷塊を飛ばす。己の眼前で止まった凶器に腰が抜けたのか、薄氷の上で女はぺたんと座り込んだ。
「……だれ」
止まった村での時間は、少女の人格に影をさしていた。どこまでも無垢で純粋だった少女の瞳は、どこか遠くを見つめていた。
「あ、やっぱり人がいたんですね! よかった、誰もいないってみんな言うから……」
「あなた、だれ」
少女より少しだけ年上だろうか。女性とも少女ともいえない彼女は汚れのない笑顔で答える。
「あ、私はクラ―リエと申します! シスターをやらせていただいております!」
シスターと言われて目を向けると、クラ―リエが着ているのは確かに修道服だった。少女が全身を観察していると、クラ―リエの身体は傷ばかりであることに気づく。
じろじろと見られていることに気づいたのか、恥ずかしそうにクラ―リエは肌を隠して話しかけた。
「あなたのお名前は?」
「わたし?」
「はい!」
にっこりと喜色満面の笑みだった。少女は己の名前を告げようとするも、しばらく使っていなかったからかどうにも出てこない。
「リ、なんとか」
「……名前、わからないのですか?」
「忘れただけ」
「そんなに長くをお過ごしになられたのですね……さぞつらかったことでしょう」
「うるさい、帰って」
「あ、お気に触れる発言でした、すみません。名前がわからないのでしたら、私の名前を譲りましょうか?」
「別に、いい。ここはシスターが来るような場所じゃないから、帰って」
ここは誓いを守れなかった自分と、誓いを破った魔女の住処だ。少女は丁寧な来訪者がどうやって入ってきたか気にはなったが追い返すことにした。
「でしたら、リーラなんていかがでしょう?」
全く話を聞いていなかった。少女はため息をつき、魔女と同じ魔法を使おうとする。
「あ、お待ち下さい。神の下に仕える身として、あなたのことを見過ごせません!」
「ここは危ないから、はやく帰った方がいい」
全て失ってから今さら来たなんて、自分には遅すぎる。少女はクラーリエにかつての自分を思い出す。少女にとって守りたいのは村と人々だったけど、目の前の子は神の教えなのかな。
「あら、邪魔者がきたわね」
「っ、伏せて!」
「へ?」
少女の機敏な反応に、クラーリエはついていけなかった。少女は舌打ちし、飛んでくる氷の針からクラーリエを庇った。
「……どうして庇ったの。その子、何の価値もないわよ」
「リーラさん!!」
クラーリエは己を抱き締めた少女の背中から、ひんやりとした液体がにじみ出るのが見えた。
苦痛に顔を歪めるものの、少女の傷は瞬く間に冷気と共に修復される。
「……だから帰った方がいいと言った」
クラーリエの視線から傷跡を隠すように、少女は身体を離した。少女から流れる血は確かに血の様相をしていたが、どこかおかしいところがあった。
「血が……冷たい?」
「ああ、その子は私のものなの。だから、気安く名前なんてつけないでもらえる?」
今にも魔女の追撃が入りそうだったが、クラーリエの目はすっかり元通りになった少女の背中から離れなかった。
「わたしの身体は魔女の氷の魔法が流れてる。怪我は、魔法がとけない限り治る。だから、心配しなくていい」
「……すごいのですね、魔女の魔法は」
「王国からしたら厄介らしいわ、こんなにも素敵な魔法だというのにね?」
「素敵、ですか?」
クラーリエは魔法が当たり前に存在する王国で生まれた。そこで見てきた誰かのためになる魔法と、眼前の苦しそうな少女にかけられた魔法が、とても誰かのためのものとは思えなかった。
「ええ、この子は魔法が続く限り生き続けられるのよ。しかも、世界を凍らせる手伝いができるのよ!」
童女が夢を語るかのように、魔女は話す。
「確かにあなたにとっては素敵なことかもしれませんが、リーラさんからしたらそうではないのではないですか?」
「あら、私の夢は誰もが幸福になるのよ。そんなことあるわけないじゃない。あと、名前で呼ぶのはやめて」
「では、リーラさんに聞いてみてはどうでしょう」
「私の夢、叶えてくれるよね?」
少女と魔女の視線が交差する。
「……そう誓わせたでしょ」
「ほら!」
魔女は無邪気に笑ってみせる。クラ―リエは少女と視線を合わせた。
「それで、いいんですか?」
クラ―リエの金糸雀色をした眼が少女を射抜く。修道服のヴェールから覗くそれは強く存在感を放ち、少女の凍った心にひびを入れた。
「……いいの」
しかし、しばらくの凍てついた生活で止まった少女の心はそれだけでは動かない。魔女はにんまりと笑みを浮かべ、クラ―リエに言い放つ。
「ほら、さっさと出ていきなさい。今なら無事に外へ出してあげるわよ」
「私が外に出た後、リーラさんはどうなるのですか?」
「この子? 別に、今まで通りこの村で暮らすだけよ」
「もし、出て行ったら?」
「出ないわ、そもそもね」
魔女の言う通り、少女はこの村から出ようという気概はなかった。第一、魔女に生かされている自分は出たとしても生きてはいられない。一度、誓いを破ったことが少女の身体を村から解放させることを阻んでいた。
「それでも出て行ったとしたら、リーラどうなるのです?」
「……死ぬわよ。しつこいわね、いい加減にしないと――」
「嘘ですね」
「なっ」
魔女は動揺する。クラ―リエは眼を細め、魔女の動揺を感じ取った。
「ということで、私と来ませんか、リーラ?」
魔女が狼狽している隙に、クラ―リエは少女を誘う。魔女の強大な魔力が大地を揺らすも、クラ―リエは全く意に介せずただ少女を見つめる。
「……どうして、私を」
少女は魔女と邂逅し、勧誘されていたときを思い出した。確かあの時の答えは、魅力的だとか――
「あなたが、助けてほしそうな瞳をしているからです」
少女の心に、熱が灯った。
「黙れ、【氷弾】!」
「っ、壁よ!」
魔女の詠唱に、少女は咄嗟に氷壁を展開する。村の大地から盛り上がった壁は少女とクラ―リエを守るようにそびえたつ。
「返事はいかがでしょう?」
「今、そんなこと――」
「今、だからでしょう?」
真剣なまなざしだった。クラ―リエは少女の放った氷塊や魔女の魔法には一切反応できていない。つまり、さっきからずっと死が身近にある状態なのだ。それでも平然を崩さない堂々たる振る舞いに、少女はかつての自分とはまるで違うと感じた。
「……村に出たら、私の心臓が止められる」
「んー、大丈夫ですよ。私、目はいいですから」
「でも、そんな保証……」
「わかりました、ではこういうのはどうですか?」
クラ―リエは思いついたように人差し指を挙げた。
「村から出ても生きていたら、私と世界を生きましょう。死んだら、私も死にましょう」
「っな、あなた正気で言ってるの!?」
そこまで言ってなお、クラ―リエは平静だった。
「……わかったわ、あなたを信じる」
「わ、ありがとうリーラ!」
「呑気ね。纏え、氷よ。空を駆けろ」
少女も覚悟を決めた。空までの道をつくり、クラ―リエの手をとる。
村を出る道中、魔女の追撃はなかった。すっかり拍子抜けした二人だったが、ここからが問題だった。
「花氷……」
村の入り口に今もある、花。少女が凍ってからまた村を出るまでそこに咲き続けていた。ふと、気づくと傍に浮いていた氷の薔薇を胸の前で持つ。
「それじゃ、行きましょう」
「……じゃあね、みんな」
二人は、互いの手を握って村を出る。ひんやりと白い空気が漂う村の外は、まだ少しだけ緑が残っている。
かつての村を出る時を思い出した少女だったが、刹那胸のあたりに尋常ではない痛みが沸き上がる。
「っがああああっ!!!」
「……神よ、どうか」
「ああああ!!!!」
長い長い、永遠に続くかのごとく、痛みは消えない。祈りを捧げるクラ―リエの横で、少女は意識を手放した。
*
「あ、起きました?」
記憶にない天井だった。柔らかい感触に目を向けると、どうやらそれはクラ―リエの太ももだった。
「ね、言ったでしょう?」
少女の胸は、心臓の少しずれたところに出血のあとがあったがそれ以外は目立った外傷はなかった。
「な、なんで……」
「さあ、私にはわからないです。それより、あの時の賭けは忘れていませんよね?」
賭け、というシスターとは似ても似つかない言葉に少女は笑みをこぼす。ああ、わたしは生き延びてしまったんだな。
「な、なんで笑ったのです! おかしいことでも言いましたか!?」
ぷんすかと子供らしく頬を膨らませるクラ―リエに、少女は手を伸ばす。
「クラ―リエ、であってる?」
「そうですよ、リーラ!」
「誓うわ、あなたに」
「へ?」
「あなたと世界を生きるわ。誓いを破ったことのあるわたしだけど、これでいい?」
「べ、別にそこまで言わなくてもいいのですけれど……誓いに嫌な思い出ありそうなあなたは……」
誓い、の言葉にふと少女は先ほどまであった氷の薔薇を探す。そして胸にあいた穴の奥に、薔薇が咲いているのを見つける。
「誓いの、結びなおし……」
「?? わかりませんが、あなたがいいならいいですよ!」
少女は、リーラと名乗ることを決めた。そして、今度こそ誓いを破らないように、脈打つ心臓に誓うのだった。
「じゃあこれからよろしく、破天荒シスター」
「破天荒なんて、そんなことないですー!」
ここから氷の魔女の元弟子と、金糸雀の瞳をしたシスターの暮らしが始まった。