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異世界転移・転生対策課  作者: 紫烏賊
case7 マッチポンプな救世主
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雑談と地雷

 本に囲まれた空間でパラパラとページを捲る音だけが私の耳に入ってきます。鼻で空気を吸えば少しかび臭いですが紙とインクのにおいが鼻腔をくすぐります。…たまに発狂した声が聞こえますが、それを除けば私は今の過ごしているこの時間がとても気に入っています。お店でお話したり、お菓子を食べながら皆さんと騒ぐのもとても楽しいのですが、たまにこうして黙って過ごしているのも楽しい物です。終わらない仕事へのストレスで一時的に発狂している方の声が聞こえなければですが。


 そして、今の私は先輩のナギさんと一緒に仕事をしています。仕事の内容は転移者の基礎情報以外の細かい情報、婚約者の名前、戦闘スタイル、使用する魔法、戦闘をする場所、建物があればその構造など多岐にわたる様々な情報を記録課の本棚から引っ張り出してコピー機でコピーして隊長の下に送り届けることがここでのお仕事です。


 幸いにしてここには検索機が設置してあるので探そうとしている単語を入力すれば場所が分かりますが、本当に大変なのは目的の本を取ることです。この本棚は神様が管理している全ての世界の情報を書き留めてます。例えるなら飼育下にある世界中の動物の健康状態から現在何をしているのか、内臓の動き等ありとあらゆることを記録し続けているのと同じです。それを神様が管理している世界全てを対象にして行っているので記述が飛び飛びになっていたり、切りの悪いところで別の本に映っていたりと、とてもストレスのたまる書き方をされています。そして古い記録だと何兆年前の記録が残っていたりする本棚で探し物を検索できたとしてもそこまで移動するだけでも大変です。そして目的の本が置かれている本棚にたどり着いたとしても置かれている場所によっては脚立が別途必要になる時があるので正直な所面倒くさいです。


 それでも本を読んでいる間は色々な事が分かります。検索機も何ページの難行までと教えてくれるわけでは無いので最初から読み進める必要があります。ユッカさんはこの作業苦手でよく昼寝をしているのですが、私は先ほど言ったようにこの作業は宝探しみたいで結構好きだったりします。

今も本棚から数冊本を取り出してナギさんと分担して読み進めています。


「そう言えばナギさん、詳しくは聞けなかったのですが体は大丈夫なのですか?」


 私はお見舞いに行く隊長について行かなかったのでどんな様子だったのか分かりませんでしたが隊長曰く地獄だったそうです。マンチニールの毒によって皮膚が爛れたので一時的に全身包帯でぐるぐる巻きになっているのですが、意識がある間は痛みが全身から襲い掛かってくるので部屋にいた間聞こえた声はうめき声だけだそうです。私もお見舞いにはいきたかったのですが隊長に全員話せる状態でもないし、するのだったらもう少し落ち着いてからの方がいいだろうと言われました。そうして数日日にちを開けて初めてお見舞いに行くと隊長から聞いていたミイラ状態から所々包帯がある程度に回復していました。


 私からは皆さんいつもと変わらない肌をしていると思いましたが、話を聞く限りだと皮膚の培養と医療魔法の合わせ技でいつもと変わらない外見でしたが、ほぼ全身の皮膚を交換したそうです。私の怪我が可愛く見えてしまうほどに酷い状態だったみたいですが、ナギさん曰くよくあるわけでは無いがそれほど珍しい話でもないらしいです。


戦う中で怪我をするなんて当たり前、毎回仕事から帰ってくる部隊の人達が大小さまざまな傷を付けて帰ってくるのでここの医療技術は飛躍的に進歩しました。本来なら生きているのなら首だけ残っていても全身を再生させられるほどの技術を手に入れました。


 それだけならハッピーエンドで良かったのですが、やはりと言うか医療技術にあぐらをかいて部下に無茶な要求をする上司がちらほらと現れるようになりました。


 能力課の医療、いえ、医療だけでなくここでの行為は基本的に仕事に関係することであるなら金銭の取引は発生しません。私が初めての休暇の時に服を買いましたが、あれも仕事で変装する必要のある調査部に関してはお金を必要としていません。あと情報収集のために必要だった経費もきちんと報告してくれれば補填をしてくれます。また、重傷者に際しては別途お金を渡すことになっています。


 このお金はここでは特に消費しないので休暇を過ごす時くらいにしか使わない物ですがあればあるだけいいと言う考えはあるので、ここの甘い制度を利用する人たちが出てきました。

それは転移者との戦闘中にわざと大技を食らって瀕死になると言う事でした。どんなに怪我をしても元通りになり、更にお金が追加でもらえるのならとわざと怪我をする人が増えた。こちらとしてはお金は『ソ』を使って生み出すのでそれほど痛くは無いのですが、それでも命を無意味に散らそうとするのと同じような行為は容認すべきではない。それに今はちらほらだが同じような事をする人間が増えれば仕事の失敗への確率も上がっていく。それは絶対に避けなければならない。失敗が続けば自分たちが作られている意味が無くなってしまう。そう考えた私達の先輩方は一足飛んで医療技術の一部封印を決定。失った四肢の再生などの技術を封印しました。


 再生技術の一部封印が決定してから少しすると無茶な事をしていた部隊は文字通り無くなり、再生技術の代わりに義手の技術が進んで今に至っているそうです。皮膚の再生は封印される技術には入っていなかったのでナギさんが筋肉丸見えという悲惨な状態で退院せずにすみました。

それでも記憶は消去したりできないそうなので、ナギさんの顔色がいつもと比べると少し悪そうに感じます。ため息も結構していますし、疲れているのでしょうか?


「ナギさん、大丈夫ですか?」


 そう声をかけるとナギさんはページを捲る手を止めて私の方を見ます。


「何がですか?」


「体の具合です。数日満足に眠れてなかったと聞きまして」


 私がお見舞いに行ったときにはもう皮膚の張替えも終わって定着させるために包帯で固定しているだけだったので、ナギさん達が毒に苦しんでいる時がどのような状態だったのか私は分かりません。身に言った隊長も少し気分が悪そうにしていたので聞くことも出来なかったので今ナギさんが本当にキツイのか分かりません。分からなかったら聞けばいいと隊長も言っていましたし、ここは素直に地雷を踏まずに慎重に聞いて見ることにします。


 因みにユッカさんは一冊目の途中で寝落ちしています。私が本を取りに行って本を取って戻った時には夢の国に旅立っていました。時間にして10分弱程でしょうか?とにかく今も本を枕にして静かに寝ています。


「大丈夫です。それなりに隊長と遊ぶ時に徹夜するのも少なくないの、である程度は慣れています。どちらかと言うなら眠いと言うより疲れていると言った方が良いでしょうか」


 楽しい徹夜と辛いだけの徹夜は違うと言うことでしょうか。私は夜更かしをしたことはありますが徹夜はまだ一回もしたことが無いのでよくわかりません。ですがカルセさん達ならわかるかもしれません。会うたびに仕事がー、仕様変更でー、増えるーとか光の無い目でよく愚痴っています。

とにかく今ナギさんが疲れているみたいです。疲れている人に何をするといいのでしょうか?


 よく聞くのはマッサージですね。一回寝れなくて下に降りようとした時にユッカさんが隊長に隊長の腰を肘でグリグリしていたのを思い出します。隊長が椅子を背もたれを揃えないように並べてうつ伏せでいる状態でユッカさんが横でしゃがんで腰のあたりを肘でグリグリしていました。あの時の隊長の声は何と言うか間の抜けた、でも気持ちよさそうな声を出していました。


 マッサージ、いい案かもしれません。でもマッサージってどうやるんでしょう?私が知っているのは腰グリグリとセラさんが自分の肩を揉んでいたのを見たくらいです。ここに専門書何て置いていないのですが、流石に腰ゴリゴリをここでやるのは寝っ転がる必要があるので駄目な気がします、となると肩ですかね?慣れないことを素人がやるのは危ないと言っていましたし腰に比べたら肩の方が自然な気がします。

そうと決まれば早速試してみることにしましょう。


「ナギさん、肩もみましょうか?」


「……どうしたんですか?急に」


「えっと、ナギさん達って退院したばかりなのでまだ疲れているのかなと思いまして、それで少しでも楽に慣れたらなと思いまして…」


 ナギさんは私の目をじっと見ていましたが、しばらくして納得したようにうなずきました。


「なるほど、ではお願いしてもいいですか?」


 ナギさんが背を向けながら本を読み始めたので、邪魔にならない程度に肩を揉み始めます。


…………


 か、会話をしたい。


「あの、加減とか大丈夫ですか?」


「大丈夫です。むしろもっと強くて大丈夫です」


 え、これでも力を入れているつもりなのですが、これ以上ですか。


「わ、わかりました」


 力加減は分かりませんが、取りえずもっとと言われたので少しずつ力を入れてナギさんの肩を揉みます。今気づきましたがスーツ越しだと揉みにくいですね。ユッカさんが隊長の腰をグリグリしていた時も薄着でしたし、こういうのってもっと薄い服を着ていた方が良かったのでしょうか?


「ん、そのくらいが気持ちいいですね」


 思考を遮るようにナギさんの声が聞こえたのでなるべく、そのぐらいの力加減で肩を揉み続けます。


 その間会話が進むわけでは無く私自身思い付きでやっているので、どのくらいでやめたらいいのかタイミングを掴めずに肩を揉んでいると机の反対側からうめき声が聞こえました。ふとそちらの方を見ると


「…ふわぁ、よく寝たぁーーー」


 ゆっくりとした動きで本を枕にしていたユッカさんが体を起こしました。まだ眠いのか瞼をこすった後に首を左右に揺らしていましたが、しばらくしてゆっくり目を開けてボーとした目でこちらを見ました。


「あ、おはようっス」


「あ、おはようっス、ではないです。起きたならその分仕事してください」


 ぴしゃりとそう言いながらナギさんが体の向きを変えたのでマッサージはそこで終わりました。こうはいっていますがユッカさんが寝ていた時には見て見ぬふりをしてそっとしていたのを私は知っています。と言うか目の前で寝てたのでユッカさんも分かってやっていると思います。


「いやー、まだ本調子じゃなかったのか活字を読んでると眠くなったんスよ」


「ならコーヒーでも飲んでくればいいじゃないですか。それとも隊長に報告でもしてあげましょうか?」


「そういえばアイビーちゃん、さっきナギちゃんの後ろで何やってたの」


 強引すぎる話題逸らしで私に話しを振ってきました。私自身こういうのには関わらない方がと良いとセラさんに言われたのを参考に我関せずと記録を読むのを再開しようとしていた時に振られたので何もやましいことは無いのに内心ドキッとしました。


「い、いえ、ナギさんが疲れているように見えたのでマッサージをしてあげようと肩を揉んでいました」


「へぇーーーー、そうっスかーーーー」

やけに長く言葉を伸ばしながらユッカさんがナギさんの方を見ています。


「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうですか?」


 声は冷静に、でも殺意を感じるオーラを出しながらナギさんはユッカさんに聞き返します。


「ペタンヌは肩こりと無縁じゃないスか?」


「よし、ぶっ殺します」


 ユッカさんが答えたのとほぼ同時にそう宣言した直後、ウサギみたいな瞬発力で椅子から飛び上がったナギさんは、空中で一回転した後にどうやったのか急に加速してユッカさん目掛けて蹴りを繰り出します。


 そんな攻撃をユッカさんは冷静に机の下にもぐって回避して反対側、ナギさんが座っていた場所から顔を出しました。


「だって、隊長がマッサージを頼むの、毎回腰とか二の腕とかばっかりなんスよ?なら隊長と似た胸部装甲を持ってるナギちゃんが肩がこるなんてありえないっスよ」


 確かにと言ってはダメだと思いますが、ナギさんの胸はセラさんに比べるとつつましやかです。

最初から完成している私達の体に成長は無いのであれ以上になることはありませんが、それほど気にする必要もないと思います。むしろセラさんも着れる服が減るし、胸に引っ張られて太って見えて迷惑とこの前言っていました。なので気にしない方が良いと思うのですがとてもそんなこと言える状態ではなりません。


「だまらっしゃい!こっちはデスクワーク多めで前傾姿勢になるので肩がこるんです!毎回頭が前に出ると大体寝ているあなたに言われたくないですね」


 ナギさんは今武器を持っていないので、すらりとした両足を流れるように動かして攻撃してます。叫んでいるのにその動きが乱れている様子もなく、むしろ鋭さが増している気がします。

対してユッカさんはここが本棚に囲まれている場所であることを利用して本棚の本を落とさないように注意しながら立体的な動きでナギさんの攻撃を躱しています。まるで隊長の部屋で見た蜘蛛男みたいな動きです。


 二人とも口論しながら攻撃したり回避しています。そしてユッカさんの逃走範囲が広がるたびに他の部隊の方やら記録課の方々に被害が広がって阿鼻叫喚の地獄状態です。

私はしばらく二人を止める方法を自分なりに考えましたが結論は不可能と出たので諦めて二人分の資料を読み始めます。


 私、あそこに突っ込んで二人を止められる自信が無いですし、むしろ騒ぎを大きくしそうな気がします。前に脱出するだけなのに事を大きくしかけて隊長に怒られたことがあるので同じ轍は踏みません。


 遠くに聞こえる悲鳴を頭の中で切り離して

そんな一連の騒動は騒動を聞いた隊長が何も聞かずにユッカさんにスタイルズ・クラッシュを決め、素早く呻くユッカさんの上半身に体を合わせてキャメルクラッチを決めたことで無事収まりました。


 そして、私も怒られました。

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