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5.マイルドセブン②(喫目線)

前回のお話の、喫目線です。少し長いです。

「召し上がれ」


 ケムリちゃんが作ってくれたのは、オムライスとシーザーサラダだった。おいしそう。


「いただきます」


 スプーンですくい、一口、また一口と食べる。おいしい。誰かが作ってくれるご飯って、こんなにおいしいんだ。

 食べる手が止まらない。とてもお腹が減っている人みたいだ。


「美味しい?」

「うん、すごくおいしい」

「それは良かった」


 そう言って、ケムリちゃんも食べ始める。お皿の横にはビールが置いてある。

 見慣れた缶とは違うけど、やっぱり身構えてしまう。あれは、人を違う何かに変えてしまうおそろしい魔法の道具だから。


「ケムリちゃん、お酒っておいしい?」

「別に」

「えっ、え?」


 予想外の答えに、少し驚いてしまった。じゃあなんで飲むんだろう。


「因みに、煙草も別に美味しくないよ」

「でも、好きなの?」

「なんていうかな。手軽に気持ちのスイッチを切り替えられる、というか」

「ふぅん」


 子どものわたしには、まだよくわからない。お菓子やジュースではきっとダメなんだろうな。

 ケムリちゃんはあっという間にビールを飲み干して、同じ缶を冷蔵庫から取り出す。そしてまた飲む。お酒、強いのかな。子どもがお酒のペースに口出しするわけにもいかないし。


「タイラちゃんは、恋とかしたことあるの」

「……ない、かな」


 酔ってるのかな、少し顔が赤い。

 恋なんて、学校にもほとんど行ってないわたしには縁のないことだ。わたしなんかに好きになられても、困るだろうし。


「じゃあ、私と同じだね」

「そう、なの?」


 意外だ。とても美人だし、かっこいいし、そういうことは慣れているものだと思っていた。


「うん。今まで十二人と付き合ってきたケド、恋はしてない」

「そんなに付き合ってきたんだ」

「自慢じゃないよ。この前フラれたばかりだし」


 わたし的には好都合だ。もし恋人がいたら、確実にわたしのことは邪魔になるだろうし。

 そうなるとタイムリミットは、十三番目の彼氏ができるまでだろうか。ケムリちゃんなら、すぐにまた新しい人と付き合えるだろう。どうしよう、追い出される。


 考えても仕方ないか。

 オムライスとサラダを食べ終え、食器を持って立ち上がる。


「偉いね。皿下げるの」

「あ、ありがと……」

「……うぅ」


 当たり前のことを褒められて困惑していると、突然ケムリちゃんが低くうなりだした。え、なんだろう。大丈夫かな。


「ケムリちゃん?」

「……飲みすぎた」

「ビール二缶で酔っ払っちゃうの?」

「弱いんだ……。私は、酒に弱い。というかもう……人として弱い」

「元気なくなるタイプなんだね」


 大きい声を出したり、暴力を振るったりしないなら問題ない。

 それにしても、凛とした感じのケムリちゃんがこんな風になるなんて。やっぱりお酒ってふしぎだ。


 お皿を下げにキッチンに向かって、シンクに置いてからリビングの方を振り向くと、床の上に空き缶が二つ増えていた。そして、椅子に座ったままケムリちゃんは寝ている。まるでまちがいさがし。


「ケムリちゃん……?」

「……んぅ」

「こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ?」


 返事の代わりに、寝息だけが返ってきた。冬じゃないし、このまま寝ても大丈夫だとは思うけど、体とか痛めちゃいそう。でも、子どものわたしが椅子から下ろすのは多分むり。


 ケムリちゃんも食べ終わってはいるし、とりあえずお皿を下げて洗っちゃおう。

 シンクに置いた食器を、一つずつ手に取ってスポンジで洗う。オレンジみたいな匂いの洗剤が、油汚れをサッと洗い流してくれる。あまり力のない、わたしみたいな子どもにも皿洗いは簡単にできる。


 全部洗い終わって、手を拭いて振り向くとまだケムリちゃんは寝ていた。

 ビールの空き缶もすすいでおこうかな。ここら辺の資源ごみの日はいつなんだろう。お部屋にそこそこ溜まっているのを見る限りだと、ケムリちゃんはあまり頻繁にはゴミ出しに行ってないんだろうな。


 空き缶に手を伸ばしたところで、ケムリちゃんがまた低くうなる。そしてゆっくりと頭を起こした。


「あ、起きた」

「……ごめん、寝てた」

「お酒、飲みすぎたんじゃない?」


 机の上と床の上を交互に見て、ケムリちゃんは深いため息をついた。思ったより飲んだってことかな。


「そうかも」

「お水もってくるね」


 こういう時は、水を飲むのが一番。少しでも酔いをさましてもらおう。さめるかわかんないけど。


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 わたしからコップ一杯の水を受け取って、ケムリちゃんは一気に飲み干した。氷も何も入っていない、ぬるい水道水だけど平気かな。


「酔っても、いっぱいしゃべったりとか、暴れたりとかしないんだね」

「酔い方は人それぞれだからね。私は寝るタイプ」

「ふふ、平和だね」

「それはどうだろう」


 本当に平和。これなら、そんなにお酒を警戒しなくても平気そう。いや、すぐに酔っちゃうみたいだから、やっぱり警戒しておこう。油断は禁物。女性とはいえ、相手は会ったばかりの大人なんだから。


 頭をふらふら揺らしながら、何か悩んでいるというか葛藤しているみたいなケムリちゃん。よくわかんないけど、寝た方がよさそうだね。


「もう寝た方がいいんじゃない?」

「じゃあ、一緒に寝よ」

「えっ」


 戸惑うわたしの手を握る。

 その細くて白い手は、暑さのせいか、それともお酒のせいなのか、汗ばんでいた。


「なんでもするって言ってたよね」

「言った、けど」

「大丈夫、変なことはしない」


 変なことってなんだろう。大人の女性が子どものわたしにする可能性のある変なことって、本当になんだろう。思いつかない。

 なんとなく怖いし、やんわりと断ってみよう。


「あ……暑いと思うよ、いっしょに寝ると」

「じゃあ脱ぐ」

「ふぇっ!?」

「良いでしょ、女同士だし」

「だめだよ!」

「酔っ払い相手に、そんな大きい声を出さないで」

「ご、ごめんなさい」


 髪も肌も白いから、お酒で赤くなっているのがわかりやすい。にやにやしながら、わたしの顔を見ている。


「こちらこそごめん。先に寝るね」


 そう言ってケムリちゃんは、おぼつかない足取りで寝室に向かう。落ちている缶を踏みそうでハラハラしつつ、妙に寂しそうな横顔が気になった。


「まって」


 寝室に向かうケムリちゃんの袖を、ギュッと掴んで止めた。手と声が震えるのを必死にがまんして、言葉を整理する。


「なに」

「……いっしょに、寝よ?」


 わたしの勇気に応えるかのように、ケムリちゃんは少し間を空けてから返事をした。


「後悔しないでね」

「……後悔、させないでね?」


 フラフラ歩くケムリちゃんと一緒に、寝室に向かう。リビングのすぐ横にある、布団が敷いてある部屋。どうやら敷きっぱなしにするタイプらしい。カビ生えちゃうよ。


「タイラちゃん……ちゅーしてもいい?」

「だめだよ」


 こんなに酔ってるケムリちゃんにキスなんてされたら、わたしも酔っちゃいそうだし。ほっぺならいいけど。


「じゃあ、えろいこと……はだめか、こどもらもんへ……んは」

「け、ケムリちゃん?」


 なんだかとんでもないことを謎の言語で発していた気がするけど、ほとんど気絶のように布団に倒れ込んで、動かなくなった。呼吸音と胸の上下で生きていることは確認できる。よかった。


「おやすみなさい、ケムリちゃん」


―――――――――――――――――――――


 ケムリちゃんが起きてくる前に、昨日洗ったお皿を棚に戻して、空き缶も片付けておいた。

 そういえば、大学には行かなくてもいいのかな。夏休みはいつからなんだろ。


 水の入ったコップを持って寝室を見に行くと、ケムリちゃんは体を起こしてぼーっとしていた。


「おはよう、ケムリちゃん。体調は大丈夫?」

「頭痛い。ガンガンする」

「とりあえず、お水でも飲んで」

「ありがと」


 コップを受け取って、水を一気飲みする。空になったコップを見つめて、またぼーっとし始めた。

 これじゃ、大学に行くどころか他のこともできなさそうだ。わたしができることはわたしがやろう。役に立つところを見せないと。


「ごはん、適当に作っておくから。シャワー浴びてきてください、よ」

「……本当に小学生?」


 そんなにすごくも、特別でもないと思うけど。ケムリちゃんは意外と驚いたり褒めたりをしてくれる。

 もっともっと、ケムリちゃんにとって役立つ人間だって思ってもらわないと。捨てられるわけにはいかないから。


「ケムリちゃん。わたしね、後悔しなかったよ」

「それは良かった」


 酔ってない時にいっしょに寝るのは、しばらくは控えた方が良さそうだけどね。

更新遅れてすみません。『先輩にはログボが無かったので後輩の私が毎日キスすることになった』の方でも喫が登場したので、そちらも良かったら読んでみてください。

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先輩にはログボが無かったので後輩の私が毎日キスすることになった→この作品のスピンオフ元です。一緒に応援していただけると嬉しいです。
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