4.マイルドセブン②
日付変わって、二日目。
「……あれ」
テーブルの上に、食べ終えた皿とかがそのまま残っている。なんだっけ、何を作ったんだっけ。
というか、何時だ今。頭が痛くて思考がまとまらない。
「あ、起きた」
「……ごめん、寝てた」
「お酒、飲みすぎたんじゃない?」
机と床の上に、ハイネケンとチューハイの空き缶が大量に置いてある。え、これ全部飲んだのか。バカか。
私は煙草を吸うけど、お酒はそんなに強くない。なんだろう、緊張していたのだろうか。
「そうかも」
「お水もってくるね」
そう言って、タイラちゃんはキッチンに向かう。酔って寝たダメな大人相手に、随分と慣れた対応だ。
素直に優しいな、と思う。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
コップ一杯の水を受け取り、一気に飲み干す。夏だから少し温い水道水が、一気にアルコールを浄化する。気がする。
アルカリイオン水が良いらしいケド、水にお金をかける主義じゃない。
「酔っても、いっぱいしゃべったりとか、暴れたりとかしないんだね」
「酔い方は人それぞれだからね。私は寝るタイプ」
「ふふ、平和だね」
「それはどうだろう」
笑うと子どもらしくて可愛い。
ダメだ、酒が回ってる。可愛い子がいると、つい触れそうになる。けど、なんとか理性でそれを抑える。
いくらなんでも、小学生に何かをするわけにはいかない。ましてや今日会ったばかりの女の子に。
「もう寝た方がいいんじゃない?」
「じゃあ、一緒に寝よ」
「えっ」
戸惑うタイラちゃんの手を握る。
その小さな手は、暑さのせいか、それとも私への警戒心からなのか、汗ばんでいた。
「なんでもするって言ってたよね」
「言った、けど」
「大丈夫、変なことはしない」
因みに、この言葉を吐く男は信用してはいけない。
変なことをしない人間は、わざわざ最初から宣言なんかしない。喋れば喋るほど、怪しくなるに決まっているから。
「あ……暑いと思うよ、いっしょに寝ると」
「じゃあ脱ぐ」
「ふぇっ!?」
「良いでしょ、女同士だし」
「だめだよ!」
「酔っ払い相手に、そんな大きい声を出さないで」
「ご、ごめんなさい」
視界が歪む。というか、視界に入るものの輪郭が歪んでいる。
浮遊感と多幸感。よくわからないけど笑いそうになる。
戸惑うタイラちゃんが可愛くて仕方がない。買い物をしている時とかはそこまで思わなかったのに。
「こちらこそごめん。先に寝るね」
冷静に考えると、酒臭い大人と寝るなんて可哀想だ。
ましてや酔っているこの状態で、手を出さない自信がない。抱き枕にする程度で済めば良いケド。
「まって」
寝室に向かう私の袖を、タイラちゃんはギュッと掴んだ。手も声も震えている。
「なに」
「……いっしょに、寝よ?」
年端もいかない少女が勇気を振り絞ってくれたわけだから、こちらも大人として恥ずかしくない対応をしないといけない。
据え膳食わぬは女の恥、だ。
「後悔しないでね」
「……後悔、させないでね?」
何かが壊れる音が聴こえた。
幻聴だろうケド。
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「……頭痛い」
朝。と思って目を開け、時計を確認すると昼過ぎだった。
隣にタイラちゃんは寝ていなかった。
体を起こしてぼーっとしていると、水の入ったコップを持ったタイラちゃんが寝室にやって来た。
「おはよう、ケムリちゃん。体調は大丈夫?」
「頭痛い。ガンガンする」
「とりあえず、お水でも飲んで」
「ありがと」
コップを受け取り、水を一気飲みする。
やはり、アルコールが浄化されるのは気のせいだった。
熱帯夜ではなかったケド、普通に寝汗がすごい。
二日酔いだから運転はできないし、大学はサボろう。というか何曜日だっけ。まずシャワーか。いやタイラちゃんにお昼ご飯を作るべきか。
寝起きと残留しているアルコールの相乗効果で、思考がまとまらない。ダメな大人代表。
「ごはん、適当に作っておくから。シャワー浴びてきてください、よ」
「……本当に小学生?」
何処か、別の世界から転生してきたみたいだ。
見た目は子どもだけど、精神が大人的な。それとも、そうならざるを得ない環境で育ったのだろうか。
環境と言うなら、私も後輩もまともな大人に育てられていない。
ケド、それを言い訳にしたことは一度もない。裕福で幸福な家庭に生まれていても、きっと私はまともな大人に育っていないだろうから。
というか本当に記憶が無いケド、何もしていないだろうか。酔っている時の自分なんて、宝くじが当たった時に訪ねてくる親戚よりも信用できない。
「ケムリちゃん。わたしね、後悔しなかったよ」
「それは良かった」
後悔したり、させたりしてばかりの私の人生で、その言葉を言ってくれた人は初めてかもしれない。