3.マイルドセブン①
市内最大のスーパー、スーパーイチツウに到着した。
四階建ての建物で、一階は食品と飲食店、二階は雑貨と家具、三階は衣料品、四階には本屋と眼鏡屋、キッズスペースがある。
高校生の頃は定期区間外だったから行くのは面倒だったけど、運転できるようになると話は別。
こことコンビニだけで用が済む。
「欲しいものがあったら、遠慮なく言って」
遠慮なく言える性格じゃないんだろうケド。
どうせ私のお金じゃないし、お菓子でもオモチャでも、なんでも買ってあげられる。
「まずは、どこから見るんです……の?」
「急ブレーキをかけたことで、お嬢様みたいになってるね」
「大目に見て、いただけると」
「うん。まだ初日だし」
質問に答えてなかった。三階から見て、少しずつ下がっていこう。服、家具、最後に食品。
「服といえば、ケムリちゃんはカッコいい服を着てるね」
「私はパーカーとジャージしか着ないから」
「そうなんだ」
「だから、可愛い服を選んであげたいケド、よくわからない」
後輩でも呼ぶか。と思ったけど、普通に授業中か。
こういう時に呼べる友だちの心当たりが微塵もない。今まではそれで困ったことはなかったのに。
「可愛い服なんていらないよ、学校には行かないし」
「……学校行かないなら、掃除とか料理とか頼んでもいい」
「いい、けど。学校に行きなさいとか言わないの?」
「私の人生じゃないし。でも、勉強はした方がいいよ」
「どうして?」
「自分より頭の悪い人に騙されないようにするため」
大切なのは学校に通うという行為ではなく、学ぶという行為だ。嫌な思いをしてまで行くものじゃない。
今日、特に理由もなく大学をサボった私が言うと、逆に説得力がある気がする。
感心したのか呆れたのか、タイラちゃんは無言で私の後ろから着いてくる。ペンギンの赤ちゃんみたい。
「……ケムリちゃん、わたしもパーカー欲しい」
「ん。いいよ」
その調子で、どんどん欲しいものを言ってくれると助かる。ワガママな子どもは苦手だが、逆に何もアピールしない子どもも難しい。同じ国の同じ言語を喋れるわけだから、どんどん伝えて欲しい。
「値段は、どのくらいまでなら平気?」
「スーツより安かったら平気」
イマドキの小学生の服って、高いのかな。このスーパーの中だと、大したブランド物は無いだろうケド。
「タイラちゃん、予定変更」
「え、どうしたの」
「服は別のところで買う。食品だけ買うよ」
「……わかった」
一階に降りる為に、エレベーターに乗る。
狭い隔離空間に幼女と二人きり。なんだろう、よくわからないけど悪いことをしている気分。
一階に到着し、カゴを持って食品売り場に入る。
この両サイドから襲いかかってくる冷気、少し苦手。
「好きな食べ物はなに」
「おいしいもの……かな」
「ふふふ。それは私も。嫌いな食べ物は」
「特にないです……よ、ないよ」
「じゃあ、適当に買うね」
なんとなく安そうな野菜や、コスパのいい納豆をカゴに入れる。あとは卵でも買うか。あれさえあれば比較的なんでも作れる。
「……ケムリちゃん、どうしてここで服を買わなかったの?」
「初めてあげるものが、安物だと嫌だったから」
「面白い人だね」
「……何が」
「ご、ごめんなさい」
「いや、怒ってないケド」
自分ほど、つまらない人間もいないと思う。
今まで付き合ってきた十二人の内、七人にはそう言われた。笑いのツボが変とか、口数が少なすぎるとか、機嫌が悪そうに見えるとかも。
そっちから告白してきた癖に、何を言ってるんだと呆れたものだ。まぁ、認めるケド。
「あれ、そんなに飴買うの?」
「禁煙する時は飴。タイラちゃんも食べるでしょ」
「じゃ、じゃあイチゴミルクのやつを」
「これ美味しいよね。勝手に口の中で割れて終わる感覚が好き」
「……どうして禁煙するの」
「タイラちゃんは煙草吸うの」
「もちろん吸わないよ……?」
「そういうこと」
タイラちゃんが子どもだから、とかではなく、吸わない人と暮らす時は禁煙する。気遣いというよりはただのマイルール。
「そんな、わたしに気をつかわないで?」
「いや、そういうわけじゃない。煙草は一人で楽しむものだから」
「……吸いたい時は、いつでも吸っていいですからね」
「うん」
後輩は、ログインボーナスと称して後輩にキスしてもらっているらしいけど、私にとってのログインボーナスは煙草。
でも、誰かと一緒に過ごす時には要らない。まぁ一週間くらいの辛抱だ。
最後に酒のコーナーに行き、ハイネケンの缶を四つカゴに入れる。
「もう買う物はないかな」
「うん、わたしは大丈夫」
「それじゃ、会計するね」
セルフレジで会計を済ませ、買ったものを段ボールに入れる。いい加減、エコバッグを持った方が楽なんだろうな。
処分が面倒で、部屋に溜まっていく段ボールがまた一つ増える。
駐車場に戻り、タイラちゃんの隣に段ボールを乗せる。
「服を買いに行くよ」
「は、はい」
「あと先に言っておくね。取り敢えず一週間だけはウチに居ても良いケド、そこから先は気分次第だから」
「一週間でも、穏やかな毎日をすごせたら。それだけでわたしは幸せだよ」
「穏やかな一週間、か」
車を走らせ、スーパーイチツウの近くにある子ども服ブランドの店に停まる。
タイラちゃんに財布を渡して、一人で行かせる。あまり私の顔色を窺ったりとか、変に遠慮されたりしたら困るし。
あとなんのアドバイスもできないし。
「ほんとうに、何を買ってもいいの……?」
「うん。財布の中身をオーバーしなかったら良いよ」
「いってきます」
「ん」
何を選んでも口を出さない。
子どもが選んだものに、異議や不服を申し立てる大人が大嫌いで、だからそうならない為にも一人で行ってもらった。
理想の大人になりたいわけじゃないけど、嫌いな存在になりたいわけがない。
たっぷり悩んだのか、タイラちゃんは三十分後に走って戻ってきた。大きな紙袋を持って。よし、買わないで帰って来なくて良かった。
「お、お待たせしました」
「良いのあった」
「うん、あの、パーカーもあってね、色々買っちゃった」
「楽しいでしょ、自由にお金使えるの。これが私からのお祝い」
「ありがとう、ございます」
タイラちゃんから財布を受け取り、中身を見ずに助手席に置く。金額の一切を確認しないことにタイラちゃんは驚いている様子で、目を大きく見開いている。
クレカは入れてないし、入ってる金額より多く出費できるわけがないんだから、今すぐ確認しないといけない理由なんか無い。
「それじゃ、帰るよ」
「うん」
さて、夕飯は何を作ろうか。
次回、初めての夜。