1.ショートホープ
Man Always Remember Love Because Of Romance Only.
交尾がしたいと喚く蝉の声。肌にまとわりつく生温い空気。朝なのに高い気温。すっかり夏だな、と考えながら、最後の一本に火をつけて、燻らせながら天井を見つめる。
十二番目の恋人と別れてから、今日で何日目だったか。いや、何ヶ月かは経過したか。特にこれといった心残りもない辺り、本当に自分は人を好きになれない人間なんだと思い知る。
今日の講義は単位的に要らないやつだし、サボろう。いつから大学は夏休みだったか。今日からだったりしないかな。
なんて不真面目に考えていると、何ヶ月かぶりに聴くインターホンの音が私を呼んだ。灰皿に煙草を置いて、玄関に向かう。
面倒なので、ドアを開けて応対する。
「はい」
「俺だ。叔父さんだ」
私が唯一連絡を取れる親戚、叔父さん。
年始の挨拶以外で会うことはないケド、かなりいい人だ。両親という概念が希薄な私にとって、叔父さんが親みたいなものだし。
「なんの用」
「この子を、預かってくれないか」
そう言った叔父さんの背後から、小学生くらいの女の子が現れた。かなり細い体に、生気のない目。叔父さんと、その子が持っている大きな鞄の中には、ここで暮らすためのものが入っているのだろう。
「……はじめまして。タイラです。平等と書いてタイラと読みます」
「この子はな、ある事情で親と暮らせなくなったんだ。男が苦手らしくてな、俺とは暮らせないんだ。まぁ親戚でもないんだけどな」
「すみません……。おじさんはいい人なのに……」
「というわけだ。小学校を卒業するまでの間で良いんだ。毎月金も振り込む」
「数日、様子を見てからでもいいなら預かるケド」
「わかった。それで頼む」
「ん」
そう言って叔父さんは、タイラちゃんを置いて居なくなった。
私のような人間が、子どもの面倒を見れるわけがない。適当に数日過ごしたら、叔父さんのところに帰そう。
「……わたし、なんでもしますから。ここに居させてください」
「私が女だからって、何もされないと思ったら大間違いだよ」
「……え?」
「なんでもするなんて、女の子は軽率に言わない」
「は、はい」
吸いかけの煙草を一瞥する。残念、もう私の口元に戻ってくることはない。そこで燃え尽きて死んでくれ。
「私は煙。タイラちゃんの下の名前は」
「喫です。喫茶店の喫と書きます」
「二人合わせて喫煙。ふふふ」
私が言うのもなんだけど、珍しい名前だ。
この狭いアパートの一室で、誰かと同居するのも久しぶり。煙草は辞めるとして、少し片付けないと狭すぎる。
叔父さんが振り込んでくれる金額によっては、貯金と合わせて引っ越しても良いかもしれない。いや、数日で帰すんだった。危ない危ない。
「あ、の。わたし、迷惑だと思いますが、がんばるので。ここで暮らしたいんです」
「今日って金曜日だけど、学校は行かないの」
流石に正面から断ると心が痛むので、適当に話を逸らす。
「……ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくても。私も今日サボるし」
そうなると、今から一緒に買い物にでも行くと丁度いいかもしれない。サボる口実ができた。
荷物の中を確認させると、最低限の着替えと学校道具しか入っていなかった。
どうせ後から叔父さんが振り込んでくれるわけだし、服とか買ってあげよう。使うアテのないお金もそこそこあるし。
「さて。まずはタイラちゃんの着替えと布団を買いに行こう」
「そ、そんな。あるものだけで平気ですよ。部屋のはじっことか貸していただけるだけでわたしは」
「気遣いと敬語、あと変に卑屈なの禁止」
「えっ……。それはちょっと難しいです」
「なんでもしますって言ってたじゃん」
「言いました、けど」
「ほら、敬語遣ってるよ」
「うぅ……」
パーカーを羽織り、財布と車のキーを持つ。
壱津羽のスーパーで解決しそうだな。あそこは本当に便利。ついでに食材とかも買って、久々に自炊しよう。可愛い後輩も料理の練習をしているみたいだし。
「車で行くケド、平気」
「平気で……だよ、ケムリさん」
「さんじゃなくて、ちゃんが良いな」
「ケムリちゃん……?」
「いい。ときめくね」
手は繋がないけど、一緒に家を出て、車に向かう。子どもとの接し方というか、距離感がわからない。
自分が子どもの頃って、どんなことを考えて生きていただろう。思い出せない。
車に乗り込み、エンジンをかける。助手席に乗せるべきか悩んだ結果、後ろに乗ってもらうことにした。あまり気を遣わせるのも悪いし。
上手いこと利用できる大人、くらいの認識でいて欲しい。機嫌を損ねたらダメ、とか思わせたくないし。
「あの、ケムリちゃん」
「なに」
「わたし、期待してもいいの……?」
「良いんじゃない。短い希望かもしれないケド」
希望を持つのが子どもの仕事なら、子どもを絶望させないのが大人の仕事なのかもしれない。
なんて、私らしくもない。煙草吸って可愛い子とホテルに行きたいとか、これくらいの低俗な思考が私らしい。
大学生と小学生の同居スタート。