表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VSエフェメラ  作者: 嘉山 結理
1/1

闘うこととは(未定)

ずっと、本当の自分を隠して生きてきた。

もし、本当の自分をさらけ出せる時が来たのなら、その時私は泣くだろう。

解放感と嬉しさと、それを覆すほどの後悔の念で。


『先週15日、○○駅近くの高速道路で迷惑行為を行ったとして16歳の少年1人が治安統制部隊に補導される事件が発生しました。そして本日、その少年の血液から50%を超えるE分子値が検出されたとの速報が入りました。今年に入って、いわゆる「エフェメラ」による犯罪、迷惑行為が、今回の事件を合わせまして、既に23件にも上るのですが、専門家の相沢さん。どのようなお考えでしょうか?』

『そうですねぇ。基本的に「エフェメラ」は、普通の人と比べて、運動能力の著しい進化が見られることは、多くの人がご存知だと思います。しかし、それに伴う知能の低下が起こっているという説を、私は提唱したい。犯罪を起こして、その後どうなるのか。結果を考えられない故に、安易に犯罪に手を染めるのですよ』

『なるほど。知能の低下、ですか』

『そうです!事実、犯罪またはそれに準ずる迷惑行為を起こしたエフェメラの強制収容施設が、全国に5つありますが、それらに収容されている血液中のE分子値が50%を超えるエフェメラ70人を無作為に抽出し、学力テストを行った所、驚きの結果が』

もっともらしい顔をして、バカみたいに幼稚な説を並べる専門家を見ていられなくなった私はテレビの電源を切ると、リビングのソファから立ち上がり、空になった皿とコップを持って台所へ行った。

「遥佳、もう学校に行くの?」

いつも学校へ向かう時間ギリギリまでテレビを見ている私が、テレビの電源を切ったことで、家を出る時間だと勘違いされたようだ。本当は10分後に家を出るつもりだったのだが、たまには時間に余裕をもって学校に行くのも悪くはないだろう。

「うん、今日は早めに行こうと思って」

まーちゃんは「あら、珍しい」と大げさに驚いたポーズをとると、机の上に置いてある手作りの弁当を渡してくれた。

「わざわざ作ってくれなくて良いのに。朝起きるの大変でしょ?」

「心配無用よ。早起きは得意なの。私もまだまだ若いのよ」

まーちゃんは軽くウインクをすると、これ以上私に何も言わせないためにか、強引に私の背中を玄関まで押した。

「遥佳、今日は寒いよ。マフラー巻いていきな」

まーちゃんは私の首にマフラーをぐるぐる巻きつけると、うんと頷いた。

「はい、じゃあ、気を付けていってらっしゃい」

「行ってきます」

私はまーちゃんに手を振ると家を出た。家から高校は自転車を漕いで、15分くらいの距離にある。住宅街を通り抜けると上り坂となり、それを越えると高校の門が見えてくる。家から一番近い、という理由だけでこの高校を受験した。まーちゃんには5歳の頃からずっと迷惑ばかりかけてきた。だから、せめて高校は家から近い公立高校に進学し、まーちゃんの負担を減らしたいと考えたのだ。

私とまーちゃんは、親子以上の深い絆で結ばれているが親子ではない。血縁上は、姪と叔母にあたる関係だ。11年前、私の5歳の誕生日当日、両親は空き巣を狙った男によって殺された。血を流し力尽きた両親の横で、無傷の私は何も知らず、ただ眠っていたらしい。なぜ私だけ殺されずに済んだのか。警察の捜査も虚しく、未だに犯人は捕まっておらず、当然その動機も分かっていないままだ。幼くして一気に両親を失った私を引き取ってくれたのが、母の妹のまーちゃんだった。まーちゃんがいなかったら、私は恐らく施設行きだっただろう。本人は、「レディに年齢を聞くものではないわよ」とか「私は永遠の20歳よ」などとはぐらかし教えてくれないが、他の親族に聞いた所、私を引き取ってくれた当時、まーちゃんはまだ23歳だったようだ。仕事や恋愛において一番楽しいであろう20代という時期を、私の世話に費やしてしまったまーちゃんには、もうこれ以上苦労をかけたくない。

「ハル、おっはよー!今日、学校来るの早いね。いつも遅刻ギリギリなのに」

教室のドアを開けると、友達の大きな声が聞こえてきた。朝から元気が有り余っている様子のこの子は、吉川朋美だ。髪を明るい茶色に染め、短いスカートから綺麗な細い脚を覗かせている彼女は、「今時の高校生」という感じの身なりだ。一方の私はと言えば、髪は黒髪ボブ、スカートは膝下、とかなり対照的な見た目だが、なんとなく気が合って、中学生の頃からずっと仲良くしている。

「おはよ。今日は、早く用意が出来たから」

「ふーん、珍しい」と軽い調子の返事が返ってくる。

「ところでさ、どれがいいと思う?」

朋美はマフラーを取っている私に雑誌のページを広げて見せてきた。そこには、『本命の彼に!バレンタイン手作りチョコ』と可愛らしいフォントでかかれた文字と、沢山のチョコレートの写真がプリントされていた。

「大宮くんに渡すの?」

私の問いに朋美は顔を真っ赤にして頷いた。朋美の想い人、大宮義明は野球部エースで次期キャプテンと噂されているスポーツマンだ。朋美と大宮は小学生の頃からの仲らしいが、異性ということもあり、今までほとんど会話らしい会話をしたことがないらしい。大宮は気さくな性格で男女問わず人気があり、中学生の頃、バレンタイン当日は義理チョコを含め、かなりの数のチョコレートを受け取っており、鞄に入りきらなかった分を手で持って帰ろうとしていた姿を朋美と目撃したことがある。

「じゃあ、クッキーとかが良いんじゃない?学校で渡すなら溶けにくい方が良いだろうし」

「たしかに!暖房にあたって、ドロドロになったら嫌だしね」

うんうんと頷く朋美に、私は一番気になっていることを聞いてみる。

「あのさ、今年こそは本当に渡すんだよね?」

実は中学3年間、毎年バレンタインが近くなると朋美には「どのチョコが良いかな?」と同じ質問をされており、料理が苦手な朋美を手助けしながら、チョコを作るところまではもう3回も繰り返しているのだ。問題は朋美がバレンタイン当日にチョコを大宮に渡さない所にある。

「え?もちろんだよ!今年こそは絶対渡す!」

「…本当に?」

その時、始業を知らせるチャイムが鳴り、同時に1時間目の担当教員が教室に入ってきた。

「わ!1時間目、もっさんだ!席戻るね」

朋美は明らかに助かったという顔になり、そそくさと自分の席に戻っていった。私は、はあとため息をついた。沢山のチョコを、沢山の女の子たちから受け取っている大宮を見て、自信を無くしてしまう朋美の気持ちは私にも理解できた。しかし人気者の大宮のことだ。早く告白しないと、誰かにとられてしまう可能性は高いのだ。

「おはようございます。…では、授業を始めます」

森下先生、通称もっさんは現代社会の先生だ。目が隠れる位長い前髪に、少し猫背気味の背中、ぼそぼそと聞き取りにくい話し方。年齢は32歳だそうだが、正直40歳を超えていると言われても信じてしまう見た目をしている。生徒に、もっさんと呼ばれている理由は、ただ単純に名前をもじっただけというわけではなさそうだ。

「今日は、『エフェメラの歴史』について学んでいきたいと思います。教科書53頁を開いて」

雑談もなくいきなり授業を始めるのは、もっさんの特徴だ。これが数学担当の伊坂先生なら、昨日世間を賑わした芸能ニュースや、スポーツの試合結果について、面白おかしく語ってから、授業に入る。そのせいで、彼が担当するクラスの授業だけ極端に進行が遅く、テストが近づいてくると、教科書数ページをとばすという大胆な行動に出たりする始末だ。教師としての技量が高いのは、明らかにもっさんの方だが、生徒からの人気の高さと、他の教師からの人望が高いのは伊坂先生だというのは、あまりにも皮肉な結果だと思う。

「初めてエフェメラが生まれたと言われているのは、今から65年前、ちょうど君たちの祖父母の幼少期、または青年期あたりの時期です。その後10年間に生まれたエフェメラのことを、第一世代と呼びます。恐らく保健体育の授業で習っていると思うので詳しい内容は省きますが、エフェメラは、一般の人間が持っていない、又は持っていても微量である体内物質を血液中に大量に持っています。現代の医学知識を駆使しても、その物質の詳しい所は何も判明しておらず、ひとまず私たちは仮の名として、エフェメラの頭文字を取って、その物質をE分子と呼んでいます。そして、このE分子はエフェメラの、卓越した運動能力と因果関係があるものと考えられています」

その時、ふと今朝のニュースの内容を思い出した。迷惑行為、つまりエフェメラ以外の人間に危害を加える可能性のある行動をとった16歳の少年は、たしかE分子値50%を超えていたそうだ。ということは普通の人間と比べてかなり高い運動能力を持っていたのだろう。

「エフェメラの知能については、どう考えられているんですか?最近、『異常者』絡みの事件も増えてますけど」

1人の男子生徒の急な質問によって私の意識は授業に戻された。長峰という名の彼は、普段から、エフェメラ嫌いを公言している。噂によると、彼の両親はエフェメラ反対の団体でかなり熱心に活動しているらしい。そんな彼のことだ、恐らく朝の番組で、相沢という専門家の唱える説を真面目に聞いてきたのだろう。

「長峰くん、エフェメラを『異常者』と呼ぶことは、差別用語として禁止されているから、今後控えなさい。…エフェメラの知能については、色々な学者が色々なことを言っていますが、もし君が興味を持っているなら、政府からの公認を受けている『エフェメラについての医学的見地』という論文を読んでみると良いよ。電話帳くらいの分厚さだが、それほどエフェメラに興味のある君なら難なく読み切れるんじゃないかな」

もっさんの話し方が、いつもの無気力な様子に比べ、少し棘があるように感じたのは気のせいだろうか。いや、長峰が顔を真っ赤にして、気まずそうに体を縮めているところを見るに、私の考えはあながち見当外れではないのかもしれない。もっさんは、怒っている。授業中に、どれだけ生徒がひそひそ話をしようが、内職をしようが、無関心だったもっさんが、1人の生徒の質問に怒っている。その怒りの理由は、授業に横やりを入れられたからではなさそうな気がする。

「…では、話を戻します。第一世代が大人になる頃、エフェメラの存在が社会問題になってきました。彼らが子供の時には、少し力が強い子程度で済まされていたのですが、大人になると、そんな簡単には片づけられなくなってしまったのです。理由は明白です。各地で発見されたエフェメラの人間離れした力に、周りの人々が怯え、警戒し始めたからです。大木をも投げ飛ばす腕力、走行中の車と並走できる脚力、その他諸々の能力に恐れをなした人々、そして政府は、エフェメラの強制収容施設を作りました。ふとした瞬間に、凄まじい能力により大事故が起こってしまっては困る、その前に閉じ込めておかないと、と言うのがエフェメラ以外の人々の言い分でした。全国で5か所作られた収容施設には、のべ212人のエフェメラが収容されていたそうです。勿論、政府の手から逃げ切り、社会で生き残った人もいるでしょうから、推定300人位のエフェメラが当時いた、と考えていいでしょう」

強制収容施設の存在は、テレビやその他媒体で聞いたことがある。当時、収容施設での暮らしは、市民に公表されていなかったが、かなりひどい環境だったそうだ。ろくに食事も与えられず、日がな一日中狭い檻の中に閉じ込められていた彼らのことを思うと、胸が苦しくなる。何も、悪いことなんてしていないのに。ただ、他の人より力が強いだけなのに。現在の収容施設は、エフェメラの力を抑える薬の投与や教育、指導が行われている施設だと聞いているが、本当の所はどうか怪しいと思う。

「そして、第一世代の生まれた10年間の後、エフェメラの出生はピタリと止まりました。当時の人々は、エフェメラとは何かの病気だったのかもしれない、と考えました。妊婦が有害物質を含む食品を知らない間に食べてしまい、それが胎児にそのまま流れてしまったのかもしれない、と考えたのです。奇しくもその時期は、社会的に環境汚染が問題になっており、その説はかなり有力なものと思われていました。しかし、今から40年前、新たにエフェメラの誕生が各地で発見されました。その後10年間に生まれたエフェメラを第二世代と呼びます。第二世代の誕生により、エフェメラは有害物質が原因で起こった遺伝子異常によるものという説明が効かなくなりました。そして、この時期になってようやく医師によるエフェメラの人体検査が行われました。そこで一般の人間と、エフェメラの唯一の違いが見つかりました。それが先程お伝えしたE分子だったのです。皆さん、新年度になるといつも、身体測定の他に血液検査も実施されると思いますが、それは血液中のE分子値を測るためであり、第二世代の時期から取り入れられたものだったのです」

小学生の頃、なぜ毎年新年度になる度に採血されるのだろうと不思議だったけれど、今考えればエフェメラか否かの判定をされていたのだ。低学年生徒の中には血を採られることを嫌がる子が多いため、なかなか採血が進まず、その検査に午前中いっぱいを割いていたと記憶している。しかし逆に考えれば、授業時間を削ってでもその検査は大事であり、絶対であったのだ。

「…その後もエフェメラの誕生は各地で認められましたが、第一世代の頃と同じく、その10年後、エフェメラの出生はピタリと止まりました。そして、皆さんにとって一番なじみ深い第三世代が生まれたのが、今から25年前から15年前の10年間です」

教室の中の雰囲気がピンと張りつめた。私たちは高校1年生だから、15歳、16歳の生徒ばかりだ。つまり、隣に座って一緒に授業を受けている同級生が『異常者』である可能性は十分にあるのだ。皆がどこに視線を向ければよいのか分からず、不自然に黒板を見つめたり、ノートを取る振りをしたり、何気なく向いた先で目が合い、互いに気まずく視線を外したりと居心地の悪い時間が流れた。

その時、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。張りつめた雰囲気がほぐれ、皆の緊張が解けていくのを感じた。もっさんは、教科書をパタリと閉じると、「きりが良いので、今日はここまでとします」と一方的に宣言し、終わりの挨拶もなく教室から出て行った。


高校に入学してすぐに、家の近くにあるコンビニでバイトを始めた。私の住んでいる地区はお年寄りが多いので、あまりコンビニを利用する客が少ないことに加え、横断歩道を挟んだ目の前にファーストフード店が新しく開店し、今までイートインコーナー目当てで来てくれていた中高生までもが吸い取られてしまった。そういうわけで、学校終わりにシフトに入っても店内は閑散としており、ただただ暇な時間が流れていくのを待つようになってしまっている。

「暇ねぇ」

隣のレジに立っている花守さんは、眠そうな目をこすった。大学生の彼女は、バイトをいくつも掛け持ちしているらしく、いつも寝不足気味の疲れた顔をしている。

「暇ですね」

「さっきからもう10分は経ったかなと思って腕時計を見たら、まだ2分しか経っていないの!それの繰り返しよ。信じられない。時間が経つのが遅すぎて頭おかしくなりそう」

花守さんは、うーんと背伸びをすると、「何か楽しいこと起こらないかなぁ」と呟いた。それと同時に、在庫が置いてあるバックヤードから何かが倒れたような音が聞こえてきた。

「大きな音しませんでした?」

私の問いに、花守さんも心配そうに頷き、バックヤードにつながるドアに近づいて行った。その時、目の前のドアが開き、びっくり箱から仕掛けが飛び出すかの様に、1人の男がバックから飛び出してきた。私と花守さんは突然のことに驚き、声も出さず固まった。

「ちょ、ちょっと、聞いてください!やばいです!」

いきなり現れたのは同僚の坂田だった。彼は身動きもとらず固まる私たちには反応をせず、「聞いてくださいよ!」と同じことを繰り返した。彼の手にはスマートフォンが握られていた。私はバクバクとまだ鳴っている心臓を抑え、騒いでいる坂田に返事をした。

「坂田くん、さっきすごい音が聞こえてきたけど大丈夫?」

「え?あ、それは俺がテンション上がりすぎて、在庫に足ぶつけた音だから大丈夫!」

「いや、それ大丈夫じゃないでしょ…」

「ていうか、また勤務中にスマホ見ていたの?」

花守さんは、ようやくいつもの余裕を取り戻したらしい。先程の心配そうな顔から一転、顔をしかめた。バックの在庫整理に行ったと思いきや、スマホを見て仕事をさぼってばかりいる坂田が気に入らないのだろう。

「今はそんな話している場合じゃないですよ!ほら、見てください!」

坂田は機嫌が悪くなった花守さんの言葉を適当に流し、レジのカウンター越しにスマホの画面を見せてきた。そこには『第3世代初の収容予定者、移送中に逃亡』と書かれており、逃げたと思われる現場の写真には、このコンビニの最寄り駅から電車で数駅のショッピングモールが大きく映っていた。

「ここって…」

「そうです!この辺に住んでいる人なら、みんな知っている所ですよ。やばくないですか?」

やばくないですか?と言いながら、坂田の言葉からは緊迫感を全く感じない。

「坂田くん、楽しそうに見えるけど。近所にエフェメラがいるかもしれないんだよ?怖くないの?」

坂田は、よくぞ聞いてくれましたという風に話に食いついてきた。

「確かに自分に危害を加えられたら怖いけど、見るだけなら見てみたくない?ビルからビルに飛び移るエフェメラの映像ならツイッターで見たことあるけど、やっぱり目の前で見てみたいなぁ。人間離れした力を持つ人間なんてSF好きの俺からしたら、たまらないよ」

そういう風にエフェメラについて思っている人もいるのか。私の周りでは、エフェメラについて好意的な姿勢を見せる人は少ないので形はどうであれ驚いた。うっとりとした表情の坂田に花守さんは冷たい視線を向けた。

「そもそも、収容施設に入れられる奴ってことは、何か騒ぎを起こしたってことでしょう?その人、かなり凶暴な『異常者』なんだろうねぇ。あんた、自分に危害を加えられたら怖いって言っていたけど、もし見つかったら危害を加えられるどころか即殺されるわよ」

花守さんの言葉の端々から、エフェメラに対する憎悪、嫌悪の念が感じられた。まあ、一般の人の反応はこれが普通だろう。坂田が特殊ケースなだけだ。最近起こる犯罪の多くが、エフェメラ関係で、世間のエフェメラに対する目は厳しくなる一方だ。

「確かに、殺されるのは勘弁って感じですよね」

その時、自動ドアが開き、入店音と共に、会社帰りのサラリーマンが入ってきた。

「いらっしゃいませ」

私たちは反射的に挨拶すると、各々持ち場に戻った。


青い学校指定のジャージに袖を通す。今までは体育の競技がバスケットボールで、集団で行う種目だっただけに『喘息』が出てしまうと危険だと思い、ずっと見学していたから授業に参加するのは久しぶりだ。

「今日は体育の授業出るの?」

朋美は顔や首に日焼け止めを塗りながら、私の方をちらりと見た。

「今日は出るつもり」

「わーい!久しぶりにハルと体育できる!」

朋美は、ひとしきり喜んだあと、「喘息、大丈夫なの?」と心配そうな顔になった。私は嘘を吐くことには慣れているつもりだったが、朋美の本気で私の体調を案じてくれている目を見ると、あるのか分からない良心がひりひりと痛んでくる。

「…最近は、調子よくて」

「そっか!薬の効果かなぁ。本当によかった」

その時、私たちの横を2人の女子生徒が通り過ぎて行った。

「昨日の速報見た?」

「見た見た!めっちゃ怖いよね」

「割とここから場所近いしねぇ」

「本当に!…てゆうか、あと3分で授業始まるよ!急ごう!」

私と朋美は前の2人につられ足を速めた。進むスピードを上げることで、2人とも呼吸があがり、しばらく無言の時間が続いた。グラウンドに続く渡り廊下に出た所で、朋美はようやく声を出した。

「あの逃亡犯、この近くにいると思うとたしかに怖いよね」と呟いた。

「うん、早く捕まると良いね」

本当に、そう思う。


速報のことが頭の中をよぎりながらも、体育の授業自体は楽しかった。高校生にもなると、それほど本気で体育の授業に取り組む生徒も少なく、ハードル走を何回かこなすと、自然に女子たちは男子の野球の試合を見学する流れになった。女子の黄色い声援を受け、多くの男子生徒が張り切っている様子が伺える。張り切りすぎて、逆に失敗をする男子生徒も多く、その度に大きな笑い声が起こる。授業終了時刻まであと10分を切ったところで、点数は5対5という面白い試合になっていた。野球部キャプテンの大宮がバッターボックスに現れた。その瞬間、女子の声援がひと際大きくなった。

「大宮、がんばれ~」

女の子たちの声援に、「あざーす」と笑顔で手を振り返す。野球が上手いことに加え、気取っていない明るい性格が、多くの女子生徒の心を掴む所以なのだろう。隣で一緒に試合を見学していた朋美も、いつもとは打って変わった小さな声で「がんばれ」と応援している。グラウンドは今までにない程の熱量で包まれ、声援の大きさが最高潮に達した。

その時、強い風が通り抜けた。

激しい砂嵐に皆、目を閉じた。

次に目を開けた時、いつも見慣れているはずのグラウンドが少し変わって見えた。

「目にゴミ入った」「最悪!」「目、洗いに行こうよ」

周りで野球を観戦していた女子たちは、皆一応に目をこすっている。私も咄嗟に目を閉じたとはいえ、砂が目の中に入ってしまったようだ。

「ねえ、朋美、私たちも目、洗いに行かない?」

ようやく、ここに至って、私は気付いた。さっきまで、隣にいたはずの朋美の姿が見当たらないことに。私は砂で霞む目を必死に開け、その場でぐるりと辺りを見渡した。

「なんでいきなりこんな突風が吹いたんだろう?」「さっきまで風なんて全然吹いていなかったのに」

うんざり顔の生徒たちのどこにも、朋美の姿は見えない。一体、どこに行ってしまったのだろう?トイレに行く時ですら、「トイレ行ってくるね」とわざわざ私に報告してから行くくらいの子だ。何も言わず、どこかに行ってしまうことは考えにくかった。

「風やんだし、試合の続きしようぜ」

1人の男子生徒の呼びかけにより、中断していた試合が再開されることになった。

「期待のエース!ホームラン狙ってくれよ!」

仲間に思い切り背中をぶたれた大宮は、普段なら見せるはずの笑顔の代わりに困惑した表情を周りに向けた。

「バットが消えたんだ」

「え?風で転がっていったとか?」

「ち、違う!俺、今の今まで、バットを握っていたはずなんだよ!なのに、どこにもないんだよ」

何かがおかしい。そう思った私は、とりあえず朋美を探しに行こうと、校舎の方に歩き出した。前方から吹いてくる向かい風に髪が揺れる。その時、上空から視線を感じた。普段なら感じるはずのない位置からの視線に恐る恐る顔を上げた私は、恐怖よりもまず驚きで叫び声を上げることすら出来なかった。人がバスケットゴールの上に立っているのだ。長い前髪に隠れて顔が見えないが、恐らく私たちと年齢の近い男の子に見える。その少年はバットを右手に持ち、もう一方の手で女子を抱きかかえている。その女子が朋美だと気付いた私は、思わず声を上げていた。

「朋美!」

私の呟きにつられ、バスケットゴールの方を見た数人の生徒が悲鳴を上げた。その悲鳴につられ彼の存在とその隣にいる朋美に気付いた他の生徒は、皆恐怖で叫び声をあげた。グラウンドは恐怖の渦に包まれた。あまりの叫び声の大きさに、授業中の生徒が校舎の窓から顔を出し、また騒ぎが一層大きくなった。

「ほんとに、お前らはのろいなぁ。俺に気付くまで、どんだけ時間かかってんだよ」

生徒たちを見下ろしながら、彼はバカにしたような笑い声をあげた。

「ね、ねえ、あそこにいるのって…」「絶対、そうだ!あの逃亡犯だよ!」

バスケットゴールの上に立っている少年が、速報に入っていた第3世代のエフェメラだと気付くと、逃げ出す生徒に、泣き出す生徒、怯える生徒、動画を撮り出す生徒、電話をかける生徒、それら生徒を避難させようと、生徒以上に声を張り上げる先生とで、グラウンドは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「うるっせえなあ!」

彼の低く、それでいて通る声は、怯えた高校生を簡単に黙らせた。

「俺はただ戦いたいだけだ。…ほら。お前らの仲間なんだろ、こいつ。こいつの命が惜しけりゃ、誰でもいい、かかってこいよ」

彼の問いかけに皆、視線を落とした。グラウンドはしんと静まり返った。その反応は、彼にとって予想外のものだったらしい。

「おいおいおい、まじかよ。お前ら、似たような恰好をしているから、仲間だと思ったんだが、見当外れか。…それなら」

彼はそう言うと、朋美の首根っこを掴み、そのまま腕をまっすぐ前に伸ばした。もし彼が今手を離すと、朋美は地面へ真っ逆さまだ。周りの女子生徒は声にならない叫び声をあげると、手の平で顔を覆った。

「今から、10秒数える。その間にお前らの内の誰か、俺にかかってこい。それ以降は、どうなるか分かるよな?…いーち」

彼の本気の様子に皆焦り始めた。

「体育館からマットを取ってこい」「10秒でなんて無理だ」「でも、朋美ちゃんが!」

「にー、さーん」

私は怖い。ここで自分が行動を起こせば、どうなるか分かっているから。今まで、ずっとずっと隠して、押し込めて、生きてきたのだ。その努力が全て水の泡だ。でも。顔を上げると、軽々と片腕で朋美を支える少年と、怯えたように暴れる朋美の様子が目に映り、私の心を痛めつけた。一体どうすれば。

「よーん、ごー」

頭の中に、ある映像が流れた。ああ、これは、私が小学1年生の頃。初めて受けたE分子値検査で、同じ年代の子の平均値の倍以上の数値が出たと宣告された時のものだ。医者からは、まだ幼いし、これから薬の服用を継続していけば大丈夫だろう、と言われた。なのに、まーちゃんは「かわいそうに。ごめんね、ごめんね」と繰り返すと、私を抱きしめ、声を上げ泣いたのだ。私はなぜ、まーちゃんが泣いているのか分からなかった。お医者さんが治ると言っているのに、と不思議だった。まだ幼かった私は、相手が口から出した言葉は、全て真実であり、本音だと思っていたのだ。しかし、現実はそんなに甘くない。つまり、医者の言葉は、ただの慰めだったということだ。

「ろーく」

小学校の高学年になる頃には、自分の持つ力が他の皆と違うことに気付き始めた。それと同時に、私の力は人に知られてはいけないのだと誰に言われたわけでもないが理解していた。そのような考え方をしていたら、人との距離の取り方が分からなくなってしまった。クラスで孤立するようになった。家に帰れば、優しいまーちゃんがいるし、一人でいることは、他人を傷つけてしまうことに比べれば、別に苦痛ではなかったが、クラスの女の子たちが楽しそうに話している姿を見るとやっぱり少し寂しかった。

「しーち」

友達と呼べる人も出来ないまま中学校に進学した。入学式の後、講堂から自分の教室に戻り、座席表に載っている自分の席に行くと、既に知らない女の子が座っていた。髪を耳の下で二つ結びにしているその女の子は、まるでそこが自分の席かのように、私の席で本を読んでいるのだ。私はなんと声をかけてよいのか分からず立ち尽くしていた。しばらくした後、ふと顔をあげた彼女と目が合った。

「ん?なあに?」

今しかない。そう思った私は彼女に、そこは自分の席だと少しどもりながら説明をした。同年代の子と話すのは久しぶりで、上手く言葉が出てこなかった。彼女は私の話を聞き終えると顔を赤くし、「ごめんね」と謝るとすぐに荷物をまとめ、席を空けてくれた。座席表を確認しに行った彼女と入れ替わりで席に着き、学校指定の鞄から筆箱を出していると、私の前の席に女の子が座った。その子は、くるりと振り返ると、「あたしの席、こっちだった」と言い、ペロと舌を出した。「あたしの名前は、吉川朋美。これからよろしく!」

「はーちー」

そうだ。私が、中学3年間と、高校に入学してからの約1年、楽しく笑って過ごせたのは、紛れもなく朋美のお陰なのだ。おっちょこちょいで、すぐに物を無くすし、忘れ物は多いし、なんでもない所でこけるし、お弁当の具は落とすし、朋美が何かやらかすたびになぜかいつも私まで被害を被っていたのだけれど、そんな抜けている彼女を放っておけなくて、「もう、また?」と呆れた風な口を聞きながら、本当は頼ってくれることが嬉しかった。それに、そんな欠点なんて全部全部どうでもよくなるくらい、朋美は本当に優しい子なのだ。出会ってすぐの頃、警戒心を解け切れていない私に、毎日根気強く話しかけてくれたこと今でも覚えている。そんな朋美に冷たい態度で接しながらも、本当は泣きたいくらい嬉しかった。大抵の子は、私の愛想の悪さに幻滅して、すぐに他の子の所へ行ってしまうのに、朋美だけはそんな私を見捨てなかった。あの時のお礼、まだ、言えてないから。

腹の底から、ぐつぐつと力が漲ってくるのを感じる。

私は足を前後に開くと、姿勢を低くした。

後ろ脚を思いっきり前に踏み出すと待ち構えたかのように、前脚が後ろに移動した。

後ろにどんどん流れていく風がビュンビュンと耳の横で響く。

バスケットゴールが見えてくる。

両足を横にそろえると、勢いを落とさないまま飛び上がった。

右腕を精一杯上に伸ばし、朋美の腰辺りに腕を回し、彼女を抱きかかえるようにして取り返す。それと同時に、今まで感じていなかった重力を一気に感じた。

朋美を抱きかかえ地面に落ちる一瞬、エフェメラの少年と真正面に向き合った。

私の飛び上がった勢いで吹いた風が彼の長い前髪を揺らし、その間から彼の驚いたような丸い瞳を覗かせた。まさか、ここで助けに入る人がいると思っていなかったようだ。彼は何も行動を起こさず、ただ立ち尽くしていた。風がやみ、長く重い前髪が彼の目を隠した。落ちていく私たちを眺める彼は、口角を上げにやりと不気味な笑みを浮かべた。

彼の表情を気味悪く思うと同時に、私たちは地面に落ちていた。背中にするどい痛みが走り、立ち上がることも出来ない。

「朋美、大丈夫?」

横で寝転がっている朋美を揺さぶる。はっきりとした返事はないが、口からうめき声のようなものが聞こえてくる。

「朋美?しっかりして!」

しばらく揺すぶり続けると、彼女の閉ざされた瞼がゆっくりと開き、うつろな瞳が現れた。彼女の体には目立った外傷もなく、恐怖で気を失っていただけのようだ。安心した私に、朋美は震える指で私の背後を指した。

そういえば、さっきから背後がひどく騒がしい。

「後ろ!」

沢山の人の中から聞こえた悲鳴にも似た声に反射的に私は姿勢を低くし、横に転がった。すると、頭上ギリギリを鉄のバットがすごい勢いで横切った。私の頭の位置があともう少し高かったら。想像するだけで鳥肌が立つ。

「おい、お前、俺と戦えよ」

少年は私にバットの先端を向けた。バスケットゴールの上にいた時は気付かなかったけれど、私よりかなり背が高い。こんな人と一対一で戦って勝てるわけがないし、そもそも私に戦う理由はない。

「いや、私は、別に」あなたと戦うつもりはない、と言いたかったのだが、彼は最後まで言わせてくれなかった。バットを私の顔の前でいきなり振り回し始めたからだ。その振り回し方は、テレビの時代劇でよく見るチャンバラシーンを思い出させた。ただ滅茶苦茶に振り回しているように見えて、実はそうではない。隙を見て、私の脳天に直撃させようと考えて、バットを動かしている。しかもスピードもかなり速い。右側に振り下ろされたバットを避けたと思うと、次は左に振り下ろされたバットを避けなければならない。

「お前すげえな!これを避けれるのか!すっげえ」

彼は楽しそうに大声で笑うと、バットを振り回すスピードを速めた。その無邪気な様子は、まるで子供がおもちゃの剣を笑いながら振り回しているみたいだ。ただ、その力は普通の大人を越えていて人を殺せるくらいの威力を持っているのだが。私はただ避け続けることしか出来ない。しかし、そろそろ体がスピードに追い付かなくなってきた。そもそも、ここまで力いっぱいに体を動かしたのは人生初だ。ずっと自分の力を押し込めて生きてきたから、自分の限界すら分からない。

「…が来たぞ!」

サイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。ここから逃げなければ、私は収容施設行きだ。しかし、どうすれば。

「ちっ。邪魔が入りそうだ」

次の瞬間、彼はバットを握りなおすと、そのままの位置から3メートルほど飛び上がった。何をするつもりか分からず、ただ彼を見上げていた私は、いきなり舞い上がった砂ぼこりに目と喉をやられた。ゴゴゴゴと凄まじい音と共に、砂嵐が巻き起こった。立っていられない風圧に目を閉じ、そのまま地面にしゃがみ込む。数秒後、恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。私を中心として風の渦が半径5メートル程の円を描いているのだ。まるで竜巻の中に一人だけ残されたみたいだ。

「俺の力すげえだろ」

いつの間にか隣に立っていた彼が、にやりと笑う。

「聞いた所によると、この風は全力で走る車くらいのスピードを持っているらしい。この渦の効果が続くのは、10分程だ。つまり、10分間この渦の中にいるうちは、誰も俺たちに手出しが出来ないってことだ」

彼はそこで一旦言葉を区切ると、私から距離をとった。

「さあ、戦いの続きをしようぜ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!統制部隊が来たんだよ!早く逃げないと、私たち捕まってしまうよ!」

「なぜ逃げなければならないんだ?」彼はきょとんとした。本当に何も知らない、という様な顔をする彼に私はイラついた。何をしらばっくれているのか。

「なぜって?何をしたかは知らないけれど、あなた部隊に捕まって、そこから逃げて来たんでしょう?それは罪に値するの!それに、私たちのように問題を起こした異常者は収容施設に収容されることが国によって決まっているから」

「意味が分からん。そもそも俺はただ走っていただけだ。なのに、あいつら、急に俺のことを縛って車に閉じ込めやがったんだぜ?だから逃げたまでだ。問題あるか?それに、俺とお前だってただ戦っているだけじゃねえか。人を殺したりしてねえのに、なぜこそこそ逃げる必要がある?」

「それは…」私だって、教えてほしい。

「答えられないってことは、戦いを続けることに同意したってことだな!行くぞ!」

彼は勝手に宣言すると、私に向かって走ってきた。そして、その勢いのままバットのグリップの底の部分を私の鳩尾に当て、思いっきり上に上げた。てっきりバットを振り下ろすのだろうと身構えていた私は、鳩尾を守ることが出来ず後ろに数メートルふっ飛ばされた。飛ばされながらも砂の渦に当たらないように、横に転がり受け身を取る。

「次行くぞ!」

彼が飛び上がった。すぐに立ち上がらなければいけないと頭では理解しているのだが、体が動いてくれない。鳩尾への攻撃で、上手く呼吸が出来なくなってしまったのだ。喉から、ひゅうという音が漏れる。

なぜ、こんな目に遭わなければいけないのか。私は、ただ普通に、日々を送りたいだけなのに。そんな些細な願いすら叶わないと言うなら。私はそのままの体勢で、何か武器になるものはないかと探す。しかし、風の渦の中には何も見当たらない。戦う武器は、自分の身一つだけ。私は意を決した。

手のひらで砂をつかみながら、脚に力を込めて立ち上がる。がくがくと震える脚を必死の想いで、まっすぐ伸ばす。左足を少し後ろに下げ、体の重心全てを左足にかける。あいつがバットを手に近づいてくるのが、まるでスローモーションのようにはっきりと見える。彼の振ったバットが徐々に私の左頬に近づいてくる。と同時に私も手に掴んだ砂を彼の顔面目掛けて、投げかけた。そして彼が咄嗟に顔を背けたその隙に、右脚を振り上げ、彼の横顔に思いっきり蹴りを入れた。彼は数歩後ろにのけぞり、そのまま地面に倒れこんだ。

やっと終わった。あえぐように酸素を吸い込んでいると、サイレンの音が鮮明に聞こえてきたことに気付いた。顔を上げると、彼がつくった風の渦は消え果て、目の前には制服を着たいかにも屈強そうな男たちが立ち並ぶ非日常な光景が、校庭に広がっていた。

「動くな!」「もし動いたら、撃つぞ!」

撃つ?よく見てみると、隊員たちは銃のようなものを私に向けているのだ。動いたら撃つ、と言われたが、そもそも動く気力も体力も残っていない私は、ただその場で立ち尽くした。

「よし、そのまま両手を上に上げろ」

言われたまま、両手を上げる。すると、先程から私に命令を出していた男が、私の背後に目を向け、うんと小さく頷いた。

「…悪く思うなよ」

背後から掛けられた声に反応する間はなかった。首に鋭い痛みを感じるとともに、私は気を失った。傾く景色の中、気を失う寸前に思ったことは、自分はこれからどうなってしまうのだろうか、ということだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ