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机の横に取り付けられた窓の外を眺めた。真っ黒な景色の中には街灯がぽつりぽつりと光るだけで、特に変わり映えすることなく、窓に反射して映った室内の惨状がぼんやりと重なるだけだった。教科書が放り出されたまま足の踏み場の無い床に、机の上と本棚の周りには収まりきらない本が山積みにされている。さらにその上に、必要のないhandoutが散乱する。それを見た者は、大抵が悲鳴をあげることだろう。だが、俺にはその乱雑具合がちょうど落ち着くのだった。
様々な種類の冊子や本が詰め込まれた本棚の、ひとつの区画から、はみ出したクロッキー帳を引き抜く。そこには1枚目から全ての紙に、彼女の絵を描いていた。その日に見た彼女の姿をそのままに写しているのだ。何百枚と描いた今もまだ完璧には程遠かった。彼女のか細さを表現することは難しかった。新しいページを開いて、右を向く横顔を描き始める。
鼻から、唇の波形、小さい尖った顎の湾曲、丸い耳。記憶を呼び起こして、ありのままの姿を写し出す。涙ぼくろも付けた。
今日は髪を縛っていたことにより、綺麗な円を描く彼女の頭蓋骨がよく見えた。そこから伸びる、なだらかに反った首の線も。それらを忠実に再現していく。
描き終えると、1度クロッキー帳を離して、確認した。やはり何かが足りないと感じてしまう。そのページをめくって、また新たに描き始める。今度は輪郭だけを捉えることにした。それを何枚も描き続けた。1度鉛筆を走らせると、スピードが徐々に上がっていく。夢中になって、彼女に対する言葉にできない感情を絵という形で具現化しようとした。
何百枚と描いた彼女。表情は柔らかい。その視線は常にこちら側を見すえていた。その視線は細い針になって、俺の眼球を貫き、快感として脳を刺激した。いわば鍼治療のように。
それはバチバチと火花を散らしながらも、ドロドロのバターみたいに溶けて、蒸発してしまいそうだった。とにかくグチャグチャになりそうだった。硬く狭い容器に詰められたそれは、グツグツと煮え、一気に沸騰する。
体の全てがひっくり返されてしまうような、裏返しにしたくなるような、衝動的な爆発が起きた。今すぐに俺の体を引き裂いて現れそうなエイリアンが脳を震わせた。俺はそれが何なのか言葉に出来なかった。だから、ただ叫んだ。咆哮した。言葉にならない何かは、けれども強く外へ出たがった。全身の筋肉がそれぞれあらん限りの力を尽くして、動き回る。
言葉を操れない獣がそうするように、俺は、ただ声を上げるのだ。内側に存在する何かは、俺の中をめちゃくちゃに掻き乱して、外へ飛び出していくのだ。理性という装飾を失った俺は、全てをさらけ出すように哮る。
どれほどの時間が経っただろうか。操り人形の糸が切れたように、俺は部屋の中央に倒れ込んだ。
俺は狭い部屋の中をひたすら暴れ回りながら、叫び続けた。自分の中に存在する何かは、いつもこんな形でしか表現出来なかった。自分でもよく分からない。
とにかく疲れ果ててしまった。もうこれ以上は何もすることが出来ないくらい、体力が消耗された。
目が覚めた時には、既に翌朝の5時過ぎだった。雨が降っていた。雨粒が屋根を小刻みに打付ける音が心地良かった。
重たい身体に鞭打って、起き上がった。昨日の夜にかいた汗がベタベタして肌が気持ち悪かった。シャワーを浴びようと思い、風呂に向かってから、服を脱ぐと、下着が汚れていることに気づいた。乾燥した精液が大量にこびりついていた。