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 「花見は、部活入ってないのか?」


 何故か花見と2人で歩いて駅へ向かうことになった俺は、何気ない会話を維持することに努めた。


「サッカー部。マネージャーだけどね。今日はお休みなの」


 初めて知ったことだった。つまり、彼女は大勢の熱苦しい男どもに囲まれながら放課後をすごしていたわけだ。彼らが、彼女と何気なく会話している姿を想像して、嫉妬した。


『はい』と、練習終わりに笑顔の花見が白いタオルを手渡してくれるシーンを想像してみた。そのタオルは、花見が洗濯し、花見の手によって干された、花見の手のかかったタオルだ。汗ばんだ顔を抑えると、柔軟剤の匂いが広がるのだ。今からサッカー部に入れるかしら。


「帰宅部?」 彼女の問い掛けで現実に引き戻される。


「一応、写真部だけど……」


「チミ、サボりはダメだぞ」彼女がわざとらしく頬を膨らませて、俺の顔に指を向けた。


 写真部の活動は基本的に部員の自由意志に委ねられていた。活動したい時だけ部室に来て、活動する。だから、活動したくない俺は、部室にしばらく顔を出していなかった。


「まあ、そんなところ」


 それ以上話が拡がらなくなり、沈黙が訪れた。今日の彼女の髪型は、高い位置でひとつに結んだポニーテイルだった。僅かに汗ばんだ彼女の白いうなじに、綻びた細い髪がへばりついていた。丸く薄い耳の下から、浮き出た小さく尖った顎の曲線を辿り、口元の美しい波に流され、ツンと緩やかに上向いた上品な鼻から滑降し、くるんとカールした睫毛に縁どられた瞳に吸い込まれた。その右目のすぐ隣には、ほくろがチョンと添えられていた。涙ぼくろだった。彼女の薄い色の虹彩から瞳孔がはっきりと透けて見えた。


「ん? 何かついてる?」


 彼女はこちらを振り向いて、ぺたぺたと自分の頬の辺りを触り始めた。


「いや、そういうのじゃないけど、涙ぼくろ、あったんだ……」


 今日になって、今初めて気が付いた。正面から見て、改めてその愛らしさに圧倒される。


「え? ……あ、ああ! これね……うん、私は、ちょっと気にしてて、隠してたんだけど、バレちゃったか」


「なんで隠すんだよ」 少し口調がキツくなってしまった感があった。違うんだ、俺が言いたいのは……。


「……」


「悪い、言いたくなかったら、言わなくて良いよ」


 彼女の横顔が後ろに下がっていく。俺も歩みを止めて、振り向いた。


「……うん。私、やっぱり用事思い出したから、帰るね」


 彼女は自転車を道幅いっぱいに旋回し、Uターンさせた。そして、また立ち止まり、こちらを振り返る。ポニーテイルがふわりと揺れた。


「ねえ、私のこと……」 ドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥクドゥク……。


 俺たちの隣を、ダサい重低音のビートを垂れ流す黒いセダンが通り過ぎて行った。そのせいで、彼女の言葉は耳に届かなかった。ただ何となく彼女の口が動いていたので何かを話していることは分かったが、内容は理解できなかった。読心術の心得は無かった。


 だから俺は、相槌でも肯定でもなく、ただ「うん」とだけ頷いた。


 すると、彼女の耳から首の辺りが一気に薄紅色に染まった。その後、彼女は、無言で走り去ってしまった。そう、()()()()()()()()()()()。サドルに跨ることなく、両手でハンドルを押して、走り去ってしまった。


 そとあと、俺の頭の中には、重低音のビートだけが鳴り響いていた。






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