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 「……いいよ、あなたなら」


 至近距離で向かい合う花見桜(はなみさくら)は切れ長の瞳を潤ませ、ゆっくりと瞼を閉じた。涙が溢れて、白い頬を伝う。小さな雫が長い睫毛に残っていた。


 両手を華奢な肩にかけて、抱き寄せる。彼女の髪が鼻に触れた。甘ったるい花の蜜のような匂いが鼻腔をくすぐり、さらに欲求を掻き立てられた。


 そして、ゆっくりと体を引き離し、その手を細い首に当てる。親指で喉を押し潰しながら、全体に圧力をかけていく。


「……うっ」


 彼女の端正な顔が歪んでいく様は絶景だった。そして、何よりも快感なのは、彼女の視線が僕の目から絶対に離れないことだ。今彼女は何を思っているのだろう。皺になった目尻から涙がどんどん溢れていく。


 ――ガタッ。


 全身の筋肉が一瞬だけ収縮し、机に太股がぶつかった。


「おーい、そこの列、寝過ぎ」 誰かが揶揄するように言った。


「ワハハハハハ……」 それに反応する笑い声。


 ああ、ここは教室なんだと理解したのはしばらく時間が経ってからだった。時計の針を確認すると、最後に見た時刻からは10数分しか経っていなかった。今は6限目。今日はこの授業で最後だった。いつもなら、眠くなったとしても授業中に不意に眠ってしまうことは少ないのだが、今日はやはり疲れていたのだろう。残り時間はあと10分も無いが、改めて姿勢を正した。


 終業を知らせるチャイムが鳴り響き、一日が終わった。教師が学級委員に挨拶を催促し、生徒たちは嫌々と中途半端に立ち上がって、号令と共に座り込んだ。しっかりと頭を下げていた花見を俺は見ている。


 しばらくして担任の教師が到着し、SHRが開始された。例の如く特に内容は在らず、程なくして帰りの挨拶がされた。俺は、号令の「礼」とともに扉へ歩き出していた。さっさと帰宅するつもりだった。部活動は、入部したきり大して顔を出していない美術部に所属していたが、名前だけの幽霊部員と化していた。描きたい絵はあった。でも、美術室に行かなくても描くことは出来た。


 朝と同様に手早く靴を履き替えて、昇降口を出ていく。校門は閉まっているようだった。しかし問題はない。施錠はされていないはずなので、人ひとりが通れる分をずらせば良いだけだ。


 そう思っていると、手前の駐輪場から1台の自転車が躍り出た。乗っていたのは花見だった。スカートから伸びた白い脚が回転している。門が閉まっていることに気づいた彼女は、自転車を端に停めた。


 俺は小走りで、門に近づき、開けるのを手伝った。


「ありがと」


 その視線が欲しかった。


「いいや、どう致しまして」


「帰りは、大丈夫そうだね」 彼女はちらりと駅へ続く歩道を見やった。


「ああ。じゃあ、また明日」あまり長く喋り過ぎると不自然だと思い、俺は歩き出した。


 すると、彼女は自転車を押したまま付いてきた。


「あれ、花見って、家あっちじゃなかった?」高校前の交差点の向こう側を顎で示す。


「そうだけど、今日はちょっとだけ遠回りしたい気分」


「へえ、そっか」


 彼女と俺は自転車を挟み込む形で横に並んで、駅に向かって歩き出した。彼女の横を1人の男子生徒が追い越して行った。





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