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教室のドアを開けると、中にある無数の視線が自身に集中するのを感じる。ドアを開けた主が目当ての人物ではなかったらしく、視線はすぐに散った。既に半数以上の生徒が教室内に入っていた。朝のSHRが始まるまでは、残り10分ほどあった。
鞄をロッカーに突っ込んで、貴重品だけはズボンのポケットに入れ直す。尿意を感じて、教室の外へ向かう。さっき閉めた扉を開けると、ちょうど同じタイミングで外から開けたクラスメイトと鉢合わせになった。一瞬だけ目が合ったが、すぐに視線は逸らした。相手も同じようにしただろう。そして、俺が道を譲った。クラスメイトは、無言でやや頭を下げて扉をくぐる。完全に入ったことを確認してから、扉を閉めて、トイレに向かった。
朝のトイレは比較的空いている。というより、誰もいない。
やや黄ばんだ小便器が6つ並んでおり、その下の床の、足を置く辺りが黒ずんでいる。
授業の合間は、皆が一斉になだれ込んでくるので、男子といえども少し待たねばならない。それを思うと、女子は本当に大変なのだと感じる。
用を足し終えて、トイレ内の手洗い場へ向かおうとすると、扉が開き、1人の生徒が入ってきた。彼は俺と同じ中学校出身だった。同じクラスにもなったことがある。なまじ顔見知り以上友人未満なだけに、無言ですれ違うのは気まずいように感じた。
「な、なあ。この前の単語テスト、どうだった?」
もう少しマシな話題はなかったのか。口にした後で後悔した。
「え?」
彼は無言ですれ違う気だったらしく、意外そうな顔をして、聞き返した。俺の方から話しかけたのは、もしかすると、中学以来初めてかもしれなかった。
「英語の、単語テスト。範囲、見間違えててさ、完全にハズしてたんだよね」
「……ああ。それはキツいな。でも、俺なんて勉強すらしてないぜ」
「それはしとけよ」
「……でもさ、やって、何になるんだって」
「成績が上がるじゃないか」
「成績が上がって?」
「えっと、推薦が貰える、とか、大学に……」
「大学に行って何になるんだよ。それに、蝉川程度じゃ、高が知れてる。良い奴でも、地方国立大学くらいが関の山だろ」
「……」 俺は、黙ってしまった。
「我慢してんだよ、これ以上は無しだ」
「それは、悪い」
さらに気まずくなり、俺は外の手洗い場で手を洗った。強く捻りすぎた蛇口から、勢い良く放出される冷たい水は、ステンレスを打ち続けた。