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昇降口に入りながら、既に靴を脱ぎかける。このような人と人とが密着する狭い空間は嫌いだった。だから、出来るだけ早く済ませて脱したかった。
下駄箱の蓋を開けて、上靴を取り出し、それを床に落とす。ゴムの鈍い音は、喧騒に掻き消された。くたびれたソレに履き替えながら、すくい上げたスニーカーを中に放り込んだ。ピシャリと蓋を閉めながら、歩き出す。2年C組の教室は、西棟の2階だ。
「おはよう」背に声がかかった。その声が自分に向けられたものなのか一瞬だけ戸惑ったが、その後に名前を呼ばれたことで、確かに自分に向けられた挨拶らしいことがわかった。
俺は振り返り、「おはよう」と返す。その声がぶっきらぼうになり過ぎないように、少し口角を上げて応えた。暗い奴だとは思われたくなかった。
「災難だったね」 花見桜の視線を肩越しに感じる。俺たちは横に並ぶ形になって、同じ教室へと向かう。花見の横を1人の男子生徒が追い抜いていった。
「見てたのか」俺は前を向いたまま尋ねた。
「私、自転車だから。反対の歩道から、見えた」
「そっか」
「ま、そんな日もあるって」彼女は俺の腰辺りをポンポンと2回軽く叩いた。「気にすることじゃないよ」
彼女は声をかけられて、後から来た他の女子生徒と合流していった。俺には歩調を合わせる必要が無くなり、前を歩いていた男子生徒2人組を抜かして前に出た。