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 昨晩の大雨の名残が散見される正門を通る。朝から学校が騒がしい。敷地内に入ってから、いや、その少し前から、人の声が重なり合う音が鳴り止まない。何かスキャンダラスな出来事が起こったらしく、皆が口々に何かを話し合っている。


 そういう話の中心には、いつも一部の人気者がいるのだが、そもそも興味は無いし、自分には関係の無い話だろう。彼らを後目に教室へ向かう。


「聞いたかい?」


「……珍しいな」


 背後から声をかけてきたのは辰巳である。この辰巳も一部の人気者に当てはまるのだろう。近くにいた女子生徒から、何で辰己くんがあんなのと話してるの? みたいな視線を感じる。


「何の話だ?」


 教室に向かう足を早める。しかし、ストロークの大きい辰巳の歩を振り切ることは出来ない。


「わかってるクセに。みんなその話で持ち切りだよ」


「いま来たばっかりだ」


「でも何かが起こっていることは解る」


「どうせ俺には関係の無いことだ」


「またまた〜」 笑っていた辰巳の目が鈍く光る。「実はそんなこともないんだよねえ」


 一旦足を止めた。「それで?」そう言うなら、仕方がないから聞いてやろう。




「――――三葉四葉」 辰巳の切れ長の目がさらに鋭くなる。俺はその名前を聞いた瞬間にどのような表情をしていたのだろうか。いやな汗が流れる。「それと、牛道流星のことなんだが。ここ数日、2人揃って学校に顔を出していないんだ」


「それは初耳だ」


「ああ、そうだと思ったよ。君の情報網はマグロもすり抜けるくらいスカスカだろう」


「それで、2人は駆け落ちでもしたか?」


 2人が付き合ってるとか無いとか。期末テストの前くらいに、一度ふたりが歩いているところを見た。確かに、あれ以来姿を見ていないような気がしなくもない。元々興味が無いから認識していなかっただけかもしれないが。


 辰巳は笑い出す。


「ははは、それならまだ可愛いものだった。だが、今朝になって川岸に漂着している牛道の制服が見つかったんだよ」


「は?」 なんだそれは。


「2人は現在も行方不明さ……」


 それじゃあ、と言って辰巳は他のグループに合流していった。


「何が言いたいんだよ」


 やはり俺には関係の無い話だと思いたかった。牛道や三葉という人間が、俺の物語に関わってくるなんて、不似合いだ。そもそも辰巳だって彼らと同じようなものだ。


 チャイムが鳴る。生徒たちは一旦ホームルームに集合してから、各担当の箇所に別れていく。準備日としては、今日が最後となっていた。


 しかし、俺たち役者班は暇を持て余していた。セリフもほぼ覚えた、というか俺はほぼ喋らない。花見も途中参加とは思えないほど完璧な演技である。その容姿とも相まって、桃山が拘ったことにも頷ける仕上がりだった。辰巳も、やや台詞回しに胡散臭さを感じるが、それも演技のうちだと言っていた。


 舞台の小道具や衣装の作成も人手は十分だということで、いよいよやることが無くなった俺たちは、他のクラスの偵察として、校舎内を見て回ることにした。


 学校中は完全に文化祭ムードというか、装飾が施され始めて、華やかさを帯びていた。


「あ、辰己くんだ! このポスター貼りたいんだけど届かなくて……」


 階段を昇っていたところ、踊り場で怠そうに作業していた女子たちが、困ったふうな顔をして辰巳に声をかけた。辰巳が立ち止まったので、花見と俺も後ろを振り返った。


「脚立、持ってこいよ」


 笑顔で答えた辰巳は、さあ行こうか、と言って俺たちに先を促した。


「手伝わなくて良かったのか?」と尋ねる。


「君が手伝ってあげればいいんじゃない?」辰巳は微笑する。


「じゃあ、わたし手伝ってくる」


「え?」「おい、花見」


 階段を引き返していった花見は、あそこにいた女子と連れ立って脚立を取りに行くようだった。今さら戻る気にはなれなかったが、辰巳もそれは同じようだった。


「2人っきりになれたね」辰巳が微笑する。


「お前に言われたくなかった」


 なんだかんだ言ってふたりで次のフロアを歩いていると、また辰巳は声をかけられていた。


「辰巳くん、来てくれたんだあ!」なんて歓迎されているご様子である。


 そのまま会話に参加していった辰巳が帰ってくる気配はなかった。


 疎外された、とも言いきれない状況に置かれて、俺はまた何となく歩き始める。


 生徒たちは、ときどき友人と談笑したりふざけあったりしながらも、みなが自身の役割を果たそうと、作業に熱心に取り組んでいるようだった。


 ある教室に、「めんどくせぇ」とか言いながら風船を膨らませている男子たちがいた。「文句言わないの」と仕切っているふうの女子が説教する。


 彼らは気づいていないのだろう。仕事が与えられているだけ幸せだということに。


 寄せ集めた机の奥に隠れて見える生徒がひとり居た。去年の自分がそこに重なる。


 ――誰か手空いている人、これ手伝ってぇ。


 それを真横で聞く。お前たちには知る由もない。


 ――ああ、そこの男子たち! ほら仕事仕事!


 結局別の生徒たちが文句を言いながらも全うするのだ。


「俺がやるよ」という言葉はなかなか出てこないものだ。


 だが、今年は違う。俺には一応、役割がある。チームの一員として、役目を果たすのだ。


「指をくわえて見ていろ」辰巳の言葉が脳裏を過る。


 何とかしなければならない。今度ばかりは疎外されてはならない。ただ2人の後ろで、見ているだけではいけないのだ。





この文化祭の話が終われば、作者的には一段落がつきます。その後、幼馴染も本格的に登場していく予定ですので、是非ともお付き合い下さい。

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