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学校の最寄り駅で電車を降りて、混みあった改札を抜ける。
駅から学校までは徒歩で10分ほどの距離だ。駅前から続く大通りを真っ直ぐに南へ進んでいくと、その右手に白い校舎が見えてくる。
同じ電車に乗っていた生徒たちが塊になって、楽しげに会話しながら歩く中、俺は少し彼らよりも足を早めて、人一人分空けて後ろにつき、追い抜く準備をする。短足女子のウミウシのような低速歩行には付き合っていられなかった。彼女らはグループで会話をすることによって、より低速になる特徴があるのだ。しかも綺麗な並列歩行まで披露してしまう。
俺は、歩道が整備されて広くなった所で、一気に前に出た。1度スピードに乗ると素早く歩く方がむしろ疲れない。歩道の左右には植樹がされ、生い茂る葉がちょうど日差しを遮ってくれる。吹き抜ける風がサラサラと葉を揺らす。影の中では風が吹くとより涼しく感じられた。
そろそろ前方のグループにも追いつきそうだった。次はどのタイミングで追い抜かそうかと考えていると、それは無意味な思考である事が察せられた。蝉川のスピードスターと呼ばれた(呼ばれていない)俺でも、追い抜けない相手が存在するのだ。
「アハハハハ」
彼らの甲高い笑い声が俺の威勢をさらに弱める。前方を歩いている――殆ど停止している――のは、いわゆる『陽キャ』の生徒たちだった。その中でも特に強いオーラを発しているのは、ふたりの生徒だ。
蝉川の王子と呼び声が高い牛道流星。俺と同じく2年の生徒だが、1年生の頃から既に、所属するサッカー部ではレギュラーを獲得しているそうだ。男子高校生ミスターコンなるコンテストではそこそこの結果を残している、らしい。
そして、蝉川のアイドル的存在である三葉四葉。こちらも2年生だが、生徒会副会長を務め、全学年からの厚い支持を得ている。蝉川以外の生徒がたまに校門前に待ち伏せて、彼女に告白をしている姿を見たこともある。また、雑誌のモデルをしたこともある彼女はこの辺りでは知らぬ人はいない有名人だった。
そんなふたりが率いる陽キャの軍勢に隙はなかった。ねずみ1匹も通すつもりは無いらしく、広い歩道の端から端までビッチリ並列で歩いている(歩いていない)。
本当に追いついてしまった俺は、速度を完全に落とした。もうこの場所からは学校が見えているのに、なかなか辿り着かない。もどかしさを我慢していると、後ろの方から大勢の足音が聞こえてきた。俺が颯爽と置き去りにして行ったウミウシ女子の軍勢だった。ついに追いつかれてしまったか。俺は項垂れて、ため息をついた。もうこうなっては逃げ道はない。完全に挟み込まれてしまった。
結局、その状態のまま校門をくぐった。ようやく、開放された俺は、酷く疲れていた。まだ一日は始まったばかりなのに。