19
そのとき僕は完全に忘れていた。
「突然ごめんなさい。偶然このアカウントを見かけてしまって、どうしても気になって」
「私のこと、覚えていますか?」
なんてダイレクトメッセージが届いていたけど、意味を理解するのに時間を要した。
YES、と自信を持って言いきれない俺は、何て返信をすれば良いのか、少し迷って、微かな希望を抱きながら「ほうれん草は食べられるようになりましたか?」と聞きかえした。
直ぐに返事が来て、「恥ずかしいけど、まだ苦手です」「でも、少しだけ食べられるようになりました」
このとき俺は呆然として固まってしまった。何とも言えないのは、感動か、恐れか。次に、なんと言えば良いのか分からなくなった。でも、何かを言わなければ、この会話はここで終わってしまう気がして、俺は終わらせたくなくて、何か言おうと考えていた。
「まだ、――市に住んでいるのですか?」先に向こうから質問をしてくれた。
「そうです。ずっと同じ家に住んでいます」
「懐かしい。何度も遊びにいった覚えがあります。いつもわんちゃんが出迎えてくれたり、お母さまがクッキーを焼いてくれたりして、とても楽しかった」
もう、その面影は何も無いのだ。彼女の記憶の中にしか存在しない場所となってしまった。
「覚えています」
その後、少しだけほとんど中身のない会話が続いて、もう日付が変わりそうな時刻だったので、彼女の明日の体調に配慮して、今日はもう切り上げようと思った。
「話は尽きませんが、明日の体調を考えてそろそろ寝ようと思います。今日はありがとうございました」
直ぐに返事が来た。
「すみません。その通りですね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」と打ち終わった時、寂しさを感じた。と同時に、今の出来事を客観視して、舞い上がった。
翌日、自分は速く連絡したいのに、それを悟られるのが嫌で、相手からメッセージを送られてくるのを待ち構えていた。しかし、その日、メッセージは送られてこなかった。
それから数日が経って、やっと連絡が来た。
「お久しぶりです」 と始まった文章。どの期間に対してお久しぶりなのかは分からなかったが、多分この数日のことだろう。
「あれから連絡が出来なくてごめんなさい。お仕事が忙しくて、本当は、もっとあなたとお話したいです」
「チャットの文字ですと、伝わりづらいこともあるかもしれないので、もし良ければ、今から送信する電話番号にかけて頂ければ幸いです」
「久しぶりにあなたの声を聞いてみたいです」