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考え事をしていた俺は、また狼のことを忘れていた。何となくページをめくるだけめくってみたが、よくわからなかった。もうこれ以上は必要ないだろうと勝手に見切りをつけて、会議室に戻った。
中にいた生徒たちは、2極に別れていた。積極的に準備を行う者と、喋ることに夢中で作業を放置している者だ。ちなみに昨年の俺は後者だった。
指揮を執っていたらしい桃山が俺の帰りに気付き、近寄ってきた。
「キミたちは、あの後ナニをしてたのかな?」
桃山はよく上がる口角をさらに上げていた。
「何って……何のことだよ」 まさかアレを観られていたわけではあるまいな。
「ナニはナニに決まってるでしょうよ。密室にて、一対の男が行う、アツいセ……」
「こいつは男なんかに興味は無いよ」
「はふひふん……!? ひふほはひ……」
辰巳は桃山の背後に立ち、桃山の頬を、大きな手で、顎から包み込んで、押し潰すようにおさえた。桃山は上手く喋れていなかったが、『辰己くん……!? いつの間に……』と推測される。
「まあ、俺もこんなやつ興味無いね」 辰巳は目を細めた。「そういうの、想像するのは自由だけど、程々にね」 最後は桃山の耳に囁いて、去っていった。
「で、ナニって何だよ」 俺は桃山に改めて訊いてみた。
「セッ」 その瞬間、俺の耳の横でスレスレに、後ろから、ものすごい速さで腕が伸びてきた。「ばふ」
「黙れ。缶詰にして食うぞ」
今度は、辰巳の片手が、完全に桃山の顔面を覆い尽くしていた。辰巳の手が大きいのか、桃山の顔面が小さいのか。多分、両方が理由だった。
「んんん、んん、んんんんん」
正面から分厚い手のひらを押し当てられた桃山は、あたふたしている。手を振り回したり、引き剥がそうとしたりするも、辰巳の手はしっかりと固定され、まるでパントマイムのような、ある種のコメディ色を感じる。
「お、おい、辰巳。何でお前がそんなにキレる必要があるんだ? ていうか、ちょっと遊んでるだろ。それくらいにしといてやれよ」
「チッ……俺に指図するな」 と言いつつも、強固な顔面ホールドを解除した辰巳。それを引き剥がすような運動をしていた桃山は、反動により尻餅をついていた。
「いてててててて」
「大丈夫か」 俺は桃山に手を差し伸べる。
「うん、大丈夫、というか寧ろご褒美、的な」
桃山の小さな手は、温かかった。どちらともなく離れた手を桃山はまじまじと見つめた。
「多分、君は良いヤツだ。でも、それだけだ」
「なんだよそれ、ディスってんのか」
「あ、そうそう、衣装の採寸するから、ほら、あっち」
桃山は、輪になって作業をしている集団を指さした。その中には花見もいた。
「ほら、辰巳くんも一緒に、してもらってきて」
辰巳が生返事をし、集団に近づいていく。俺はその様子をしばらく眺めていた。