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 「それじゃあ、また後で」


 その後、すぐに辰巳は図書室を後にした。戸が閉まりきったことを音で確認してから、背中の鈍痛に耐えて、立膝をつきつつ、体勢を立て直した。咄嗟に首を屈めたことで、幸いに後頭部へのダメージは無かった。袖についた埃をはたきおとしながら、すっと立ち上がった。


 改めて室内を見回してみたが、やはり他に誰もいない。その静寂は、本と本の隙間や、本そのもののページの極僅かな隙間にまで浸透している、湿気のような気持ち悪さがあった。


 それにしても、今日に限ってか、司書がいないのはどうしてか。ここが無人で問題ないのだろうか。いや、問題は既に起こったのだが、文化祭準備期間中に図書室に用がある者などが、そもそも少ないためだろう。俺には用があるのだけれど。そう、少しその事が頭から離れていたが、最初にここへとつれられてきた理由は、役作りがための狼の研究であった。


 しかし、何の為の役作りだと言うんだ。俺が獣を演じる理由は、既に失われたのではなかったのか。彼女がいない舞台に、俺が上がる必要が何処にある? 不本意だが、俺も役を辞退してしまおうか。それなら辰巳も納得して、あの動画を削除してくれないだろうか。


 いや、無理だ。辰巳は、俺が彼女に近づくことを危機に思ってない。だから、俺が離れたところで状況は変わらない。辰巳は、俺と横に並んだ上で、彼女を我が物にしたいのだ。俺に勝つ自信があるということだ。その自信のひとつは、あの動画を持っていることであり、それだけで俺に行動の制限をかけた。


 そして、彼女を舞台の上に引き戻す、というのも、今の話の前提条件となる。既に辰巳の中では確定的な事実となっており、実行させることだろう。俺はその協力を強制され、最後には2人がくっつく所を、1番近くで見届ける。そのようなシナリオが辰巳の中に描かれた。


「俺はどうすれば良い? ……考えろ、考えろ!」 かァッと首筋の辺りが熱くなっていく。「待て、焦るな。思考は冷静に行うものだ……」


 まず、辰巳の指示には従うことだ、誠に不本意ながら。弱みを握られている以上、さっきのような衝動に任せた行動は慎むべきなのは自明だ。


 そうなると、花見を舞台の上に引き戻すことは、やはり避けられない。


 そこまでは、辰巳の計画通りだろう。


 問題はその後で、演技のあとに辰巳がステージ上で公開告白を行うということだ。


 それを何としてでも阻止しなければならない。俺の花見は誰にも渡してはならないのだ。


 去年の文化祭で見た、あの後ろ姿は、未だ鮮明に脳裏に焼き付いている。それまでもそのあとも全く関係の無い生徒だった彼女だが、あのステージ上に惹き付けられた視線だけは、どうしても自分に向けたいと思ったのだ。



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