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 俺は桃山に連れられて、何故か図書室にいた。ドサッと、分厚い本が数冊机に置かれる。


「なんだこれは?」


 少々苛立だしげな口調になる。


「本」


 それに反して桃山はおどけたように、俺の真意を理解した上であえて屈折した回答を示す。


「そんなことは見れば分かるよ。この本が一体演劇の何に役立つのか聞いてるんだ」


 俺はその1冊のページを厚くめくって、パラパラと閉じた。


「まあ、言わば役作りってやつ?」 桃山はその本を手に取って、ページをめくっていく。「今回あなたに演じてもらう獣の、モデルである狼の生態を知ることによって、よりリアルな演技が可能になる的なアレ」 視線をページに落としたまま続ける。「まあ、役通りで、あなたはある意味一匹狼みたいな感じだし、必要ないかもね、なんて」アハハと乾いたひとり笑いをして、片手で本を俺に手渡した。想像以上にずっしりと重い。そのまま、桃山は戸の方へ歩いていく。


「読み終わったら、声掛けて。向こうに戻ってるから」


 桃山が外に出て、扉を閉めかけた時、廊下の向こうから誰かが歩いてきたようで、彼女らの話し声が聞こえた。


 扉を開け直した桃山がチラリと俺に視線を向ける。その後ろから、桃山よりも頭1つ半背の高い辰巳が入ってきた。


「キミ達どうゆう関係よ」と彼女は目で言っていた。その後すぐに扉はピシャリと閉まった。


 辰巳は俺の斜め向かいの席に腰を下ろし、足を組んだ。廊下の気配が無くなったのを確認してから、やや見下すような格好で話し始めた。


「……気に入らないって顔だね」


「何がだ?」


「さっきの配役だよ。ヒロイン役から花見が降りた。これは、俺も想定外だった。残念だよ、本当に」それには心の中で同意した。


「……それで、何が言いたい? 俺は見ての通り忙しいんだ」手のひらで机の上の山を示す。「さっさと済ませてくれ」


「じゃあ、腹を割って話そう……俺は花見が好きだ。花見と共演するために立候補した」何でもかんでもスラスラと喋るヤツだ。口調には自信が滲み出ている。「……君もそうだろ? ナルシ君」 辰巳のギラギラとした目の力を感じる。


「……」


「その無言は肯定と捉えるよ。さあ、ここからが本当に本題だ」辰巳は足を組みかえた。「俺たちで花見を説得しないか?」


「……無理だろ、今更。花見は表舞台に立つのが苦手だと言っていた」 嘘だ。サッカー部の猿に唆されて自信を無くしただけなんだ。花見自身も冷静になって考えてみれば、もう一度ヒロインに立候補してくれるはずだ。


「いいや、それじやあ困る。どうしても花見には舞台に立ってもらうよ」


「は?」 さすがにこの決めつけたような言い方には腹が立つ。


「俺には計画があるんだ。さっき思いついたんだけど。舞台が終わったあと、役者全員でもう一度舞台の上で頭を下げるやつ、あるだろ? その時に、大衆の目の前で、公開告白シーンを披露するつもりだ。会場全体が俺の味方になるって考えるとゾクゾクするな。花見は状況に弱いから、必ず首を縦に降るはずだ」辰巳はほくそ笑む。「あぁ、恥ずかしがる顔も可愛いんだよなあ」


「おい! 俺はどうなってるんだ! ステージには役者3人が上がるはずだろ。この俺を無視する気か? ふざけるな!」


「君は、俺たちの後ろで指くわえて見てなよ」


「今俺が聞いたのに、そんな事させるわけないだろ? そんなの破綻してる。先に俺が告白してしまえば、お前の計画はお終いじゃないか」 させてたまるか。花見は、俺のモノだぞ?


「君に告白は出来ないよ。()()()()()、忘れたのか?」


「……脅すのか?」 怒りと羞恥で爆発しそうだ。


「まさか? 脅してなんかないよ。でも、君がもし俺の言う通りに動かなかった時は、君が辱めを受けるだけだ。あの動画をネット上に公開したら、どうなるかな……想像もつかないよ」 辰巳は本当に可笑しそうに引き笑いをする。


「それを脅しって言うんだろ」


 あの動画はマズイ。あの動画はマズイ。あの動画はマズイ。でも、でも、でも、花見が、花見が、花見が、こいつの手に……。


「そっか、そうだっけ」


 静かな図書館には、貧乏揺すりのおとがよく響く。自分でも今気づいた。いや、これは貧乏ゆすりではなく、怒りに震えているだけだ。


『がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた』


 辰巳は、ポケットから取り出したスマホで、動画を再生していた。


 場所は、トイレ。1番奥の個室の壁が、異様な速度で振動している。よく耳を澄ますと聞こえるが、微かに荒い呼吸音がそこから発せられている。


『あああ! ああ、あ! 細い首! 細い首!! ああああああああぁぁぁ!』


 上ずっているが、俺の声だ。


 そして、画面内に現れた手が黄ばんだ扉に手をかけた。


 辰巳はそこで動画を停止させ、スマホをしまい込んだ。


「これ以上はちょっと見たくないなあ。衝撃が強すぎて……」 辰巳は抑えられないというように、笑いを噴き出した。


「……」 くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ。辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね辰巳死ね。


「あ? なんか言った? ……あッ!?」


 俺は椅子を後方へ蹴り飛ばし、机を飛び越えて、辰巳の胸ぐらに掴みかかった。


「出せ、スマホ!」


「無駄だよ、スマホはロックをかけてあるし、動画は他の場所にも保存してある。壊したって、意味無いから、マジでやめて、壊したら、お母さんに怒られるからら、なあ、まじで」


「クソッ!」


 俺は辰巳の腹を殴った。直後、体が浮き上がって、いつの間にか背が床に着いていた。形勢逆転だ、悪い意味で。いや、元々分が悪かった。


「ハッ! 変態が。調子に乗るなよ。今度掴みかかったら、マジで殺すからな、社会的にも、精神的にも」 立ち上がった辰巳は俺を見下ろしながら、制服をはたいた。「いいか、俺が無事花見をモノとするまでは、大人しく俺の言うことを聞けよ。いいね?」


 俺は右の拳を、床に打ち付けた。痛みはあまり無かった。





ベタベタにベタなベタベタをしてくる幼馴染みより、密かに想ってる系が私は好きです。

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