表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10

 今週の月曜日から期末テストが始まり、今日で4日目を迎えた。天気は相変わらずの雨で、この1週間ほどは、太陽の姿を見た記憶がなかった。それにもかかわらず、気温は高く、ジメジメとした、ぬるま湯のような空気が漂っていた。


 今日のテストは2科目だけだったので、午前のうちに帰宅した。昼食は、帰りに、駅の近くにあるスーパーで買った弁当だ。作りたてのものをカゴに入れたので、まだほんのりと温かい。先に着替えを済ませてから、その透明のフタを開けた。


 雨が地面を打つ音と、それによって道に溜まった水を車が切っていく音が、後ろに聞き、箸を割った。


 肉汁が溢れる唐揚げを頬張りながら、テレビの電源を入れた。普段は見ることがない、主婦向けの情報バラエティ番組が放送されていた。しばらくそれを眺めていたが、やはりニーズに合っていないのか、飽きてしまい、他のチャンネルに切りかえた。


 その局は、ちょうどCMのタイミングで、しばらく待ってから、また変えるか判断することにした。名前だけは聞いたことのある化粧品のCMだった。


 次の映像は、どこかを走っている、制服――おそらく高校の――を着た少女の後ろ姿が映っていた。背景には青い空に大きな入道雲が広がっている。BGMは聞いたことの無いJ-POPの曲。爽やかなリズムに、凛とした女の声。やがてアングルは、少女の横顔に切り替わる。


 とても美しい少女だった。まだ幼さの残る大きな瞳と、すっと高い鼻のアンバランスさが絶妙だった。ふっくらとした唇は見ただけでその柔らかさがわかった。


 またアングルが変わり、今度は正面から少女を捉える。音楽はサビに入り、盛り上がっていく。彼女の程よく筋肉のついた健康的な脚が、ぐんぐん地を蹴って、進んでいく。


 最後のシーンで、少女は息を切らして砂浜に立ち、視界いっぱいに広がる海を見渡してから、ボトルの飲料を飲んだ。


「ボクらの夏には、アポカリプスが不可欠だ」少女の声だろう。鈴を転がしたような、どこか懐かしいような、声だ。


 白いオシャレで達筆な文字が浮かび出た。


 清涼飲料水のCMだったらしい。次は、雑誌のCMに変わった。


 俺は彼女をどこかで見た気がしたが、詳細は思い出せなかった。今のCMは15秒ほどで、顔も一瞬しか見えなかったが、何となく見覚えがあったのだ。他の番組で見たことがあったとか、そういう理由だろうと、その時は思っていた。


 次の日の夜、つまり金曜日の夜、人気音楽番組をかけていたら、彼女に再会した。


「いま、自身が出演する清涼飲料水のCMソングで話題の、那海理由(なかいりゅう)さんにお越し頂きました!」


 ナカイリュウ……。


「よろしくお願いします」


 黒い髪を垂らして、彼女は丁寧に頭を下げた。


「初登場ということで、簡単に、プロフィールをご紹介させていただきます」女性アナウンサーが事務的に語る。


 ナレーションの男の声に変わり、「那海理由。17歳。現役女子高生シンガーソングライターとして、先月にメジャーデビューを果たした。デビュー曲の「涼風」は、ささやかな青春の1ページを綴ったもので、既に若い世代からの共感、支持を集めている。自身も出演する清涼飲料水のCMソングにも起用された。これからの活躍が期待される新進気鋭の若手アーティストだ」


 同じくナレーションの声。「街で、彼女について聞いてみた」


 女「あー! 知ってる! めっちゃ好き!」 女2「nanaで知りました」


 男「歌声がすごい綺麗で、好きです」 男2「なんて言うんだっけ、ほら、鐘がなった声みたいな」 女3「鈴でしょ!」


 映像は、スタジオに戻る。


「那海さんは、いつから歌の投稿を?」視界の男が尋ねる。


「えーっと、中学2年くらいですかね。自分の声を色んな人に聞いて欲しいなって、思って」


「なるほど、やっぱりちっさい時から、歌、歌うのは好きだったんだ」


「えぇ。よく夜に大声出して、怒られちゃいました。ふふふ」


「あはは、そうですか」 「それでは、準備の方、よろしくお願いします」


「はい」彼女が立ち上がって、画面外に出ていったところで、お馴染みのギター曲が流れて、CMに入った。


 俺は、その視線を未だテレビの画面から外せずに、戦慄していた。


 やはり、気のせいなどではなかった。俺は間違いなく彼女を知っていた。見たことがあった。紛れもなく、俺は、彼女を直接に見ていたのだ。少し雰囲気は大人びたが、耳や鼻の形は恐ろしい程にそのままだった。


 彼女の名前は仲井由理(なかいゆうり)。幼稚園児の頃から、とても仲が良い友人だった。小学2年生の時に、彼女が突然姿を消すまでは。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ