第03話、やって来ました異世界
目が眩むような光が収まると、鼻孔に青々とした木々の香りが飛び込んでくる。
視界が戻るとそこには天空を貫くばかりに生え育つ巨大な木々と、遠くには富士山よりも高く天辺が雪で真っ白に染められた山脈が連なっていた。
巨木の隙間から周りを見渡せど山、山、山。
あ……少し離れた所に湖があった。
さっきまで宮城の田舎にいたけど、こんな山奥ではなかった。
クロの誘いに乗ってはみたが、まさか本当に別世界にくるとは――。
「ちょ……クロ、ここどこ?」
ベランダで俺の右隣に居たクロを探すがいない。
まさか連れてくるだけでこんな山奥に放置かよ。このまま一人だったら確実に詰んだ。
不安になってクロの名を呼ぶと、予想外に頭上から声が聞こえた。
『コータよ何を焦っておる』
声が聞こえた頭上に首を目一杯反らすとそこには、全長100m、全幅50mはありそうな巨大な漆黒の竜が月明かりを背に浮かんでいた。
頭のデカさだけでも大型ダンプ位はある。
さすがにこれは予想外だ、瞳を大きく見開き恐怖から顔が引きつってしまう。
声も出せずに戸惑っていると、クロらしき竜が厳かに語り出す。
『この姿こそ我の本来の姿よ。コータの生まれた世界では幻覚魔法と縮小魔法で目だたぬ様にしておったからな』
本来の姿とか言われても訳がわからん。
そもそも母さんは傷ついたオウムだと思って保護した筈。
『確かに傷ついておったからのぉ』
傷ついてたってどの口でそんなせりふを吐けるんですかね。こんなデカくてミサイルでも死ななそうな竜が傷を追ってオウムに変化してたっていわれてもねぇ。
全くもって信じられん。
『信じられなくともそれが事実だ! 受け入れろ』
受け入れろって言われても……あれ?
さっきから何で声に出していないのに俺の考えてる事がばれたんだ?
『この姿の時は我が主と認めた者と思考がリンクしているからのぉ。いかにコータであろうとも隠し事は出来んぞ』
えっ、思考がリンクって……俺の方からはクロの考えが全く読めないんだけど。
『未熟な子供の精神で、我とリンクなどできる訳がなかろう』
なかろうって、それじゃ俺だけが考えを読まれるって事かよ。
『まぁ、そう言う事じゃな。だが心配せんでも良いぞ。主であるコータを我が害する事は出来ぬからのぉ』
何で害せないの?
『我はこの世界で傷を負って治療のためにコータの世界に避難したからな。向こうの世界で主と認めた以上、その頸木はコータの命尽きるまで永遠なのだ』
何だか言ってる事の半分も分からんが、俺の味方だって言うならいいかな。
この大きさの竜が味方ならファンタジー物のゲームでは勇者並に安全そうだし。
この世界で傷を負ったって話だから最強ではないんだろうけど、少なくとも弱い筈がない。竜に守られる少年っていえば王道アニメじゃん!
そんな事を考えているとクロが呆れた様な面持ちを浮かべるが、その瞳は優しげだ。
問題はこれからどうするかだよな。人里なんて近くにないし――。両親が散策が好きだからってキャンプなんてしたこともないぞ。俺よりは詳しいだろうクロに聞いてみるか。
「それでこれからどうするの?」
思考が読めるらしいが、こんな山奥だ。物足りなさから声に出して会話する事にした。
見知らぬ世界でしかもひとけのない山奥だもん声でも出さなければやってられん。
『うむ、まずは住処を作ってコータの修行をせねばならんじゃろうな』
家はわかるけど修行って……。
ラノベでは異世界転移とか転生で異能の力を授かったとか、チート能力を手に入れてサクサクレベルアップ。俺最強! ってのがお約束だけど、まさかこの世界もか?
『能力に関してはおいおいだろうのぉ。着いたその日にパワーレベリングではコータもつらかろう』
おぉーーー。まさかの異世界チート確定か?
まさかこんな日が俺にやってくるとは……このままハーレムとか作れちゃったり?
中学に入って男友達とゲームばっかやってたから女っ気全くなかったしな。
大ちゃんとか、うらやましがるだろうな。もう二度と会えないけど。
所で住処ってのはやっぱり魔法か何かで簡単に出来ちゃったりするんかな?
ここなら材木は大量にあるけど……でも切ってからすぐには使えないんだっけか?
やっぱ魔法でサクッとクロが作ってくれるんだろうな。
14歳の俺にはそんな知恵も体力も当然技術なんてないからねっ。
『何を一人で妄想しとる。家と言えば洞窟に決まっておろうが』
「へっ?」
『竜の住処は洞窟だと言うておる。コータがよく見ていたアニメでもドラゴンが洞窟にたんまり財宝を蓄えて、盗みに来た盗人を襲っていたではないか』
いやいや、それはアニメの世界でしょうが!
人間が洞窟生活っていったい何時代の人だよ。石器時代か! 縄文時代か! 少なくとも文明が発達していない時代だぞ。
クロは瞳を細め辺りを見回しているがしばらくして『ほぅ』と一言呟いた。
俺の愚痴は完全スルーですか。思考が読めるとか言ってた癖に――。
『この先に良さそうな洞窟があるぞ。近くに湖もあるし――むっ、どうやら先客が居るようだが、まぁいい。行ってみようではないか』
だから洞窟は……って、先客?
こんな何もない山奥に誰か住んでるの?
しかも洞窟に?
『うむ、我の遠視によれば人間が大勢いるな。獣人もおるようだぞ』
獣人? あのラノベとかアニメに出てくる獣人?
『あぁ、コータが遊んでいたゲームとか言う物にも出てきておったな。あっちの世界にも獣人がいるものだと思っておったのじゃが、違うのか?』
「いやいや、獣人とかリアルでは存在していないし。ゲームとラノベは架空の話だからね」
『そうなのか……魔王やらエルフ、獣人が出ておったんで、てっきり居るものだとばかり思っておったわ』
クロは家で保護されてからずっと自宅警備員だったから、俺がやっていたゲームのキャラが存在するものだと思い込んでいた訳だ。
『自宅警備員は余計だが、コータの母君が出す飯があまりに美味だったからのぉ。外で狩りをする手間が省けたのは重畳だったな。ガハハハハハハ』
しっかし聞き捨てならない事をサラッと言ってたな。魔王やエルフが居るものって事は、まさかこの世界には……。
『当然、おるに決まっておろう。もっともアニメとは違って魔王は魔力が多い化け物ではなく、魔族を納める王の事じゃがな』
決まっておろうじゃねーよ。
魔族ってだけでラノベではヒール役じゃん。人類の敵だぞ? 生まれ持った膨大な魔力で人類を滅ぼそうと画策するあの魔族だぞ?
『まぁ、人間よりは多少魔力が大きいのは確かじゃが、少なくとも世界征服をたくらむ様な者達ではなかったがのぉ。我が居た時代では』
はぁ、なんだか頭痛がしてきた。
ただでさえ衣食住の問題で山積みだって言うのに。
まぁ、その話は後でじっくり聞くとして、まずは人の居る場所に行ってみるか。
でもこんな巨大なクロと一緒に人前に出ても問題ないのかな、行ったら敵襲とか言われて反撃されたりしねーよな?
『我の様な古竜がこのサイズで人前に出たら――』
「出たら?」
『畏怖と恐怖でショック死するかも知れんのぉ』
ぶっ。駄目じゃねぇーか!
ずっとクロを見ながら会話していると首が疲れるから早々に回りを見渡しながら会話していたが、クロのふざけた口調での会話にイラついて再び巨大な竜の顔を窺うと、さもしてやったりとでも言うようにクロの瞳がニヤついていた。
くそっ。
『ガハハハ、まぁ心配には及ばん。忘れたのか、我は幻影魔法と縮小魔法が使える』
そっか、またオウムに変化してもらえば――。
『オウムへの変化はコータの世界だけの変化じゃ。この山脈にはピクシーサイズの竜もおるからのぉ。人前に姿を見せることは、めったにないが……。今回は湖の側でピクシーに変化すれば問題は起きまい』
好きな生き物に変化できるんじゃないのか。ご都合主義ってやつですかねーと思いながらもクロの意見に同意した。
『じゃ、コータよ、我の頭に乗り込むが良い』
クロは巨体をゆっくり地上へ降ろすと、尻尾を俺の目の前にゆっくりと差し出す。
どうやら尻尾をタラップ代わりにしろと言うことらしい。
恐る恐るゆっくりと尻尾から乗り込んだ俺は、落ちないように所々に生えている背びれを手すりにし、巨大な頭部に到着する。
異世界ファンタジーの主人公になった気分で悪くない。
『よく掴まっておれ』
「あぁ、お手柔らかに頼むぜ。相棒」
『では参る』
小さく翼をはためかせただけなのに、周囲の木々が大きく擦れざわざわと音を鳴らす。巨体はふわりとした浮遊感を与えながら宙に浮いた。
お手柔らかにって行ったじゃん。
『ファファファ』
クロは小さく含み笑いを漏らすと一気に上昇していった。