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秘密

作者: すおう裕

なろう処女作。短編です。

私は左手に手袋をはめる。これは日課だ。これで私は安心して1日を過ごすことができる。


今日は生憎の雨、通気性のよい手袋であるがやはり蒸れる。それでも外すことは出来ない。学校まで20分の辛抱だ。


「おはよう」


隣の席の子が元気に挨拶をしてくれる。私は少し笑っておはようと返した。ホームルームが始まるまであと30分ほどある。元気よくおしゃべりする声を聞きながら数学のワークを開き、静かにシャーペンを走らせた。


ホームルーム開始1分前、廊下からシューズがきゅっきゅっと擦れる音が忙しなく聞こえる。今まで明るかった手元がほんのり暗くなる。


「おはよう!!」


頭上から降ってきた明るい声。私は顔をあげ、表情を変えずにおはようと返した。別にそいつと仲が悪いわけではない。そんなに仲がいいわけではないだけである。ただ少し私に話しかける量が多いだけだ。


一時間目古典、この授業は起きていた。二時間目数学Ⅱ、この授業はいつも寝ている。三時間目化学、いつも寝ている授業だが今日は起きていた。昼、ササッと弁当を食べて図書館に行く。教室にずっと居たら前の席のやつが絡んでくるからだ。四時間目倫理、先生が好きなのでしっかり起きて聞く。五時間目英語表現、この先生はランダムに当ててくるから睡魔と葛藤しながらもなんとか起きていた。


掃除を終え、帰りのホームルームが終わると、みんなは一斉に部活に向かう。私は部活には入っていないから図書館に行く。昼の続きを読もうと本を棚から取り出してきて、窓際の席に座る。いつもの私の特等席だ。本を開くと今まで明るかった手元がほんのり暗くなる。朝と同じだ。頭をあげると前の席のやつが左隣にいた。


「部活行かないの」


「今日弓道部休みだから。何読んどるの」


「“人間失格”」


「太宰治の」


「そう」


納得したようすだったから私は本に目をおとす。しかししばらく経ってもそいつは本を借りるようすもなく、ただ私が本を読んでいるのをじーっと見つめているだけだ。


「私に何か用ですか」


「いや…」


「じゃあ本読まないの」


「いや、そういうんじゃなくて。ちょっと聞きたいことがあったからさ」


「何」


「ずっとしてるよね、手袋」


きっとみんなは触れてはいけないと思っているのか、今まで誰も聞いてこなかったことだった。もちろん触れてほしくないことだから、少し動悸がする。


「触れてほしくないんだけどな」


「でも気になるじゃん」


なかなか引き下がってくれない。やめてくれ。もうこれ以上聞かないで。


「どちらにせよ、教えないからね」


「ガード固いな」


プライバシーの侵害だ、本当にやめてくれ。とにかく平静を保ったふうを装っているが、もう嫌悪感で心臓ははち切れそうだ。


「本当にダメなの」


その一言と同時に左手にあいつの手が触れる。私は勢いよく立ち上がり、荷物だけもって図書館から飛び出した。


学校から家まで全速力で8分、カギを開けて自分の部屋へ駆け込んだ。自分の部屋にカギをかけて、ドアを背にもたれかかる。荷物がずり落ち、自分の机の上の箱を見つめる。その箱を抱きこむようにしてベッドに丸く寝転がる。


ああ、守られた。最悪の事態は免れたのだ。私はより強くその箱を抱きしめた。

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