第6話「未知との遭遇」
俺は車をサービスエリアにとめ、清武と連絡をとりあった。どうやら例の事件現場でどうしても落ち合いたいらしい。
「なんだよ、面倒くさい野郎だな」
電話を切った俺は思わず吐露していた。
車を車で走行できるギリギリのところまで進ませ、停車した。
それから俺は歩いた。例の山木屋がある広場までやってきた。清武もそこにいた。
清武のなりはとても人間的ななりではなかった。髪はボサボサで腰下まで前も後ろも垂らしている。風呂にも入ってないのだろう。服は完全に色褪せて悪臭を漂わせていた。
「おい、お前どうした? そんな格好になってさ、しかも半袖じゃねぇか」
「待っていました、倉木さん。あの教会の裏に木村華絵がいますよ?」
「ちゃんと質問に答えろ。お前はここで何をしている?」
「答えはあそこにあります。うふ、うふふふふふ……!」
「お前が前を歩け。疑う訳じゃないが、その見た目じゃ信用もできねぇ」
「ええ、じゃあついてきてください」
清武がみせた物、それは5~6匹に及ぶ猪の死骸だった。
「これは……」
俺は何か撮れると思ってカメラをまわしていた。しかしとんでもないものを撮ってしまったようだ。振り向くと、錆びたパイプ棒を持った清武がニンマリとして俺を見つめていた。
「これで木村さんと会える……会えるのよ……!」
清武の皮膚がみるみる変色してゆく。瞳は赤く染まり、鼻血が垂れ始めていた。彼女はパイプ棒を振り上げ、とても人の発することない雄叫びをあげた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
まずい! これは完全にまずい状況だ!
俺はとっさに車を置いた場所へ引き返した。
しかしそこで目にしたのは怒り狂った隻眼の猪が3匹、俺の車に体当たりし続けている地獄絵図だ。俺に気づくやいなや1匹の猪が突進してきた。
俺は間一髪避けたが、その猪は清武のパイプ棒によって弾き飛ばされたらしい。
「グアアアアアアアアアアアアビイイイイイイイイイイ!」
清武は口から黄色の涎を垂らし、パイプ棒を振り上げた。その隙に俺は奴へ体当たりして、教会紛いの山小屋を目指して駆け上がった。
俺の体当たりで怯んだ彼女だったが、パイプ棒を手放した彼女の脚力は異常に強く、あっという間に俺の背後に迫ってきた。
俺が噛まれるかのその刹那で隻眼の猪が彼女へと体当たりをした。先ほどその身にくらった攻撃に対する恨みなのか。俺は九死に一生をえた。
俺は間一髪の攻防を経て、山小屋のなかに逃げ込んで鍵をかけた。
「はぁ……はぁ……え?」
倒れこんだ俺の視線の先に椅子に腰かける女性が見えた。女と目が合う。
「私がみえるの……?」
木村華絵だ。彼女は本を読んでいた。しかし俺と目が合ったことでその動作を止めたようだ。
「あ、ああ! みえる!! 俺はいま化物になった同僚に襲われている!!」
俺が叫んで返事した際にドアに体当たりの衝動がきた。
俺はすかさずにドアに背をつけてドアが破られるのを防ごうと努めた。
「そこをどきなさい。彼女を通してあげなさい」
「な、なんで!? 俺は殺されそうなのだぞ!」
「私が何とかする」
彼女はそう言うと金の十字架のアクセサリをとりだした。
十字架はだしたその時は何ともなかったが、次第に光り輝きだした。
俺が開ける間もなく、ドアは破られた。
俺は部屋の隅へと突き飛ばされたが、小屋へ侵入してきた清武は十字架から発せられる光明にひれ伏した。
「主よ、どうか、お許しをください。悪魔に支配されたこの人に慈悲を。心からの安堵をどうかお譲りください……」
矢継ぎ早に聖書を読み上げた木村は、呪文を唱えだした。
やがて清武はピクリとも動かなくなって、静かな遺体となった。
あたりを見渡す。さっきまでいた木村華絵はもうどこにもいなくなっていた。
なんだったのだろう。
俺は暫くただ呆然とした。そうするしかなかった。
やがて警察などに連絡を入れた。内容は清武真理の腐乱死体を発見したという要件で。まさかあったことをそのまま伝えても、誰も信じるまい。
それでも俺への取り調べは半年続いた。だが誰もあの惨状の真実を伝えられない。取り調べが終わったのちは様々なメディア機関から好奇心の質問が寄せられたが、それでも俺が答えた返答はただひとつだった。
清武真理から連絡を貰った。行くとそこに彼女の腐乱死体があった。
これ以上のことは言えない。この件は俺にとって今なおもトラウマであるから。
しかしふとした時にあたまのなかで巡らしてしまう。
清武は半年以上もあそこで何を知り何をしようとしたのか。
俺を救った木村華絵は幻だったのか。
いや、もうどうでもいいな。どうでもいいことにしたいのだ。
あれから何年か経ち、俺は結婚して二児の父親となった。オカルトへの興味はなくなり、今では地方ローカル番組の番組制作に携わっている――




