第3話「悪夢との遭遇」
黒木亘は初老の背の高い男だった。スーツベストの下まで達している金のアクセサリをつけているが、それを覗いてはごく普通の一般男性のようだ。
寂れた教会を発見したという話を丁寧にする黒木氏だが、急にうってかわって真摯な態度をみせだす金田の姿には呆然とするしかなかった。
黒木氏は近藤さんの両頬にある傷跡を気にもされた。しかしこれに対して近藤さんは「派手にこけちゃって、ははは……」と誤魔化していた。
近藤さんの演技にもあっけらかんとする金田か。東京に帰られさえすればこの男へと鉄槌が下るのは時間の問題だ。
それでも私は東京に帰るその時までに、この男に災いが起きればいいのにと思ってやまなかった。
私たち一同は黒木氏が口答で指示する誘導に従って高速道から外れる山道の中へと入っていった。車が進みづらい山道にまでゆき、やがて停車をするようにと彼より指示がでた。そして彼は車から出て腕を大きく振るようにして合図をした。
「すいません。ここからは歩いてください。お願いします」
陽は沈みかけていた。いまは夏なのでもう暫くは外も明るいだろう。
「黒木さん、本当に教会なんてあるのですか? 陽が沈んだりしたら、車を退き返すのも難しくなる。30分以上もかかるようなら、申し訳ないけど撤退させていただきますよ?」
近藤さんは毅然と言い放った。たしかにその判断は間違ってないだろう。酒を暫く口にしてない金田は挙動不審な仕草をみせるようになった。コイツの暴走を止める為にも無茶な取材の敢行は止めておくべきだ。
「30分もかかりませんよ。ちょっと険しい道ですが、10分ほどで着きます」
穏やかにこう答える黒木さんには奇妙な余裕が。
この男、寂れた教会を発見したと言っておきながら、実はよく知っている人間なのではないだろうか? 自然とそんな予感が私の脳裏をよぎった。
10分ほど茂みをかき分けて山道を登った先に、小さな広場がある。そしてその広場にポツンと佇む教会があった。たしかにあった。
教会というよりは小さな山小屋というべきだろうか。屋根の上に木製の大きな十字架がのっているから教会なのだと認識できなくもないが。
「なるほど。これはすごい発見だ。大昔、迫害から逃れたキリシタンがつくった教会なのかもしれません。友樹さん、陽が暮れまでに撮影をしてしまいましょう」
「あいよー」
その場で撮影の準備をし、撮影を開始した。
内容は金田がリポートするものだが、横には黒木氏も並んでいた。色々と質問する金田、どうやら黒木氏は佐賀県のとある村で勤務する宣教師らしい。テレビにでることで、教会の宣伝になればと思っていたようだ。
思えば、私たちのつくる番組は夜中の余暇を潰すバラエティ番組だ。ホラーの番組ではない。そう考えたら、黒木氏のこうした登場は微笑ましいものになるのかもしれない。没案になっても私はこの場面の導入を心から推そうと思った。
撮影は終わったが、黒木氏は教会のなかも覗いて欲しいと言った。ただでさえ、問題児を抱えている私たちはその疲労から余計な仕事をしたくなんかなかった。そしてその本音は問題児の口から発せられた。
「近藤さん、撮影するなら俺を除いてやってくれ。頼むよ。俺はさ、ほら、あの、何ていうか……薬を飲まなくちゃいけないからさ」
「はい、気をつけて。河村君、離れていていいから、そっと見守ってあげなさい。何かあったら僕に教えて」
近藤さんは河村君へ小声で指示をだすと、私へは手招きをしてみせた。瞬時の判断だろう。さすがはクルーの責任者だと言うべきか。ここにきても冷静な行動を示してみせていた。
「では黒木さん、私と木村さんが入りますので、何か撮って欲しい物があったら教えてください」
「ええ、できればみんなで入って欲しいものですが……」
「え?」
近藤さんが立ち止まって、きょとんとしていると、背後から物音がした。
「があああああああああああああああっ!」
同時に聞こえる金田の喚き声。金田は河村君に襲われていた。
ただ襲われているのでない。河村君は倒れた金田の首筋から肩にかけて異常なまでの力を入れて噛んでいるのだ。
「やめろ!! 何やっている!?」
近藤さんが二人の間に入って切り離そうとしたが、切り離れたのは金田の皮膚であった。近藤さんは変わり果てた河村君に突き飛ばされて、広場の隅まで飛んだ。
「何をしている! ここに入りなさい!」
大声をだしたのは小屋のドアを開けた黒木氏だった。私は異様な光景に茫然としながらも、黒木氏の立つ方へそっと足の向きを向けた。
河村君はもはや人間のなりをしていない。目は全て真っ赤になっており、皮膚は腐乱して赤みを失っていた。喘ぐ金田と止まらない血しぶき、とても現実で起きている出来事には感じられなかった。しかしこれは現実に起きている事だ。
私は近藤さんの置いたカメラを拾うと、小屋へと駆けだした。
私は小屋のなかに入った途端に気を失った。
悪夢だった。そうとしか言いようがなかった。