第2話「集いし者たち」
その時、私たちのクルーは心霊スポットの訪問を撮影するロケに臨んでいた。ラッパーでお笑い番組に出演するトモッキーこと金田友樹が出演者だ。他3人が撮影の裏方に入るテレビ関係者だ。ただ私こと木村華絵・河村剛士の2人は学生のアルバイトになる。テレビ局の職員である近藤卓也氏が責任者であったが……
「おい! 何チンタラしている! 俺は暇じゃねぇんだぞ!?」
「は、はい。すいません」
「ったくよ、チビもチビだが、肝っ玉小さいオッサンだなぁ!」
「はは、僕のウリでして……」
「聞いてねぇんだよ! そんな事! とっとと説明しやがれ!」
撮影初日からこんな感じだ。金田という男は小休憩のたびに酒を飲むような荒くれ者で、近藤氏へのあたりはとてもみられたものじゃなかった。
「あのチビ、あの崖から突き落とせないかな?」
「え?」
「だから、あの粋がっているウンコ野郎を突き落とせないかって思うの」
「ダメだよ。そんなことしたら殺人になるじゃない」
「だよなぁ、でもこういう冗談でも言ってなきゃあ、やれないよ」
いかにも温厚な河村君から思ってもないような言葉が飛びだした。しかし雷のような怒鳴り声がすぐに私たちの会話を遮った。
「おい! 糞ノッペラボウ! お前もちったぁ動きやがれ!」
溜息交じりに何かを呟いて河村君は動きだした。私もそれに続く。
金田の振る舞いは強烈な罵声だけではない。近藤さんや河村君に暴力をふるうことも度々あり、河村君が殺意を抱くのも無理はなかった。
ちょっと前までトモッキーといえば、黄色い声を沢山浴びるような人気タレントだった。だが大物女優との交際が破局し、本業である彼の歌が売れなくなると彼は急に傍若無人で乱暴な素顔をみせるようになった。そんな彼だがバラエティ番組でのウケが良く、特に深夜番組で体を張った撮影に臨む姿は視聴者の興味を誘っていた。
全て思うようにいってなかったからか、彼は彼で自滅の道を生き急いでいるかのようだった。
でも情けなんてかけられもしない。私に対してはそっと近づいて猥褻な言葉をかけるわ、身体を触ってくるわ……この仕事を抜け出したいと思ってやまない……そんな精神状況に私も追いやられていた。
業界ではトモッキーなんて既に使用する価値もなくなっていると言われていた。しかし近藤さんは以前の彼を知っており、彼が一生懸命仕事へ取り組む姿を目に焼きつけていた。「きっと、やりがいのある仕事になるぞ~!」と笑顔を振りまく彼の瞳は輝いていた。
でも蓋をあければ地獄、狂気の沙汰だった。
私たちのロケは移動含めて約1週間に及ぶものだった。長崎県の「軍艦島」や「つがね落しの滝」を訪ねて「旧日見トンネル」で金田にバイクへ乗ってもらい、トンネルの通過をして貰う等、心霊スポット巡りを思い切ってするというものだ。
権現山にある展望台下の鐘を丑三つ時に鳴らすこともしたが、この時に金田は酔い潰れており、金田の替わりに私が金田と見せかけて鐘を鳴らすことにした。
番組のオチは決まっており、東京に帰って何日かした時に金田の部屋でポルターガイストが生じるというものだ。勿論これは細工が為されたものであり、金田にはドッキリで行うものらしい。でもそれまでにスキャンダルで失脚してテレビ出演すらなくなるような予感がした。彼はみるからに重度のアルコール中毒者なのだから。
この私たちの収録だが、最終日には便りを頂いた黒木亘氏という人間へ会いに行く収録で締めくくられる形にしていた。なんでも、ある筈のない教会がとある山の上にポツンとできているという話だ。
「それで? そこで何かするのかよ?」
助手席で尋ねる金田の右手には酒のボトルがあり、彼の顔は赤く照っていた。
「黒木さんのお話を伺って、教会を訪ねるという内容になりますね……」
おそるおそる返答する近藤さんの顔は腫れていた。東京に帰った折には訴訟を起こすと私と河村君には内密で話してくれていた。本当なら黒木氏の件も切り上げて一刻もはやく帰ればいいのに。どうやら近藤さんの生真面目な性格が祟ったようである。私は深く溜息をついた。
「寂れた教会なんか行かなくてもいいだろ? 行くなら寂れたラブホにでもしろよ! 俺が激しく華絵ちゃんを弄ってさ、激しく濡らしてやるからよぉ!」
「それはできません。そんな話は伺っていません……!」
「なんだよ? 最後の最後まで使いモノにならねぇチビ野郎だなぁ。おい」
誰が使いモノにならないのか? 甚だ疑問に思った私は飲み乾してある酒瓶をいつの間にか手に持っていた。しかしその手のに河村君の手が重なった。
河村君は私と目が合うと、目を閉じて顔を横に振った。彼は背が高くて、顔に傷を残すことはなかったが、腹部を中心に下半身のいたるところに痣を残した。
今ならわかる。崖からコイツを突き落としたいと言った河村君の気持ちが。
やがて私たちは長崎自動車道のサービスエリアで黒木亘氏と出会った。