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有無相生  作者: うちょん
1/6

則天去私

      登場人物


           鳳如

           煙桜

           琉峯

           麗翔

           帝斗

           ぬらりひょん

           天狗

           おろち

           ヴィルズ

           ライ

           ダスラ














 運命をあざ笑うものは幸運を手に入れるだろう。

       ベンジャミン・ディストレイ



















 第一昇【則天去私】













 「・・・・・・」

 煙桜が目を覚ましたのは、悪夢を見たからではない。

 ただ、身体が悲鳴をあげたから。

 いつもは見慣れた自室の天井が視界に入るはずなのだが、今煙桜が見ているのは、曇り澱んでいる空だ。

 寝たままの状態で、煙桜はポケットからすっかりくしゃくしゃになっている煙草の箱を取り出し、一本を口に咥える。

 ライターで火をつけると喉にきて、思わず咽て咳こんだ。

 身体の節々が痛むが、この痛みは決して煙桜が歳だからとか、そういうことではない。

 こんなにも空っぽな気分になったのは初めてだと思いながらも、無情なまま揺れ動く雲の行方を見届けるしかない。

 ふと視線を動かせば、そこには煙桜以外の3人の姿が見える。

 2本の大木がクロスした状態で地面に刺さっており、そこに両手と両足を固定して縛られたままの琉峯と麗翔、そして帝斗。

 誰もが意識を戻せないまま、ただそこに凭れかかるようにしている。

 煙桜も、目を覚ます前までは同じ格好でいたのだが、何とか身体を動かして解放されたまでは良かったが、そのまま疲労で寝てしまっていたらしい。

 上半身を起こすと、少しだけふらっとした煙桜だが、額に手を置いて数回呼吸を繰り返すと、今度はゆっくりと立ち上がる。

 磔にされている3人のもとまで向かうと、1人、また1人と下ろして行く。

 琉峯も麗翔も帝斗もまだ起きないため、煙桜は1人ずつ崩壊していない部屋へと運んで行く。

 3人を寝かせると、煙桜もその横に座り込み、短くなった煙草を掌で握りつぶす。




 それは、いつもの朝と同じになるはずだった。

 「麗翔、朝っぱらから凶器作ってんじゃねえよ」

 「何よ凶器って。どうみてもただの可愛らしいお菓子作りじゃない」

 「何処が可愛らしいお菓子作りなんだよ。髑髏が見える」

 「はあ!?」

 それはいつもと同じ日常であって、いつもと同じ会話であって、いつもと同じ一日になるはずだった。

 突如として訪れた、彼らさえいなければ。

 「どうなってるんだ!?」

 「おい、何が起こった」

 「知らないわよ!」

 鬼が近づいてくれば煙桜たちも気付くし、何より結界によって鬼は入って来られない。

 しかし、なぜか急に結界が一度壊れ、別の結界が出てきたかと思うと、四神が封印されてしまったのだ。

 四神を封印出来るなど、どうしたことかと思っていると、煙桜たちの前に、黒い影が幾つか現れた。

 耳には赤いリング状のピアス、黒の服に紫の布を腰に巻き、そこにはジャラジャラと何かつけている。

 黒いズボンを穿き、ふくらはぎあたりからは茶色のブーツを履いている。

 彼らは黒い髪を靡かせながら、黒い翼を生やし、気味の悪い赤い目を向けてきたかと思うと、以前埋め込んだ力を発揮するための“石”を壊されてしまった。

 石が壊されても力が全て無くなったわけではないと、煙桜たちは戦おうとした。

 しかし、戦えなかった。

 それは、石を壊されたのと同時に、自分たちには以前のようなお札を使った能力も消えていると、すぐに気付いたからだ。

 それでも、体術や武術、剣術を使える煙桜たちは、なんとか食い止めようとした。

 煙桜は急いで全部下たちを遠くに避難させ、そうこうしているうちに、その黒い影の1つが、何かを抱えていることに気付いた。

 「!!」

 目を凝らしてみると、それは結界を守っているはずの清蘭だった。

 気絶させられているのか、清蘭はくたっとした様子で脇に抱えられており、そこには座敷わらしの姿はない。

 「てめぇら・・・!一体何者だ!?」

 黒い影は黒く大きな翼をばさっと広げると、表情のない声で言う。

 「我等は、悪魔」

 「何言ってやがる・・・!!」

 すでに力を失っている煙桜たちだが、それでもなお戦おうとするが、鬼とはまた違う、闇に包まれる恐怖が襲う。

 戦うまでもなく煙桜たちは敗れ、清蘭は連れて行かれてしまった。

 「待ててめぇら・・・!!まだ、勝負は終わってねぇぞ!!!」

 「しぶとい人間だ」

 「うるせぇ!!」

 唯一帝斗は、煙桜も琉峯も麗翔も倒れてしまった中、1人立ち上がって彼らに戦いを挑んでいた。

 意識のあった煙桜は帝斗を止めようとしたが、その時の帝斗には煙桜の声など聞こえるはずもなく、ただ我武者羅に突っ込んで行った。

 幾ら倒れようと、幾ら血を流そうと、幾ら痛みに顔をゆがめようと、幾ら死ぬ間際まで逝こうと、帝斗は立ち向かって行った。

 しかし、無残にも散るしかなかった。

 気付けば4人は磔にされ、そこに野ざらし状態だった。




 3人が目を覚まさないため、煙桜は1人部屋を出る。

 向かった先は、あの戦いに顔を出さなかった鳳如の部屋だ。

 「!」

 ドアを開けた目の前には、幾重にも絡んだ太く強い鎖によって身体を縛られ、眠らされている鳳如の姿だった。

 どうしたもんかと、続いては清蘭の部屋にいたはずの座敷わらしを探しに向かうと、清蘭の部屋には座敷わらしはいた。

 ただし、透明な球体の中で、鳳如と同じように眠らされていたが。

 煙桜は煙草に火をつけ、琉峯たちがいる部屋へと戻って行った。

 すると、すでに琉峯たちは目を覚ましていた。

 だが、目を開けて上半身だけを起こした状態で、呆然と一点を見つめている。

 一番深刻なのは、帝斗だろうか。

 「起きたか」

 「・・・・・・」

 誰も何も返事をしないままで、煙桜はため息を吐いて近くに座る。

 ふー、と煙を天井に向かって吐くと、聞いているかも分からない琉峯たちに、鳳如たちの様子を話した。

 四神が封印されるところも、清蘭が連れて行かれるところも、自分たちの石が壊されたのも見ているが、鳳如も座敷わらしも眠らされてしまっているとなると、もうどうすることも出来ない。

 「・・・・・・」

 煙桜は何度目かも分からない煙を吐く。




 その頃、新しい結界の外にいたぬらりひょんと天狗とおろち。

 異変を感じ取って来てみたまでは良かったのだが、以前なら入れたはずの結界は別の結界になっており、中に入れなくなっていた。

 「どうしたもんかのう。中に入れぬ」

 ぬらりひょんに向かってそういう天狗の横で、ぬらりひょんは煙管を咥えていた。

 「・・・嫌な風が吹いておるのう」

 「この感じ、鬼ではないのう」

 「厄介なもんが来おったか。しかし、中に入れぬとなると、困ったもんじゃ」

 普段であれば、結界の中に入って対応出来るのだが、今回はそれが出来ない。

 ぬらりひょんたちが入れないような結界となると、最早“鬼”としての結界ではなく、それ以外の強い結界となる。

 しかし、ここには鬼以外用はない、とまでは言わないが、来るのはほとんどがその結界を破りに来る鬼たちだろう。

 その鬼たちにはこんな結界を作る力はないはずだ。

 それに、中には鳳如たちがいる。

 簡単にはやられないはずの彼らでさえ、現状を見る限り何か起こってしまったと考えられる。

 座敷わらしの鳴き声が聞こえないことからも、座敷わらしにさえ何かが起こったということは予想出来る。

 それよりも何よりも、青龍、朱雀、玄武、白虎、そして獅子。

 彼ら四神が封印されてしまっているこの状況をみると、こんなことが出来るのはそれと相反する存在ということになる。

 清蘭が気絶をしてしまったことで、四神も本来の力が弱まってしまい、そこをつかれたのかもしれないが、真意のほどは何とも言えない。

 何より、中にいる連中と連絡が取れないのだから、どうすることも出来ない。

 おろちの毒を吹きかけてみても、天狗の風を使ってみても、結界は壊れない。

 「どうするのじゃ?奴等、全滅しておるかもしれんのう」

 天狗の問いかけに対し、ぬらりひょんは口から煙を出す。

 「奴等とてこれまでに幾つもの修羅場を乗り越えてきたんじゃ。そう簡単にはやられておるまいが」

 「おるまいが?」

 「いかんせん、そうは言うても、今まで相手にしてきたことのない敵なら、分からんのう」

 だからといって死んではおるまい、と付け足すと、天狗もおろちも同意した。

 「座敷わらしはどうするのじゃ?」

 「ワシらが中に入れぬ限り、直接救出は難しいからのう。奴らに託すしかあるまい」

 「先代が聞いたら、さぞかし嘆くことじゃ」

 座敷わらしのことも勿論だが、清蘭のことも、鳳如たちのことも、中はどうなっているのか分からないため、なんとも断言出来ずにいた。

 ただそこに漂う嫌な空気だけが身体に纏わりつき、それがまた煩わしい。

 夏の汗のべたつきとはまた違う、嫌なもの。

 ぬらりひょんと天狗がじっとその結界を見つめていると、クスクスと笑いだしたおろちが口を開く。

 「若者は立ち直れなくても、あそこには煙桜がいる。奴は他の連中よりも多くの死線を潜り抜けてきたんだ。なんとかしてるだろうよ」

 「・・・煙桜か。確かに、奴は経験が豊富じゃからのう」

 煙桜が吸っている煙草よりも煙管の方が好きなぬらりひょんは、煙管の中の灰を落とすと、今度は腰の酒に手を伸ばす。

 「主と煙桜、以外と似ておると思うがのう」

 「・・・・・・」




 未だ放心状態の琉峯たちを前に、煙桜は淡々と話しを進めていた。

 「俺達は負けた。力も使えねえ。清蘭も連れて行かれて、鳳如と座敷わらしは眠らされてる」

 そう言うと、煙桜は鳳如の部屋から持ってきた一冊の本を適当に放り投げた。

 分厚い本で、中の文章まではまだ目を通していないが、そこの表紙に描かれている絵を見ただけで、自分たちを襲ってきた存在だと分かる。

 表紙に書かれていた文字を解読する。

 「俺達を襲った連中は、こいつらだ」

 現実とは思えないその文字は、こう書かれている。

 ―悪魔、と。

 「いいか。俺達がやるべきことはざっくりと4つある。聞こえてるか聞こえてねぇかは問題じゃねぇ。聞け」

 強い口調でもなく、だからといっていつもの軽い調子でもない煙桜の声だけが、ただそこに響く。

 「1つ、鳳如を起こすこと。1つ、四神の封印を解くこと。1つ、清蘭を連れ戻すこと。最後に1つ、悪魔をぶっ潰すこと」

 他にも色々と問題はあるのだが、煙桜はそれらのことにも触れる。

 煙草を吸おうと一度は手をつけたのだが、口に咥えただけで、とりあえず火はつけずにいる。

 「座敷わらしに関しては、後からでも平気だろう。ぬらりひょんたちと連絡が取れりゃ楽なんだが、この結界じゃそれは期待出来ねえ。それから、俺達の”石“とか力に関してだが、これは何とも言えねえ。元に戻るのか、はっきりいって前例がねぇから分からねえ」

 悪魔と戦うとは言っても、今の普通の人間になってしまった煙桜たちには、悪魔と対等に戦う力などは持っていない。

 しかし、このまま黙っているわけでもいかない。

 鳳如も起きない、ぬらりひょんたちもいない現状、戦えるのは自分たちだけであって、それでここが滅んでしまったとしても、誰が彼らを責めようか。

 ライターで火をつけると、静かに息を吐く。

 「まあ、今のてめぇらじゃあ、何言ったって無駄なんだろうな」

 そう言うと、煙桜は何か食べるものがあるかと、キッチンの方に向かって行った。




 「人間なんて脆い」

 「それよりも、予想外に弱かったのは鬼たちだよ。やっぱり俺達の結界だと、鬼も入れないんだね」

 「・・・こいつ、どうするんだ」

 黒い姿、黒い翼を折り畳んだ男たちが、清蘭を囲んで話しをしていた。

 どうして連れて来たのかというと、こんな理由があるようだ。

 「こいつは人質だ。あいつらを俺達と契約させれば、人間界なんてすぐに手に入るだろうって、魔王様が仰ってたよ」

 「親父のことはどうでも良いが、あいつらには鬼の総大将とも言われてるあの男がついてるって聞いたぞ」

 「ぬらりひょん・・・。だが、あの結界には奴でも入れなかった」

 「まあ、あれは俺達悪魔のもんだからな。鬼のあいつには無理だろ」

 「そもそも、人間界なんて手に入れてどうする心算なんだ?親父の考えてることは分からないし、興味ない」

 「ライ、そう言うなって」

 鳳如のことに関しては、呪いというのか罰というのか、とにかくそういった類の罪を背負っている人間だということは知っていた。

 そのため、まずは厄介な鳳如を悪魔の力を使って眠らせた。

 しかし、簡単に破られてしまう可能性もあったため、強い鎖を使って身動きを取れないようにもしておいた。

 座敷わらしのことも知っていた。

 清蘭だけなら、これほど手間取ることもなかったのだろうが、そのすぐ横には泣き声が五月蠅いという座敷わらしがいたため、まずは座敷わらしを閉じ込めた。

 四神はやはり手こずった。

 いや、手こずっても封印出来ただけ上出来ではないのか。

 そもそも、四神と悪魔というのは相反する存在であって、四神もまさか悪魔が襲ってくるとは思っていなかっただろう。

 絶対的な存在とはいえ、絶対的な力を持っているわけではない。

 「なんにせよ、奴らは滅びるしか道はない。俺達はそれを見届けるまでだ」




 コンコン・・・

 頭にタオルを巻き、右手には金槌を持ち、左手には釘と木の板。

 煙桜は1人で壊れた個所の修復を行っていた。

 日曜大工かと思うほど煙桜が手慣れているのは、それだけここが何度も壊れたことを意味している。

 「・・・こんなもんか」

 つぎはぎだらけの建物だが、以前のような力が使えたなら、もっと頑丈にもっと速く出来るのだろう。

 「あー・・・腰にくる」

 自分の腰に手を置いて、ぐぐ、と伸ばすようにしている煙桜。

 雨風は完全に凌げるようにはなっただろうかと、辺りを確認していると、背後に人影が近づく。

 「なんだ」

 誰が来たのかも確認せずにそう言うと、人影は煙桜の後ろで小さく答える。

 「俺と麗翔はもう大丈夫です。手伝います」

 「・・・帝斗は」

 「帝斗は・・・もう少し時間がかかるかと思います。肉体的には回復してるんでしょうが、多分、それ以外のところかと」

 「・・・・・・」

 頭に巻いていたタオルを取ると、煙桜はそれで首裏を拭いた。

 そのまま首にかけて歩き出す。

 適当な場所に腰を下ろすと、煙桜は保存食として置いてあった固いパンを取り出し、琉峯と麗翔にも渡した。

 下手したら歯が欠けそうなほどに固いそのパンにかぶりつく煙桜と対照的に、琉峯も麗翔もただパンを持っているだけ。

 「食わねえともたねぇぞ。俺達以外、戦えねえんだからな」

 「・・・勝てるんでしょうか」

 「あ?」

 一度味わった完全なる敗北の後味は思っていた以上に悪く、喉を通るのは自然現象で口の中に広がる唾だけ。

 怪我さえまだ完治はしておらず、怪我よりももっと大きなところを削られてしまった帝斗は、ただ立ち上がるだけの動作さえ出来ずにいるのだ。

 琉峯のぽつりと呟いた弱音に、煙桜は喝を入れることもなく、ため息を吐くこともなかった。

 ただ、迷いの無い声が聞こえる。

 「やるしかねえだろ」

 もぐもぐと口の中にはパンが詰め込まれているが、それでもしっかりと聞こえた。

 「煙桜・・・。こんなこと言いたくないですし、思いたくないんですが、俺達では、今の俺達では、絶対に勝てないと思います」

 「私もそう思うわ。あの鳳如さえいなくて、結界も張れない、今の私達にあの悪魔と戦う術なんてないじゃない」

 「・・・・・・」

 2人の言葉に、煙桜は黙ってパンを食べる。

 「帝斗があんな状態になるのも無理ありません。最後まで、1人で戦っていたんですから・・・」

 帝斗の身体が、バラバラになるのではないかと思った。

 軋む身体に鞭を打ったところで、限界などとうに見えていたのかもしれない。

 それでも立ち向かって行った帝斗に突きつけられたのは、何をしても抗えないという現実だった。

 勝ちたいという気持ちだけじゃない。

 それ以上の何かが帝斗をつき動かしていたはずなのに、今の帝斗にはそれさえ視えないほどの何かがある。

 ブリキならば、ネジが止まってしまったわけではなく、油が無くなった、といったところだろうか。

 根底にあるものがガラガラと崩れて、足の踏み場など無くなって、断崖絶壁に何とか腕だけで耐えている状態。

 いや、それよりもっと悪いのかもしれない。

 「私達だけで、なんとか出来る問題とは思えない・・・」

 「石も壊れてしまって、これからどうなるのかも分かりません。ましてや、昔の自分に戻ってしまったようで・・・」

 無力から非力になって、少しは役に立てるようになったかと思った矢先、さらに強い敵に負けてしまった。

 これが単なる勝負なら良いのかもしれないが、ここは違う。

 琉峯も麗翔も、ただじっと下を俯いたまで、それ以上は何も言わない。

 しばらくは黙って食に没頭していた煙桜は、パンを食べ終えると立ち上がり、首に巻いていたタオルを腰に押し込んだ。

 「怖ぇならここから逃げりゃいい。死にたくねぇなら戦わなけりゃいい」

 「煙桜・・・」

 煙桜は琉峯と麗翔に背中を向けたまま、諭すように語る。

 「無理強いはしねぇよ。今回ばかりは、俺達全員死ぬ可能性だってあんだ。若ぇ奴等は先のために生き残るって選択肢も必要だ」

 「俺達だって、出来ることなら戦いたいです。ですけど」

 「だから言ったろ。無理強いはしねぇって」

 「どうして」

 琉峯は、どうして煙桜はそこまでして戦うのかと問いかける。

 死ぬかもしれないと、いつも思って戦っているのは皆同じだが、それでも今回に限っては状況が全く異なるのだ。

 この場所のためにも、鳳如のためにも、戦って死ぬ覚悟は出来ているが、今のままではこの場所も守れず、鳳如も守れずに死んでいくだけだ。

 それでも敢えて戦うことを選ぶ理由を、煙桜はいつもの気だるげな様子でこう答えた。

 「考えるのも面倒くせぇ。俺ぁここが正義だとも思っちゃいねぇし、ここが絶対だとも思っちゃいねぇ。だが、この場所で生きてこの場所で死ぬって決めてる。これは覚悟じゃねえ。決意だ」

 「決意・・・?」

 ふと、煙桜が琉峯と麗翔の方を見る。

 その表情は、いつもの煙桜のものとは違っていて、まるで親が子供をあやす時のような、そんな優しいものだった。

 「負けたままってのも性に合わねえ。例え負けが見えてる勝負だとしても、戦わなきゃならねぇ時がある。それで死んだとしても、俺ぁ後悔なんざしねぇ。戦わねえでここが乗っ取られるくれぇなら、戦って潔く散ってやろうじゃねえか」

 「そんなこと言ってる場合じゃ!」

 「帝斗も連れていけよ。あの馬鹿がここ以外でのたばる魂じゃねぇのは知ってるからよ」

 そう言うと、煙桜は煙草に火をつける。

 煙桜の背中をじっと見ていた琉峯は、少しムッとしたような顔つきになるが、きっとそれは誰も見ていない。

 ふう、と小さく息を吐くと、琉峯は立ち上がって煙桜の背中に向かって言う。

 「俺も残りますよ」

 「あ?」

 「ちょっと琉峯・・・!」

 琉峯につられ、一緒に立ちあがった麗翔が止めに入ろうとするが、琉峯の言葉に制止させられてしまう。

 「煙桜だけじゃ心もとないでしょう。それに、俺だって敵に背中を向ける様な真似はしたくありませんから」

 「生意気に」

 「しかし、勝てる気がしないというのも本音です。人間と悪魔と、どう考えても不利です。勝負になりません」

 「根性でなんとかする、ってのも難しいだろうな。ま、そんなこと考えても無駄ってこった。なんせ、未知の敵なんだからな」

 2人がそんな会話をしているものだから、麗翔は深くため息を吐いた。

 「しょうがないわね・・・。私も残るわよ」

 「麗翔、お前は逃げてもいいんだぞ」

 「なんでよ!私だって帰るとこないんだから!それに、腹ごしらえも大事でしょ。私が作ってあげるわ!」

 「「お断りします」」

 「なんでよ!!!」

 それから、煙桜と琉峯、そして麗翔は悪魔のことを調べることになった。

 きっと鳳如の部屋になら色々あるだろうと、煙桜が見つけてきた数冊の本を、隅々まで読むのだ。

 その間も、帝斗だけは生きているのか死んでいるのか、それさえ分からないほどに静かだった。

 かろうじて呼吸をしているのだけが、微かに上下する肩を見て分かるのだ。

 いつもなら、誰よりも真っ先に敵に報復させてやるのだと言う帝斗だが、今の帝斗からはそのような覇気は全くと言って良い程に感じない。

 煙桜たちの話さえ、聞いているのかも分からない。

 いや、きっと聞こえていない。

 近くにいるはずなのに、帝斗の周りにはきっと誰もいない空間が出来てしまっている。

 暗闇なのか、幻想なのか、夢の中なのか、それとも残酷な現実世界と知っていての自己防衛なのか。

 とにかく、今の帝斗には何を言っても無駄だろうことだけは分かる。

 煙桜は、身体には決して良くないその煙を吐き出しながら、人形のようにピクリとも動かない帝斗をちらっと見る。

 「ま、この馬鹿は放っておいても死にゃしねぇだろうが、再起するかは不明ってとこか」

 「余程堪えたんでしょうね。俺だって、まさかこうも簡単に全員がやられるとは思っていませんでしたから」

 「ていうか、悪魔なんて想像上の生き物だと思ってたわ。何をしにここに来たのか知らないけど、最後の砦でもある私達が逃げ出すわけにはいかないものね」

 「悪魔しかり鬼しかり、人間が作り出した想像物ってのは、古には存在したと言われるもんばかりだ。現に俺達の敵にしても味方にしても、そういうもんだろ」

 麗翔は腕組をして「そっか」と納得していた。

 琉峯は帝斗をじーっと見ているが、そこには帝斗であって帝斗でない、そんな人間がただいるだけ。

 「煙桜、何か考えでもあるんですか?」

 こうなってしまっては、頼りになるのは煙桜しかいない。

 いや、いつもは頼りにしていないのかと聞かれると、そういうわけではないのだが。いつもはリーダーとも言える鳳如がいたり、積極的な性格の帝斗がいるため、煙桜が指揮を取ることはそうなかった。

 みんなの後ろから煙草を吸って着いてくるような、俺に着いてこい、というよりは後ろから見てるから進んでみろ、という感じだ。

 曲がった時は直してくれる、立ち止まったときは押してくれる、誰かが遅れていれば遅れないように修正をする。

 縁の下の力持ち、といった具合だ。

 そう思いながら煙桜を見ていると、琉峯の視線に気付いた煙桜がこちらを見て、何か用かと怪訝そうな表情を浮かべたため、琉峯は黙って首を横に振る。

 「とにかく、この鳳如の部屋から漁ってきた悪魔に関する本を読む。それであいつらの弱点が分かる可能性は低いが、悪魔ってのがどういうもんかってのが分かるだろう。あとはとにかく、いつもの力が使えない今、身体鍛えておくしかねぇな」

 「そうですね。まずは敵のことを知ることからですね」

 「そうね。じゃあひとまず、私が何か夕食でも作って・・・」

 「「それは断る」」


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