アトランティ王国
「これで大体準備はできたかな」
手元にはそれなりの額のお金と二人分の通行許可証がある。
今回行くのは複数ある人間の国家のうちの一つ、アトランティ王国の王都だ。
アトランティ王国は多種族の国家とのアクセスが良く、多文化的で目新しいものが多い。
まあ元日本人の俺からしてみれば大体みんなどこかで見たことのあるようなものばかりなのだが。
ちなみに、俺は普通なら忘れてしまうような数百年前の記憶も忘れることなく記憶できるように常時魔術を発動させているため、思い出せないという事は起こりえないことになっている。
ただ、知識を忘れていないだけで後でやろうと思っていたことを忘れることはよくあるのだが。
「それでどうやってアトランティって国まで行くつもりなの?今いるのはラングニス公国よね。私はそんな国聞いたことないし、かなりの距離があるんじゃないの?」
「そうだね、ここからならそれなりに距離がある。だから、少し手を出してもらえるかな」
「手を?わかったわ」
そういいながら不思議そうな顔をしてこちらに手を出してくる。
その手に触れた時に「わっ」と言いながらエフィルが少し顔を赤らめるが、気にせず魔術の行使を開始する。
行使するのは『トランジション』。
いわゆる転移の魔術だ。思い描いた場所、その場所が存在するならばどこであろうと転移することができる。転移する距離が延びれば伸びるほどに魔力の消費は増える仕様だ。
「『トランジション』」
そう口にするとともに全身が浮遊感に包まれ、真っ白な光の中に包まれていく。
◇
一瞬の意識の途切れと共に、気が付くと誰もいない路地裏にエフィルと共に立っていた。
空には先程までと同じ青空が広がっているが、明らかに目の前の景色は違う。
「つ、ついたの?」
「ああ、ついたよ」
暗い路地であたりをきょろきょろと不安げなエフィルだが、それを先導するように手を引いて路地を出る。
薄暗かった路地裏から明るい通りに出てまぶしさに顔をしかめる。
段々と目が慣れたていき、景色がはっきりと視界に映った。
しっかりと整えられた石畳。行きかう様々な種族。活気あふれる市。
目の前に広がっていたのはこの世界での大都会だった。
「ここがアトランティ王国の王都だ」
青空の元、エルフの住む森の中では見られないものが数えきれないほどに溢れている。
フィリアは大きく目を見開き、その見たことのない光景や建物に目を輝かせていた。さながら初めておもちゃを買ってもらった子供のようだ。
このままでは一日中この光景を眺めている勢いだ。
今回の目的はエフィル服。エフィルの体のサイズに合うようにオーダーメイドで作らせるつもりなので、普段服を買うなんてしない俺からすれば採寸やデザインなどがどれくらいで終わるかわからない。
なのでできるだけ早めに店には着いた方がいいだろう。観光や食べ歩きはその後でも十分楽しめる。
「それじゃあエフィルに服を買いに行くとしようか」
「え?あっ、そうね。行きましょう!」
そういいながら、完全に本来の目的を忘れていたエフィルの手を取って歩き出した。
◇
ここアトランティ王国の王都は、ありとあらゆる文化の激流がぶつかり合う都である。
これほどまでに他種族が表通りを堂々と行きかう事の出来る街は文化の多いこの世界他と言えどそうそうないだろう。
獣人、魔族、人間などをはじめとした人型の種族が主であるが、その他の手名付けられた魔物もちらほらと見受けられる。それらは他の知性の高い種族との共存をなし、お互いの長所と短所を補い合う事で生活している。
あくまで立場は知性の高い人型の種族が上となる場合が多いが、対等な関係が気づかれている場合もそれなりに多い。
それがここアトランティの特色がある。
大昔から様々な異文化が流れ込んできたため、物珍しいものや見たことのない光景に対して抵抗感が少ない。
王も人間が勤めてはいるが、国の運営はその王を議長とした会議で決定することが主な方法となっている。
こういった半民主主義のような複雑な政治体制をとっている国家もまたここアトランティの特色だ。
「ねえねえ!あれはなに?」
「あれはゾウと言う生き物だよ。あの長い鼻を器用に使っていろんなことができるんだ」
「じゃああれは?」
「あれは魔石だよ。宝石とは違って、大きさによって変わるけど魔力が込められている」
あちこちで行われている見世物や出店に興味津々なのか、店までの道のりで見た物や生物について質問してくる。
これじゃあ夫婦と言うより子連れみたいだ。
まあ年齢的には曾孫やそこらじゃ済まないかもしれないが。
それでも視界に入るものすべてに目を輝かせている姿は見ていて心が和む。
今まで俺に知識を求めてくるものは下心丸出しの奴らばかりだったためか、こうして何の含みもない聞き方をされるとこちらも答えやすい。
考えてみれば俺はこうして誰かと一緒に街を歩くなんて随分としていなかったんだな。
「あ、やっと笑ったわね」
「え?」
「え?じゃないわよ。今までずっと出会ってから真顔だったじゃない。シグレの笑った顔は今初めて見たわ」
笑った?俺が?
そういわれてみれば……そうかもしれない。
そっともしかしたら今の今まで上がっていたかもしれない口角に触れてみる。今はもう真顔戻ってしまっているが、もしかして俺は今笑っていたのだろうか。
よく考えてみれば、俺はエフィルを見てうれしいと思ったり可愛らしいと思っていたんじゃないか?
ほんの数秒前のことなのに記憶は思い出せても感情は思い出せない。
「どうしたの?急に難しい顔して」
エフィルが少し心配そうな表情でこちらを見る。どうやらいきなり俺が変な行動をしだしたことを不思議に思ったらしい。
「いや、何でもないんだ。早く服を見に行こう。今日はなんだか気分がいい。エフィルは可愛いから似合う服が多そうでついついたくさん買ってしまいそうだよ」
「かわっ!?いきなり何を――って、ちょっと!歩くの早いわよ!急に何なのよもう!」
ようやく少し感情についての問題の解決口が見え始めた気がした。
そんな明るい気持ちを胸に、エフィルの望む服を沢山買ってあげたいと思った。
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