アルフヘイム
「ん?向こうからこっちに向かって動き始めたみたいだな」
屋敷に入って数分、とりあえずこの屋敷内にいる人間に向かって歩いている。
人間がいる場所を突き止めた原理は先程村長宅に行く前に行ったソナーと同じ手法だ。
まあ、今回の相手はそれに気が付かなかったようだが。
自身の杖を突く音だけが暗闇の中で聞こえ、その先に浮かぶ半透明な白い魔石はほんのりと発光している。
魔術で視界を確保して周囲の様子を調べるが、特にこれと言った罠はないようだ。そもそもでこの屋敷は誰かが普段から住んでいる者ではないのではないだろうか。
確かに家具や最低限の生活用品は設置してある。しかし、これと言ってその家主がいる痕跡や癖のような物が見えてこない。
となればどこかの金持ちの別荘か何かだろう。
今俺がいるこの屋敷は昼間訪れたアトランティ王国にあった。昼間自分がいた場所にあったので少し驚きはしたが、この国は多種多様な種族、文化が入り混じる場所。何かを隠したり何かから隠れたりすることについてはこの国が最も利便性が高いと言えるだろう。
そしてこの屋敷に乗り込み、今に至るというわけである。
ここを突き止めるために多少強引な手を使いはしたが別にその点は今さほど重要ではない。
一寸の迷いなくまっすぐ人のいる方を目指して進んでいく。
すると向こうからやってくる気配もまたどんどん近づいてく来た。
もう一人は奥の部屋に残ったようだ。
「これだけ自分がここにいると自己主張しているのだから向こうが来てくれなければ困るけれどね」
先程からこれだけ大きな音でわざとらしく杖を打ち付ける音を鳴らしているのだ。向こうが雇われの傭兵か何かなのなら当然異変に気が付いてこちらに来るはず。それが例の『魔術を吸収する盾』を持っている者ならばなお良い。
その方が話を聞きやすいからだ。
実のところ先程からどういった方式でその盾が"組まれて"いるのか気になっている。
やはり自分以外が作った魔術や魔道具にはついつい興味がそそられる。
それはいったいどんな構造なのか。
自分が考えている理論と同じなのか、それともまったくちがうのか。
そういったことが気になるのはやはり研究者としての性のようなものだ。こればかりはやはりどうしようもない。
そんなことを考えていると向こう側から魔術の明かりが見える。
「どうやら当たりを引いたみたいだね」
そう呟きながら後ろについているフードを深めに被る。
ここで歩みと杖を突く音を止め、相手がこちらまで来るのを待つ。
すると相手の足音が今自分がいる位置から5、6歩ほど離れたあたりで止まる。
先に口を開いたのは相手の方だった。
「おい、ここで何をしている」
体格はあまりがっしりした方ではなさそうだ。しかし身長はそれなりにある。
そして左手には盾、右手には杖。間違いなさそうだ。
「少しお話をしてもいいかな?」
「はぁ?」
「その盾はどうやって作ったんだい?」
「そんなことを教える義理はない。それよりも俺の質問に答えろ。ここで何をしている」
相手は全くといっていいほど交渉する気はないらしい。雇い主に侵入者は皆殺しにしろとでも言われているのだろうか。
何にせよ、このままではあの盾のことを教えてくれそうにない。
早くエフィルの待っているベッドに帰りたいのだ。手早く済ませてしまおう。
「もう一度聞くよ。その盾はどうやって作ったんだい?」
先程より強く、はっきりと聞きたいことを言葉にする。相手がその物事を連想しやすくするためだ。
相手が反応を返そうとしたタイミングで魔術の行使を開始した。
相手の思考を横からかすめ取るように必要な情報を探す。
「何なんだお前は」
(何なんだこいつ。いきなり現れたと思ったら―――)
これじゃないな。
(ただでさえ使えない相方のせいで疲れてるって言うのに――)
これもちがう。
(この盾は以前訪れた遺跡で見つけたんだっけか。いや、今はそんなことはどうでもいい)
―――これだ。
しかし、残念なことにどうやらあの盾は拾い物らしい。彼に期待するだけ時間の無駄だったみたいだ。
「もう俺の用事は済んだよ。後はここにいるエルフ達を連れて帰るだけだ」
「――なに?」
男が明らかな反応を見せる。
屋敷に入る前に使ったソナーでは地下に結構な数のエルフがいたので、それら恐らく連れ去られたエルフ達だろう。
「お前、どこかの雇われの傭兵か?その格好を見るに魔術師だな。俺の盾のことを聞いたという事は俺に魔術が効かないと既に分かっているのだろう?俺はこの業界ではなかなかに名が売れているからな。だが、それ故に分からない。なぜ真正面から来た」
「効かないかどうか、試してみようか?」
「何?」
俺の挑発を受けて相手の空気が変わる。
辺りの静けさが一層深くなり、向こうはこちらの出方をうかがっているようだ。
数秒経ち、俺が動く気がないと判断すると男は魔術を発動させる。
「『シュトローム』!」
男の杖から複数の電流が発生し、それらは壁や地面を伝うようにこちらへ向かってくる。
杖で二度地面を突き、発生した魔力の波紋が向かってくる電流を相殺する。
「……なんだ今のは」
「いや?別に何も」
相手はどこぞの老婆とは違い魔力の流れを直接視認するなんてことはできないようだし、今のは俺が単に地面を突いたら自分の魔術が消えたように見えただろう。動揺するのは当然の反応だ。
すると俺が普通の魔術師ではないと理解したのか、即座に撤退の気配を見せる。
常に危険を回避し、生き残る可能性を上げる。いい判断だ。こんな仕事に手を出さなければ彼はこの先傭兵としてもっと大物になれたかもしれない。
いや、今さらかもしれないのは無しなんて考えても意味はないか。
「くっ、俺一人では分が悪いか」
「いや、君の仲間を呼ぶ必要はないよ。すぐに終わるさ」
それを聞き、今まで冷静になっていた男が多少頭に血が上ったのか反論してくる。
「さっきも言ったはずだ!俺に魔術は通用しない!ただの魔術師風情が粋がるな!!」
よほど自分の盾に自信があるらしい。
拾い物だというのに随分な信用だ。今まであの盾を破る相手に出会ったことがないのだろうか。
何にせよ、先ほどの評価は取り消さなければなるまい。
この程度の軽口で沸騰している様であればこの先何かの危機で命を落としていただろう。
それだけ世界は理不尽にまみれている。
「何にせよ、俺の妻の妹を攫った罪は重いよ」
「はぁ?妻?まさかお前エルフの―――」
相手の言葉を待たずに詠唱を開始する。
「蒼穹の果て、租は大いなる大樹」
詠唱を開始すると、男はこちらに向かい盾を構える。
どうやら何かが発射される事を想像してそれを待っているようだ。
残念ながらそうではないのだ。そもそも"魔術じゃない"。
魔術は相手に何かを飛ばすもの。
そういった固定観念は自らの可能性や思考の幅を狭めると君の師匠は教えてくれなかったのかい。
小さな盾を構えその身を隠そうと必死になる。
それっぽっちのみすぼらしい盾に頼り切るしかない姿を見るとそう思わずにはいられなかった。
「王フレイの名のもとに、此よりは世界、救済、光なり。そは―――」
両手を広げ、詠唱最後のこの"魔法"の名前を解く。
「『アルフヘイム』」
その言葉と共に自身の背後を起点として周囲に光が走る。刹那に走った閃光に男は目を盾と腕で庇った。
光が晴れるとそこは先程までの暗い屋敷ではない。
空は澄み渡り、背後には恐ろしく大きい大樹。
男は盾を構えたままの状態で呆けた顔をしていた。その顔に向かって冷笑を浮かべながらこう呟く。
「ようこそ、妖精の世界へ」
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