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プロローグ

2018/5/26修正を入れました

「大魔導師様!!」



誰かが俺のことを呼ぶ声が、石造りの塔に響き渡る。

ふと今まで読んでいた本から目を離して顔を上げると、突然強烈な眩しさを感じた。

突然の眩しさに顔を歪める。

どうやらまた本を読んでいるうちに夜を明かしてしまったようで、部屋の中には太陽の光が差し込んでいた。

先程の眩しさの正体はこれのようだ。

僅かに開いた窓から外を見ると、空は青く、近くの野原に寝転がればさぞ気持ちのいいだろうと思える昼下がり。

眼下に広がる草原は爽やかな風に草花が

今俺が居る薄暗いこの塔とは大違いだ。

目の前の窓から日光は差し込みこそしているが、あくまで隙間からの申し訳程度の光。

この無駄に広い部屋を明るく照らす程ではない。

まぁ、その広い部屋も今はそこら中に読みっぱなしで放置された大量の本で埋め尽くされているのだが。



「大魔導師様!その聡明なお考えをどうかお聞かせください!!」



流石にそろそろ行かないとこっちまで押しかけられないか。

はぁ、と一つ大きなため息。

呼んでいた本にしおりを挟んで気だるげにゆっくりと閉じる。

鬱陶しいその声の主に知恵を貸すべくふかふかのソファーから重い腰を持ち上げた。



「今行くよ」



まったく、今日はいったい何の騒ぎだろうか。






俺の名前は天草時雨あまくさしぐれ。俗にいう転生者というやつらしい。

こっちに生まれた俺は捨て子だったらしく、人族の国の郊外にあるこの塔に住んでいた魔術師のお爺さんに拾われた。

その後は転生者という身分を隠し、この塔でしばらく暮すことになる。

どうやら俺を拾った爺さんは人間の国では厄介者扱いされていたらしい。

わけのわからん事を住民に言いふらし、閉じこもったまま数か月間魔術の研究で出てこなかったと思ったら爺さんの家から紫色の煙が噴き出したりなど、ありとあらゆる問題をひたすらに起こし続けた結果、ついに国外に追放されたらしい。

その後はこの塔を魔術を駆使して作り、俺が来るまで一人寂しく暮らしていた。

爺さんは俺を魔術の研究の後継者にするつもりで育てた。

結果だけ言うとその目論見は大成功で、俺は魔術の領域を軽く超えて寿命すら超越した存在になった。

要するに魔術師ではなく魔導師になったのだ。

ここまで来るともはや俺が人間であるのかどうかは少し疑問の残るところだが、まぁひとまずそのことについては置いておこう。

魔法と言えるだけの術が使えるころには俺は古今東西の様々な知識を手に入れていた。

農業、漁業などの一次産業から、国家の運営にかかわるような政策方針。

果ては万物創造とまではいかなくともある程度の物なら無から有を生み出すという魔法の特性を生かした創造能力も会得した。

そしていつの間にか俺は大魔導師と呼ばれるようになり、各国からご意見番のような扱いをされていた。

それからというもの、よそにその能力が知れてしまい毎日毎日毎日毎日俺のところには様々な国の使者が来るようになった。

ここまでで大体俺が転生して340年ほどだろうか。

中身はどうであれ体の方は若いころの肉体に戻してあるし、見た目的には十代後半程度なのだが、歳は120を超えたあたりから数えてはいない。

まだやろうと思えば魔法についての研究を進めることもできるかもしれないが、正直言って俺にできないことなんてほとんどなくなってしまった。

要するに飽きたのだ。

その一点において知識欲が消え失せた。

それは何かを研究することにおいては致命的な欠陥だ。

こと、研究または探求といった追い求め続ける精神が必要な学問において『知識欲が無い』というのはもはやどうしようもないことだろう。

金がないのに家を買おうとするようなもの、とでもいえばいいだろうか。

要するに知りたいから調べるという前提が崩れてしまうのだ。

まぁ、俺のヘタクソなたとえ話はどうでもいい。

そのことに気づいてからは死ぬことも何か特別にすることもなく、たまに読書をしながらだらだらと生きながらえて今に至る。



「おお、大魔導師様。本日はご機嫌麗しゅう―――」


「御託はいいから。用件だけ話してくれ」


「ははっ。我が領土での作物の育ちがいささか芳しくありません。いろいろ手は尽くしたのです―――」



先程の自室とは違いそう広くない応接間。

その中でどこの国からの献上品だったか覚えていない金ぴかなひじ掛け付きの真っ赤なクッションのついた椅子に肘をついて退屈さ全開で話を聞く。

また作物の話か。

どうせお前たちの『いろいろと手を尽くした』は神に祈りをささげて三日三晩懇願するくらいだろうに。それか口先だけで特に何もしていないまま俺のところに聞きに来るか。

なぜこの二択になるのかと言うとこの世界の二大宗教の話をしなくてはいけなくなる。

この世界の宗教についてはまた説明すると随分長い話になるので今は置いておこう。


「そうか。それで、育っていない作物はどんな種類のものが多いんだ?」


「はい。申し上げさせていただきます。まずは――」


使者から作物の育っていないいろいろな土地の名前を聞いていく。

考えてみればここ数十年で随分と土地の名前も変わった気がする。

昔は魔術を極めたら知識でしか知らない外の世界を旅してまわろうなどと考えていたが、ある程度魔術を習得して『遠見の魔術』を使えるようになってからはそんなことも考えなくなってしまっていた。

暇になった今であれば、今度こそ旅に出てみるのもいいかもしれない。

昔、日本にいた頃は異世界に行ったらしたいことなんてもっと沢山考えていた気がするんだが。

このところは長い間薄暗いところで一人孤独に研究ばかりしていたせいか感情というものが凝り固まってしまている気がしてならない。

そのせいで昔はやりたいと思っていたことも今ではあまりやる価値がないように思えてしまうのだ。

なにか、なにか現状を打開するようないい案は考えていなかっただろうか。

そんなくだらないことに俺が思考を巡らせている間も使者の話は進んでいる。

正直言って塔の地下にある肥料渡して私の力でーすとか適当抜かして終わるつもりだったのだ。

少しばかり話を聞いていなくとも構うもんか。

とは思ったものの、研究・孤独・異世界・夢。

正直これと言って何も思いつかない。

これほどまで自分のボキャブラリが死んでいるとは思ってもみなかった。

これじゃあ凝り固まってるというより干からびてるな。

いつからか感情と共に変わらなくなった表情のままで使者の話を聞いている風を装う。

いつまでも「異世界…異世界…」と思考を働かせていると、使者が「ああ、そういえば」と声のトーンを多少明るくして問いかける。



「これは今回の話とは少し関係ないのですが、大魔導師様はご結婚はなされないのですか?」


「え?は?結婚?」


「はい。我が領地の領主様が、自分の娘をぜひ大魔導師様の妻にと申されていました」



この話を聞いた瞬間に俺の脳にピロリィン!という効果音と共に電撃が走った。



「それだっ!」


「ど、どうされました大魔導師様!?」



普段声を上げない俺が急に大きな声を出して椅子から立ち上がったことに驚いたのか、使者がびくりと体を震わせて目を見開く。



「ありがとう。君のおかげで答えが見つかった気がするよ」


「そっ、それはようございました!わたくしなどが大魔導師様のお力になれるのでしたら何なりとお申し付けください」



何が起きたかわからないが、大事な交渉を失敗したのではなくてよかったと安堵している使者をよそに今後のプランを組み立てる。

ようやく、ようやくこの先の目標が決まった。

ここ100年程冷め切っていた俺の心にかすかに光が差し込む。

俺は凝り固まった表情筋でほんの少し口角を上げてこれから先に起こることに心を躍らせた。





「いやはや本当に良かった」



沢山の馬車や護衛が行列を作る。

その中央付近にいる一番豪華な馬車の中。

先程大魔導師が住む賢者の塔と呼ばれている場所から帰って来た貴族の老人は、目を瞑りながら安堵した表情でホッと胸をなでおろしていた。

あの物静かで感情を表に出さない大魔導師様が急に声を挙げられた時はもうご助力を得られないかと思ったが、こんなにもたくさんの魔法の土を頂いて帰れた。

そう考えながら後ろの馬車の方を見る。

後ろで列を成す荷馬車には、大量の白い大きな袋が積まれていた。



「それにしてもあれは何だったのだろうか」



大魔導師様がいきなり何の前触れもなく立ち上がって「それだ!」と叫ばれたときは顔には出さないように努めてはいたが、正直なところかなり焦らされた。

あの方の怒りを買って協力を取り付けられないなんてことになろうものなら領主に何を言われるかわからない。

それどころか領地内の被害が想像するのも恐ろしいことになってしまっていたかもしれない。

結局あの時は魔法の土を積み終わってからあわただしく塔の中に戻られてしまったので、結局何事だったのか聞くことはできなかった。

だが、機会はまたいくらでもある。その時にでも聞けばよかろう。

そう考え、早く農民たちにこの土を届けねばと帰路を急ぐのだった。




「サイズはこれくらいでいいかな…。後は何が必要だろう。風呂か?風呂は必要だな」



別に風呂に入らずとも体を清潔に保つことはできるが、そういう物理的な意味合いとは違う、精神的なところでの風呂の存在と言うのは大きい。

何か辛いことがあったとき、深く考えたいことがあるとき、そんなときはやはりお風呂に入るのが一番だと俺は思う。

風呂とは心の洗濯であり心の湯たんぽなのだ。

そんな日常的なことを考えている最中ではあったが、俺の目の前にはこれ以上無いというほどの非日常的な光景が広がっていた。

風に揺れる草花に落ちる巨大な影が一つ。

眼前の空に巨大な島のような物が浮かび上がっている。

巨大な、というか具体的には大量の土の塊を直径100メートルの半球状の形に魔術で固めたものなのだが。



「図書館は必要だな。あとは暮らす家はもう考えてあるし、小さな果樹園もほしいな」



こんなにワクワクした気持ちになるのはいつぶりだろうか。

いや、もしかしたらワクワクしている気になっているだけかもしれないが、こんな時はワクワクする物……なはずだ。

しかし、結局のところ顔は真顔のままなのでいまいち言葉が説得力を持たない。

いや、今は俺のほかに誰もいないんだからそんなことは別にどうでもいいか。



「よし、これで準備はいいかな」



誰に言うでもなく一人そう呟く。

後ろを振り返るとこの数百年俺が一人孤独に過ごした塔がポツンと寂しく建っていた。



「これでこの場所ともこれでお別れか。今思えばなかなかにお世話になった気がする」



死んだ爺さんの墓にはついさっき花を供えてきた。

これでもう思い残すことは無い。

帰ってこようと思えばいつでも帰ってこられる。

そう思えば俺の心は軽い。



「いってきます」



その言葉を口にして俺は俺の空中庭園(新しい家)に向かった。





「大魔導師様!!」



今日もその塔には彼を呼ぶ声が響き渡る。

今日の来客はごつい中年騎士で、その顔は疑念を抱いてしかめられていた。

おかしい。

何度呼んでもいつも返ってくる気だるげなお返事がない。

先日来た貴族の所属する領地を治めている国以外にも人間の国は複数あり、その他の種族も含めるとさらに多数の国家が賢者の塔周辺には存在する。

しかし、この一帯は彼が定めた非戦闘地域であり、この塔の付近で血を流そうものなら彼の助力は受けられない。

それ故に様々な種族が安心して彼のことを訪ねることができる。

その中には助力を得るという事を名目に彼を取り込もうと考える者も多い。

そこまでではないが、今回の騎士もそれに近い要件だった。

隣国との関係が緊迫し、あわや戦争になりかけている。

このまま戦争になってしまえば、兵力でも備蓄でも苦しい彼の国は敗北を喫してしまう事だろう。

その戦争を回避、または何とか勝利や停戦に持ち込むための手段がないかとかの大魔導師を訪ねたのだが、どうも様子がおかしい。

まさか大魔導師様の身に何かあったのでは!?

そう思うと居ても立っても居られなくなり、腰に下げた剣を抜いて階段を駆け上った。



「大魔導師様!!」



そう叫んで急いで大魔導師がいるであろう上層の部屋へと塔の階段を駆け上っていく。



「大魔導師様!ご無事ですか!?」



ビタン!と壁にたたきつけられた扉が少し傾きながら止まるが、その部屋の中には探し人の姿はない。

動揺しながらも中を探索すべく足を踏み入れる。

少し部屋の中を歩くと机の上のメモに目が行った。

そこに書かれていたのは、まさに衝撃の内容と呼べるものだった。





ここに来た誰かへ。

お嫁さんを探しに旅に出ます。探さないでください。

もし俺のことを見つけたときはそのことは誰にも言わないでください。

でも何か困っていることがあれば力になる……と思います。



「な、なんという事だ...」



騎士は彼が無事だという事に多少安堵しつつも、大魔導師失踪というこの衝撃の事態をどう受け止めるべきか頭を抱えるのだった。





そのころ当の本人は空中庭園に建てたこじんまりとした一軒家の自宅にある自室で本を読んでいた。



「よく考えたらこんなでかい島で空飛んでたらすぐばれる気もするけど...。その時はその時でいいか」



別にやろうと思えばいつでも魔術で透過させられる。

しかし、その辺を飛んでいたワイバーンがこちらを避けられずに衝突してはかわいそうだ。

とりあえず高度をもう少し上げておけば問題ないか。

そんな合理主義の塊と面倒くさがりなものぐささをごちゃまぜにしたような性格の主を乗せて、空中庭園は空を進んでいく。





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