第二話 足手纏い
セントラルから帆船で一日程航海した先にぽつんと浮かぶ島。そこは《中央》と各国を結ぶ玄関口となる港町として栄える島だった。それとは別に太古の昔から存在すると言われる遺跡と、そこに巣食う魔物の存在が考古学者や冒険者を集めてもおり、規模の割には裕福な町と言える。神官の娘であるユナはそんな町で生まれ育った19歳の少女だった。肩で切り揃えた柔らかな金髪は白い肌とターコイズブルーの瞳によく映え、優しい笑顔と性格は町の少年達を魅了してやまない、そんな娘である。
「よいしょ……と」
家の教会。その裏庭に作った畑を耕し、採れた芋を袋に詰めて運び込む。最初は腕を痛めたりもしたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。
「ユナ?ユナ!」
「はーいお父さん。どうしたの?」
父親の名はコルネリオ。町でも信頼の篤い神官で、何か問題があれば彼に話が持ち込まれる事もしばしばだった。
「すみませんが、私はこれから町外れの遺跡に行ってきます。護衛の冒険者の方もいらっしゃいますから、そんなに手間はかからないかと」
「それって、最近になって遺跡に住み着いたっていう魔族の事?」
コルネリオは苦笑気味に頷く。それはここ数か月の間町で噂になっている事で、何処かから流れてきた魔族の男が遺跡に拠点を構えたところ遺跡に元々住んでいた魔物が悉く狂暴化するという事態が発生したのだという。事態を重く見た町長は退魔の力に優れたコルネリオにその魔族を倒すよう依頼。そこに至るまでの道は今までこの町で鳴らしていた冒険者パーティに護衛を依頼する事で事態の終息を図ったのだ。
「心配はいりません。長くても三日程で戻れますから」
それがユナが聞いた父の最後の言葉であった。三日どころか一週間が経過しても父は戻らず、護衛に雇われていた冒険者達は遺跡の入り口を入ってすぐの広間に見るも無残な亡骸で発見された。父を探しに行きたいが、退魔の魔法どころか初歩のヒールを学んだばかりの彼女に出来る事などある筈もなく。どうすれば良いのかと自問するばかりだった最中……ユナは彼と出会ったのだ。
聖四朗がその町を訪れたのは、ルキナから話を聞いて三日後の事だった。白い虎を伴う赤い鎧の若武者というのはかなり目立ち、聖四朗は故郷や《逆十字聖騎士団》に身を置いていた頃は感じなかった好機の視線にこそばゆいものを覚えながら酒場に入った。彼はもう合法的に酒を飲める(下戸だが)年齢だし、何よりも情報収集をするのなら酒場が一番だからだ。
「いらっしゃい。あら、ここらじゃ見ない顔ね」
妖艶な雰囲気を纏う美人の女将に軽く会釈し、聖四朗は空いている席に腰を下ろした。さり気なく周囲に気を配ってみると、どうも酒場で飲んでいる冒険者と思しき者達の空気が辛気臭いのが気にかかった。
「冒険者?」
サービスらしい煮豆と度数の低いワインを出しながら女将は尋ねる。聖四朗は一瞬どう答えたものかと迷うが、武者修行といえどやってる事は冒険者と変わりないと考えて頷いた。
「だったら当てが外れたわね。この島では専ら冒険者達に遺跡を探索して貰って、そこから出土するコインや金属なんかを買い取るようにしてるんだけど」
「妙に強い魔族が住み着いて困っている、という事で来たのでござるが」
「そうなの?でも貴方、もしかして一人で?」
腕利きの冒険者パーティが全滅した事を踏まえ、女将は心配そうに聖四朗を見た。
「それこそ、《逆十字連合国》のアルベルト・クラウゼンやセーラ・アスリーヌ並の腕がないと単独攻略は無理じゃないかしら」
聖四朗は小さく苦笑する。ここで自分も彼らの関係者だと言えば多少は見る目も変わるかもしれないが、それをするのは負けたような気がしてならない。男のささやかな意地であった。
「某とて無理はしないでござる。とりあえず様子見に行って、大丈夫そうならそのまま進むでござるよ」
女将は納得したように笑い、ちらりとメニュー表に目を向ける。この手の酒場では情報料として何かしら飲み食いするのが暗黙のルールであり、ここも例外ではない。聖四朗もそこは心得ているので、慣れた手つきで鶏肉のスパイス焼きを注文して席に座り直した。
外で待っている三吉にも食事を用意し、自分の分を平らげて少しばかり食休みとのんびりしていた時だった。酒場に入ってきた人物を見て聖四朗は少なからず驚いていた。ここに集うのは殆どが荒くれの冒険者であり、彼女のような淑やかそうな少女が入ってくるような所でないのは明らかだったからだ。
「あ、来たわねユナちゃん。丁度貴女に紹介したい人が来たのよ」
「本当ですか!?」
ユナと呼ばれた少女は喜ぶが、当の聖四朗は何が何だか分からない。困惑して女将を見ると軽く頷いて説明をしてくれた。
「この子の父親はこの町の神官でね。かれこれ一週間前に例の遺跡に入ったきり戻って来ないのよ。護衛を頼まれた冒険者パーティは入ってすぐの場所で惨殺されててね」
「なるほど……つまり、某に捜索を頼みたいという事でござるか?そういう事なら引き受けるで……」
「違うんです。私を遺跡に連れて行って貰えませんか?」
この言葉には聖四朗のみならず女将も固まった。自分の手で父を探し救いたいという気持ちは聖四朗とて汲んでやりたい。しかし彼女の身のこなしを見るに、完全にズブの素人である事は明らかであった。
「あのねユナちゃん……貴女ではどんなに頑張っても足手纏い以外の何物でもないわよ?例えどんなに気を付けたところで、貴女と彼にはそれだけの差があるの。冒険者としての経験の差がね」
「うぅ……」
「それに、冒険者に仕事を頼むのなら相応の対価が必要になるわ。ちゃんと支払える?」
「……」
聖四朗は口を挟めず、どうしたものかとしばし悩む。彼が無償で引き受けるのは簡単だが、それで彼女が今後変な奴に騙される可能性を考えると迂闊に口を挟める話でもないのだし。
「その……」
ユナは聖四朗の前に立った。
「私には今、自由になるお金がありません。何を支払えば父を探してくれますか?」
「何を……と言われても困ったでござるな。某は元々あの遺跡に用がある故、ついでに父上殿を探すのは吝かでござらぬよ」
ユナは「ついでじゃ困る」と言いたげに口元をもごもごと動かす。確かに彼女にとっては父親の安否を確かめる事が最優先であり、聖四朗に武者修行のついででこなされてはたまらないのだろう。ならばユナは聖四朗に自分の目的を後回しにしてでも優先するに値する対価を用意しなければならないが……。
「家の教会で宿と食事を用意します。それでは、足りませんか?」
駆け出しの冒険者に支払うような安い対価。相手によっては馬鹿にするか怒り出すかだ。実際に聞いていた他の冒険者達は嘲笑していた。
「構わぬでござるよ。世話になる代わりに、父上殿の消息は某がお探しするでござる」
だが聖四朗にとってはどちらでも良かった。元々急ぐ旅でもないし、何よりも彼女の父親を探すという大義名分で堂々と遺跡に入れるのだから。
教会は港にほど近い場所にひっそりと建っており、聖四朗は自分が気付かず通り過ぎていた事を知った。
「ここではどのような神を?」
「闘争の女神アリアンロッド様です。かつて人間が神を信仰し始めた頃、神託を受けて女神様の姿を模した像を作るようになったのが始まりだそうですよ」
そう言ってリルが示した女神像は、確かに勇ましく槍を掲げるアリアンロッドの姿だった。しかしその身長は聖四朗の頭半分程(本人の身長は精々聖四朗の二の腕辺りに頭が来る程度)まで伸ばされているうえに、鎧の胸当てを押し上げる膨らみもかなり盛られている。
(いくら何でも見栄を張り過ぎではござらぬか……)
本人に聞かれたら天罰を落とされるだけでは済みそうにない事を内心で考えながら、聖四朗は軽く像に一礼した。思えばアルベルトと普通に話したり甘えあったりしている気の置けない間柄とはいえ、彼女もれっきとした女神の一柱なのだから当然なのだが。
「じゃあ私はベッド用意したらお風呂沸かしてきますね。えっと……」
「真田聖四朗でござる。呼び易いように呼んでくれて構わないでござるよ」
「じゃあ、セイさんって呼んでも?」
聖四朗が頷くと、ユナは嬉しそうに笑った。
「セイさんはそこでゆっくり寛いでいて下さい。何もありませんけど」
「かたじけない」
勧められた椅子に腰を下ろし、聖四朗は部屋の中に目をやる。物は少ないものの、きちんと整頓された清潔な部屋は聖四朗の好みだった。
「そういえばユナ殿の母上殿はいずこに?某としても挨拶をせねば……」
「ああ、母は数年前に機械天使の攻撃でもう……ですから今は父と二人暮らしなんです」
「……」
聖四朗はしばし硬直する。地雷を踏んだというのもあるが、何より自分が今から目の前の少女と一つ屋根の下であるという事実が彼の脳を沸騰させたのだ。
「ぶあああああああああああああああああ!!!」
「え、どうしたんで……きゃあああああああ!?セイさん大丈夫ですかああああああ!?」
盛大に鼻血を噴き上げる聖四朗とリルの悲鳴が教会に響き渡った。
数分後。何とか鼻血も止まり、聖四朗は自分が汚してしまった壁と床の掃除を率先して引き受けていた。
「申し訳ござらぬ。某、山籠もりの時期が長かったが故、どうにも女人に慣れておらぬのでござる」
「そうだったんですか?ごめんなさい、私が短慮でした」
もしこのまま父親捜しのほうもナシにされたらと、その顔にでかでか書かれている事に聖四朗は思わず笑ってしまう。
「そのような顔はしないで欲しいでござる。某、一度交わした約束は必ず果たす所存」
だが、と聖四朗は内心で考える。護衛の冒険者達が既に惨殺されている事実を考えると、ユナの父親が生きている可能性は決して高くはないだろうと。だがそれでもやると言った以上は動かなくてはならない、そう彼は誓った。鼻血を拭き切れていない状態ではあまりにも恰好がつかなかったが。
翌朝。聖四朗はリルが作ってくれた朝食を腹に収め、冒険者御用達の店で携帯食料と現在位置を報せる魔法がかかった方位磁石を購入した。遺跡やダンジョンに入る時は必須と言えるアイテムばかりだ。水や食料などの携帯装備をはじめ、罠を発見する魔道具や仲間と連絡を取る為の道具などなど。今回は聖四朗単独なので、連絡を取る道具は必要ないもののだからといって準備を疎かにして良い訳はなかった。
「ではユナ殿、某も軽く一当てしてくるでござる」
「気を付けて下さいね。お父さんの事、よろしくお願いします」
「相分かったでござる。某に任せ、ユナ殿は教会でどーんと構えているでござるよ」
昨夜、寝る前に聖四朗が教会の庭を借りたいと言ったので許可したのだが、そこで彼が見せた演武は武術の心得が全くないユナでも心奪われる程に洗練されたものだった。そしてそこまでの事が出来る彼でも、ユナという足手纏いを抱えた状態で遺跡探索をするのは至難の業であると説かれた結果彼女は力なく、全てを聖四朗に任せる事に決めるしかなかった。
「あの、セイさん!」
「何でござるか?」
「……い、行ってらっしゃい!」
結局出てきたのはそんな言葉。だが聖四朗は心得たとばかりに頷き、拳を突き上げた。
「行ってくるでござる!」
番犬ならぬ番虎のように教会の入り口に陣取る三吉にも見送られ、聖四朗は町の外へと向かって行った。
To Be Continued.......