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第一話 旅立つ若虎

「また旅に出る!?」


それはアルベルトが《逆十字連合国》の正式な代表に収まってから半年程経ったある日の事。故郷の農村で暮らしていた織江の家でおじやを食べていた聖四郎の爆弾発言であった。


「如何にも。より高みを、より強きを目指す為にはより己を追い込む環境が必要でござる。某にとってはこの村は居心地が良過ぎる故に」


「……それは何の為に?」


魔族とも近所付き合いのように気安く付き合える昨今、聖四郎が武を振るう相手などそうはいない。ならば彼が何と……いや、誰との戦いを想定しているのか織江は考えるのも嫌であった。


「あの戦いを間近で見て、某の中で炎が滾っているのでござる。アル殿と……《勇者》と全力で戦いたいと」


「だと思った……まさかとは思うけど、それって小春も絡んでたりはしないよね?」


聖四郎は流石に心外だと言わんばかりに顔を顰め、一気に丼に残っていたおじやを掻き込んだ。


「確かに小春姫への慕情を振り切れているかと問われれば、答えは否にござる。しかし某がアル殿と戦いたいのは純粋に武人の魂故に」


「ん、分かった。今のは私が悪かったわ」


思えば昔から聖四郎はそうだった。一度こうと決めたら梃子でも動かず、一直線に突っ走っていく。だからこそ周囲の事が目に入らず、小春の事しか見えていなかったのだ。そして今ではアルベルトと戦う事しか見えていない。


(全く……この突撃バカの鈍感バカ、更に熱血バカのバカ三冠王。嫌いになれたら楽なんだけどなぁ……)


織江はこの気持ちを聖四郎に伝えるつもりはなかった。難儀な話ではあるが、織江が想いを寄せたのは小春や目的に向かって一直線に向かっていく聖四郎だったのだから。自分を見るようになったらそれはそれで何か物足りない。


「まあそういう事なら私も反対はしないよ」


「かたじけのうござる」


聖四朗は丼を置き、感謝の意を示すように手を合わせて立ち上がった。


「思い立ったが吉日、早速旅支度してくるでござる!」


「……」


織江は綺麗に米一粒も残さず食べ切られた丼を片付けながら、優しく微笑んだ。


「本当、男ってバカなんだから。でも……だから好きなのかな」







自宅に駆け込んだ聖四朗は早速旅に使う鞄を取り出し、そこに当座の着替えと保存食を詰め込んでいく。旅の必需品である方位磁石と地図、財布に野宿用の結界石(屋外で休む時に魔物や獣、虫などを追い払う結界を張る石)を入れて忘れ物はないかとしばし考えた後紐を締めた。


「三吉はどうする?」


「ガウ!」


皆まで言うなとばかりに長年の相棒は「さっさと行くぞ」と聖四朗の背中を鼻で押す。その姿に笑み崩れ、聖四朗は愛用の槍である《天覇》を背中に背負って防寒用のマントを羽織り外に出た。


「では参るでござる!まずは魔界の強者と見えるため、ルキナ殿を訪ねるでござるぞ!」


鞍をつけた虎に跨り、猛然と駆け出していく背中を見送り、織江は小さく息をついて踵を返した。


「行ってらっしゃい。小春を追いかけたり強くなりたくて何にでも一生懸命なあんたがずっと大好きだったよ、鈍感バカ武者野郎」


そんな精一杯の皮肉と恋慕を込めながら。








《中央》のセントラルまでは船に乗り、そこからかつてアルベルト達と共に挑戦したルキナのダンジョンへ向かう。ダンジョン周辺は最早一つの街と化しており、ダンジョンを攻略しながらここに腰を落ち着けて家族を持つ冒険者も珍しくなくなっているらしかった。聖四朗はここに来るまでに倒した魔獣の毛皮や牙を換金し、軽く食事を済ませた後でダンジョンに入ったものの、襲い掛かる魔物が余りにも手応えがない事に困惑していた。


「余り考えたくはないでござるが、某が強くなり過ぎた……?」


考えてみればヤズミと直接戦う事こそなかったが、禍神を相手には戦ったのだ。それよりもここにいる魔物が強いとも思えなかった。


「まあ、それならそれでルキナ殿と会うのが楽になるだけでござるが……!」


腕を振るって放つ炎で一気に道を開き、聖四朗は一直線に駆け抜けていく。かつて仲間と共に駆け抜けた場所を今は一人でやれるという事実が嬉しくもあり寂しくもあったが。







その後、一日とかからずダンジョンを踏破した聖四朗は一路ルキナの居城を目指して無事に到着していた。本来なら一武芸者に過ぎない聖四朗が魔王に謁見するというのは色々と問題があるが、そこはアルベルトと友人であるという事で特別扱いであった。


「ほう、わざわざそなたが妾を訪ねてくるとは驚いたのじゃ」


「お忙しいところを申し訳ござらぬ、ルキナ殿」


「構わぬよ。妾も些か退屈しておったところじゃ。ここしばらくは政務に忙殺されてアルとも会えぬが故にの」


あの戦いから既に数年が過ぎたにも関わらず、ルキナの容姿はかつてのままである。それは魔族と人間の寿命差もあるので気にする事ではないのだが、聖四朗は変わりない彼女の姿が少し安心する材料だったりする。


「それで何用なのじゃ?そなた程の男が唯の茶飲み話で妾を訪ねる事もないだろうからの」


「お見通しでござるな。単刀直入に申せば、魔界で名の知られた強者を紹介して頂きとうござる。いずれアル殿と戦うために、更なる修練を積みたいが故」


「なるほど、の。確かに今のそなたでは妾のダンジョンも物足りぬであろうな。それならば腕試しついでに一つ頼みたい事があるのじゃ」


ルキナは指を鳴らし、控えていたインプから地図を受け取った。聖四朗が机に広げられたそれを覗き込むと、《中央》に近い小島に×印がつけられているのが分かった。


「これは?」


「簡単に言えば、はぐれ魔族が根城を作った場所じゃ。今は魔界も人間と共存するという方向で意思統一されておるが、それに従わず反旗を翻した者もおるでな」


これが今ルキナの頭を悩ませている事だった。魔族は元来力の大小が身分とも言えるため、こういう時は力ずくで制圧するのが常となる。それ自体は問題ではないのだが、従わない魔族というのはえてして強大な力を持っているのが常であり、アムドゥシアス級ともなればルキナが直々に出なくてはならないという事も少なくなかった。


「流石に《坂十字世界》を治めているアルにわざわざ足労願うのも気が引けるし、セーラやコハルを貸してくれというのも躊躇われてな。そなたの腕があれば一石二鳥であろ」


「なるほど、相分かったでござる!では早速その島へ向かうでござる!」


茶の礼を言って飛び出して行く聖四朗を見送り、ルキナは面白そうに笑みを浮かべた。


「これはこれは。恐らくは単純な才能だけならアル以上のあの男が果たして何処までやれるやら……見物じゃな」


七帝竜のような力を持たない身で、唯弛まぬ努力と天賦の才だけで《勇者》であり自分の夫に迫ろうという一人の武芸者。それがルキナには楽しくて仕方がなかった。









これは《勇者》に挑もうという一人の武芸者の物語。


別に彼を恨んでいる訳ではなく、誰よりも彼を認めているからこそ戦いたいという欲求。


目の前に立つのは壁。挑み続ける事にこそ価値を見出した若き槍士の旅路。


全てはただ前へ進む為に。











              To Be Continued.......

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