切なき月の章2
傍に居させてください・・・
「・・・・・・・・」
押さえつけた腕の下で
気絶している月をカルフォスは、静かに見つめていた。
月の瞳に浮かんでいた涙が
それ以上留まっていられなくなったのか
頬から零れ落ちた。
「・・・・・・・・・」
どこまでも透明で穢れの無い涙は
とても今までの女達とは・・・
・・人間とは違うように思えて
思わず月の頬の涙を指で拭ってみる。
「・・・・・・・熱い・・・・」
(・・・・・シル・・・・?
・・・本当に・・・?)
涙に触れた瞬間に感じた頬の柔らかさに
涙の温かさに暗闇から突然光の中に出されたような
気持ちになっていつも心から離れなかった
父を殺したものへの憎悪が薄れたように思える。
「シ・・・・シル・・・・?」
月の胸を染めている血に気がつき
カルフォスは慌てて治療する為に
月の着ていた服を脱がそうして目を見開いた。
「・・・・・月・・・・・の・・・女神?」
すでにカルフォスが刺した胸の傷は
塞がって滑らかな肌へと戻りつつあった。
「・・・・・・ルー・・・・」
「・・・・・・目が・・・・覚めたか・・・?」
傷か完全に治りしばらくすると、
月はゆっくりと瞳を開いた。
どうにも頭がフラフラして意識に膜が張っているようで
一瞬振り向いた時に見た赤味の茶色の瞳が
落ち着いていたのに
懐かしくも美しいと思いながら
カルフォスの朱金の髪を月は、ぼんやりと見つめていた。
「治った・・・ようだな・・・・」
もう一度顔が見たいのに
カルフォスは少しも月の方を見てはくれない。
「・・・・・ルー・・・・」
こっちを向いて・・
そう呟きたくて月は、身を起こした
ベッドの脇に座ったカルフォスの横顔を懸命に見つめる。
「・・・・カルフォス・・・・
私は、カルフォスだ・・・。」
「・・・・お父様の名前でしたね・・。
・・・・カルフォス・・・?」
「・・・・・帰れ・・・・月と言うのなら・・
空でも・・・天界でも・・帰れ・・・」
月は、とても悲しい気持ちになって
カルフォスの傍に居てこの子を守らなければ
ならないのにと
焦燥感に駈られた。
「私は・・・・貴方を救いたいのです・・」
「・・フフ・・・救うだと?・・
・・・私は、救われたくなど無い!・・・・」
いらだったカルフォスの声に月は驚いたように
瞳を大きく見開く。
「・・・・・救われたくは無い・・・
お前の顔を見るのも不快だ・・・・」
月の瞳から涙の山が再び膨らみだす。
「・・・・・・救うと・・・・言うのならば・・・
今、私を救えたのならば・・・
月の女神ならば・・・・何故・・
何故・・父上を・・・」
「私は、ルー・・・カルフォス・・。」
ポロポロと月の瞳から涙が真珠のように
零れてシーツに染み込んでいった。
「・・何故・・・救ってくれなかったんだ・・・。」
心の底から搾り出してくるようなその声に
月は苦しくて、苦しくて・・・
天空と大地の身元にすぐに帰って
抱きしめてもらいたくなった。
「・・・・・救われたくない・・・・
誰も・・・・傍に居て欲しくない・・・私に救いを見せるな・・」
痛くて・・・痛くて・・・
激しくて・・・・
でも愛おしかった・・・・
「・・・・カルフォス・・・・
傍に・・・・居たい・・・居させてください・・」
「・・・・・・・・・・。」
「・・フッ・・・ずいぶんと・・・・泣いてばかりの
・・子供のような月の女神だな・・・・・」
余りにも泣いてばかりの
月にやっとカルフォスは振り向いてくれた。
沈黙した後あざ笑うように、でも
少しだけ優しいカルフォスの瞳に月は強く思った。
「・・・・傍に・・・居させて下さい。」




