第6話「推理」
書きだめの大切さを知った。
書き方変えました。前の話もそのうち書き換えるかもしれません。
「失礼する」
ファマスは扉をノックした。
少女を保護し村に帰ってきて、団員数名を連れファマスは少女を村のある家屋に連れてきていた。
扉を押す。キィー、という音を立てながら開いた。
「ダイン。そこで警備」
「はっ」
ダインを扉の脇に置き、ファマスはテーブルの上に座る皺だらけの老人に目礼した。
「団長殿、お話は既に早馬に乗った団員の方から聞いております」
と、老人が言う。「そちらのお嬢さんですか・・・」
「ええ」
「で、我が家には何用で?」
「このお嬢様をうちの保護することにしたのだが、そうなるとこの村の厄介になる。だからこれから詳しい話を伺うのだが村長にも同席してもらったほうが良いかと」
「ああ、なるほど、分かりました。どうぞこの部屋をお使いください」
「ありがとう」
「いえいえ、こちらも騎士団の方々に来てもらって助かっていますから」
村長は皺くちゃな顔をもっとぐちゃぐちゃにしながら笑った。
「ではどうぞ、お掛けになってください」
ファマスは椅子を引き、少女に着席を促した。
「では失礼して」
少女は浅く腰掛けた。
一見リラックスしているように見えるが、目では周りを警戒しているのが分かる。
ファマスは少女の対面、村長の隣の席に座る。
「お飲み物です」
女性団員がグラスをテーブルの上に3つ置いた。
少女は団員に目礼をしたが果実水には手をつける様子はない。
「林檎はお嫌いでしたかな?」
「あ、いえそういう訳ではありませんが・・・」
「であればお飲みになるのが良いでしょう。林檎はこの村の特産品なのです。私もつい先日知ったばかりですがね。なあに毒など入っておりませんよ。これから貴方とお話しするというのにそのような無粋な真似はいたしません」
少女は躊躇いがちにグラスを傾けた。
「冷たい」
「フフ、驚かれましたか? 私の私物に物を冷蔵する箱という魔法具がありましてね。それを使って冷やしているのですよ」
ファマスは女性団員の持っている黒い箱を手で示した。
少女は驚いた様で少し目を見開いた。
「お嬢さんのような方ならこんな物、毎日のように見てるかもしれませんが、まさかこんな辺鄙な村でお目に掛かるとは思っておらんかったでしょう?」
村長が微笑をたたえながらそう言った。
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「改めまして私、王国第4騎士団の団長を務めさせて頂いておりますファマス・バク・デオグリ、と申します。ではお話を伺いたいのですが・・・。お名前をお聞きしても?」
「ええ、構いません」
少女は逡巡し、カップを手に取り果実水に口を付けた。
「名前は・・・ハルカと申します」
「珍しい名ですね」
「そうなのですか。異国でハルカといのは、心が広く包容力があり、展望の開けた、といった意味があります」
「美しい名です」
「ええ、父と母に付けて頂いた大切な名です」
「『ハルカ』、でよろしいんですね?」
ファマスはハルカと名乗った少女の目を問い詰める様にじっと覗いた。
獲物を狙う蛇のような眼差しで、まるで品定めするようにじっと睨み続けていた。
「え、ええ。ただのハルカでございます」
少女がそう言うとファマスは先ほどの様子とは一転して優しげな笑みを浮かべた。
「ハルカ嬢、お心遣い感謝いたします。いくら王国騎士団といえどもそこら辺は結構ナイーヴな問題ですから」
「は、はぁ」
「大体の事情は察しました。もうお話は結構です。お疲れのところ連れまわしてしまってすまない。今日はお休みになると良いでしょう。どこか家を貸し出してもらいましょう」
ファマスはそう言うと申し訳なさそうに頬を掻いた。
「村長、空いている家はあったか?」
「いえ、空家は全て騎士団に貸し出しておりますが」
「んー、それは困ったなぁ」
「でしたら団長」
扉を警備していたダインが提案した。「私の家などどうでしょう」
「でもお前の家には妹がいるんだろ?」
「はい。ですが家はそこそこ広いですし、部屋もベッドもあります。なにしろ妹は同じ女性です。信用もできます」
「でもいいのか?」
「はっ、構いません」
「ではハルカ嬢、そこのダインに付いていってくれ。私はここで話があるので」
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「団長、良かったので?」
ハルカと名乗った少女がダインと共に退出したのち、第4団では数少ない女性団員であるフラン・トウェインが尋ねた。
彼女は不思議で堪らなかったのだ。
「ん? 何が?」
「彼女のことですよ」
「ああ、ハルカ嬢のことか」
「そもそもここには詳しく話を聞くために立ち寄ったのではなかったのですか? なのにあんなに簡単に帰してしまって」
「フラン、お前はまだまだ若いな」
ずっとファマスの後ろに控えていた副団長レイヴィス・オムニバスが小ばかにしたように言った。
「副団長! 私はもう21です。いつまでも子供扱いしないでください」
「いいや、まだ子供だよ。大体なんで気づかないんだ? お前一応貴族の端くれだろ?」
「いちいち煽らないでください。何に気づけというのです」
「ハルカってお嬢ちゃん、成人はしてるみてぇだが、普通こんな辺境に女一人でうろつかねぇだろ?」
「それは分かっていますよ。だからもっと詳しく話を聞くべきだった、と言っているんです」
「まあまあ最後まで聞けって。じゃあなんで一人でいたかってことなんだよ。理由として何が考えられる? はい、フラン君」
フランはしばらく沈思した。
副団長であるレイヴィスに馬鹿にされまいと、必死に考えられる可能性を考慮し答えを組み立てていく。
「実は冒険者で超凄腕の魔術師。ここには依頼で立ち寄った」
「ならわざわざ保護される必要はないし、魔術師は普通、単独行動に向かない。可能性としては低い」
「・・・実は凶悪な悪魔で我々第4団の寝首を掻こうとしている」
「良い線だ。しかし隙を作っていたが襲う気配はなし。加えて果実水にも俺が聖水を混ぜておいた。可能性は皆無」
「・・・・・・実は団長のおっかけ」
「それはありえる」
「本当ですか!?」
「でも違う」
「もう諦めました。私は未熟です。教えてください」
フランは両手を上げてお手上げのポーズをとった。
「うむ。よろしい」
レイヴィスは人差し指を立てて言う。「正解は偉いお家騒動ないし権力争い、だろう。今は祭りやってるし、それに乗じてのことだと思う」
「なぜそうなるんです?」
「考えられる理由で一番可能性が高いし辻褄が合うんだ。嬢ちゃんは自分の姓を名乗らなかった。あの嬢ちゃんが平民だなんて考えられねぇだろ? あの美貌であの所作だ。一級品だよありゃ。てことは故意に隠したってことになる。なんでだ?」
「その答えがお家騒動、もしくは権力争いだと?」
「そう。あの嬢ちゃんが貴族だったり、名のある商人の家系のご息女だったりすりゃ、こっちも口を出しづらい。そういう意図があってのことだと思うぜ俺は」
フランは、ハァと溜息をついた。
「・・・感服いたしました、副団長」
「そうか。お前がアホなだけだと思うぞ」
「それにしても面倒くさいものですね、そういった争い事というのは。しかもおめでたいお祭りの日に」
「そんなおめでたい祭りの日にも辺境の警備に飛ばされた、おめでたーい第4団」
「あぁ、お祭り行きたかったなぁ」
フランは遠い目をしている。
彼女の脳裏にはお祭りを楽しむ養成学校時代の同期が楽しむ姿が浮かぶ。
「で、どうするファマス。うちではあの嬢ちゃん庇いきれねぇと思うが」
レイヴィスはなにやら思案顔のファマスに尋ねた。
「しばらく面倒は見る。幸いこっちはハルカ嬢の素性は知らないし少しは無理が出来る。予定通り後数日この村で補給、休憩、場合によっては魔物の駆除を行う。それが済み次第、村々の巡回を再開する」
「了解」
いつまでも考え込んでいる風のファマスにレイヴィスが不思議そうに尋ねた。「で、どうしたファマス。何か気がかりが?」
「いやな。さっきフランの言ってたハルカ嬢があんなところにいた理由ってやつ」
「ああ、それがどうしましたか?」
「あながち間違いではないんじゃないかと」
ファマスはハルカを見つけるきっかけとなったあの強い圧力を思い出していた。
もし、あくまで仮の話だが、あれが自分の勘違いなどではなくまぎれもない少女の力だったとすればよもや・・・と。
ファマスの顔が知らず険しくなっていく。
その可能性が低いのは理解している。
これはただの癖だ。遊びのようなものだ。本当はそんなことはないと思っている。しかし試しに考えてみる。もしそうだったら自分は勝てるかと。
「え゛、おっかけ説ですか? 団長、それを自分で言うのはいくら団長でもちょっとアレなんじゃないですかね」