第2話「冷たい風」
王の年齢と騎士の人数、そして舞台をユーバス王国の首都シュバーユと変更。その他細々とした所を修正しました。上の3つを踏まえてくだされば読み直さなくても支障は特にありません。
ここユーバス王国ではどこもかしこも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。多くの王国民が祭りを楽しんでいた。
ユーバス王国3000年祭、天上歴3000年を祝う祭りで計5日ある内今日が3日目、堅苦しい儀式や神事がほとんど終わり、王国民は普段は飲まないような高い酒を仰いだり、10年間口も利かなかった友人同士が祭りの熱に浮かされて「すまなかった」と謝罪をしあい、普段は無愛想な夫でも妻に「愛している」と愛の言葉を囁いた。今日はそんなめでたい日である。
「おい親父!ここで一番高い酒もってこい!」と、どこかでまた一人、青年が高い酒を煽った。
今日は素晴らしい日。3000年の区切りの年。多くの王国民が幸せの最中にいた。
先ほどの青年が、子供の頃から大好きな王国城にふと目をやった。普段は真っ白で神聖な王国城。しかし今日は斜陽に照らされ真っ赤に染め上げられていた。城だけではない。道も馬も子供も大人も家も空も何もかも、今日は赤く染め上げられていた。青年はちらと恐怖を覚えた。国が燃えているように錯覚したのだ。
「おい! ラルゴ! ここにいたのか」
と、店に屈強な男が入ってきた。
「どうしたプラトン」
「どうやら今日、日が沈んだら創造主様へ供物を捧げる儀式をやるらしい。しかも王族も参加するみたいなんだが、一緒に行くだろ?」
王国民はこの世界を創ったと言われる創造主を神として信仰していた。それため創造主を尊敬しないものは王国にはいない。さらに王族は創造主からの信託を元に小国だった王国を周辺国で最も豊かと言われるまでに成長させた。故に王族は王国民の憧れの的なのだ。
「あたりまえだ兄弟! さあ行くぞ」
青年は金を給仕に払い店を出て歩き始めた。創造主への儀式に心を躍らせなが
ら。
後の人間はこの日を『赤い悪夢』と呼び、赤色をひどく忌み嫌ったのだった。
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青年は初め驚きのあまり声が出なかった。それはこの広場に集まった数えきれないほどたくさんの王国民全員に当てはまったようだ。焚火の薪が火に炙られパキパキと鳴る小気味良い音だけが響き渡る。誰もが黒い歪みから突然現れたその少女を前にたじろぐことさえできなかった。たとえその少女が、周囲より一段高く奉られた創造主のための玉座に座っていようとも。
青年は必死に何が起こったのかを思い出そうとした。
友人と創造主へ供物をささげる儀式の会場である広場に着き、厳かな雰囲気の中儀式が執り行われるのを周りの王国民と共に見ていた。供物の献上が終わり、皆が創造主へ祈りを捧げ、今後の国の安泰や家族の健康を祈ろうと跪こうとした時、少女が現れたのだった。
そこまで思い出した青年は心の中で悲鳴を上げた。この少女は何なんだと。この少女、ただの少女ではないのだ。肌で感じる並々ならぬ圧力が否が応でもそう感じさせる。長年の勘が今すぐ逃げろと告げている。しかし体は動かない。
創造主様への供物がまずかったのだろうか――違う。創造主様は器の広いお方のはず。そのようなことでいちいちバケモノを送ってきたりはしまい。ではいったいアレは何だ。考えても考えても何も浮かばなかった。
そして遂にバケモノがゆっくりと目を開けた。その瞳の赤さに誰もが呼吸を忘れた。
そのバケモノは美しかった。赤い瞳に長い睫、絹のような銀髪、高級紙よりもずっと白い肌に、辺りを照らす松明の炎が反射して艶めかしく光っている。
そう王国民たちは、バケモノの圧倒的なプレッシャーに恐怖しながらも同時にその美貌に心を奪われていたのだ。
バケモノが、ふと微笑んだ。そして永遠かに思われた静寂が去っていった。
「うわあああああああああああ」「きゃああああ」「にげろおおおおおお」
人を押し抜き、倒れた人をも踏みつけ、王国民は我先にと脇目も振らず逃げ出した。
彼らはようやく目の前にいるのがバケモノだと認識したのだ。美しく微笑むその口に鋭く尖る牙を見たから。
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あれ、おかしいぞ? ログアウトされない。
杉並は現状に違和感を覚える。GMはさっきサービス終了と共に全アカウントは強制的にログアウトさせると言っていたが、全くその気配がない。ログアウト直前に起こる、意識を引き延ばされるかのような感覚がないのだ。
まあ良いか、まだあの星空が見えるんだ。
杉並は閉じていた目を開けた。きっと目の前には満天の星空が広がっていることと期待しながら。
えぇ・・・
そして杉並は今、とても混乱している。瞼を開けてみればそこには満天の星、ではなくたくさんの人間種がいたのだ。しかもそのどれもがまったく動かない。ヴィジュアルだけでプレイヤーとNPCの見分けを付けるのは難しい。下手したら周りにいる全員が勇者かもしれないという恐怖に駆られながら、せめてコミュニケーションだけでも取ろうと微笑んだのだが。結果、ものすごい勢いで逃げられている。
立ち上がろうとして気付く、自分が真っ白な玉座に座っていることに。
「もう何が何だか・・・」
阿鼻叫喚の中、未だ逃げ出さない集団を見つけた。鎧を着た騎士たちが円を作り、こちらを警戒しつつゆっくりと後退している。そしてその円の中心にいる人間たちは他の者たちに比べずっと身なりが良かった。触り心地の良さそうなドレス、キラキラと光るジュエリー、立派に蓄えた髭、そして王冠・・・王冠?
なるほどあいつら王族か、やつらに聞けばこれがGMちゃんが用意してくれたイベントなのかそれとも不具合なのか、とりあえず何かしら分かるかもしれない。杉並は玉座から立ち上がり王族の元へ歩き始めた。
「王! どうやらあのバケモノはこちらに狙いを定めたようです。ここは我ら
が食い止めます! 早く城へ!」
「う、うむ、分かった。1秒でも多く時間をかせぐのだ」
「はっ! お前たち! 5人で王族の皆様を城までお連れしろ!」
「団長! しかしそれでは団長が!」
「いいからさっさと行けえ! 全員突っ込むぞおおおお」
団長と呼ばれた男が走り出すと他の30人の騎士たちもそれに続いた。
しかし杉並さすがカンストプレイヤー、すぐさまアイテムボックスからお気に入りの巨大な鎌――ハーヴェスト――を一切焦ることなく取り出し、HPを必ず1だけ残すスキル【峰打ち】で全員を無力化、さらに王族の元に歩を進めると周りにいた護身用の騎士5人が突っ込んできたので同じように無力化した。
一旦杉並は鎌をアイテムボックスにしまった。
5メートル程先に6人の王族が腰を抜かしこちらを驚愕の目をして見ている。しかし何かを思い出したかのように、ぱっと全員が目をそらした。
「のお小僧、お主にちょっとばかし聞きたいことがあるのじゃが」
(あれれ? おかしいぞ~? 普通に話そうとしたはずなんだけどRPしてる時の口調になったぞ? ていうか王様を小僧て、60代のめっちゃガタイの良い王様を小僧て)
「ひぃっ!」
「ビビる必要はないぞ小僧、ただ儂は聞きたいことがあるだけじゃ」
そう言って杉並は王の元まで行き未だ腰を抜かしたままの王の腰を持って立たせてやった。
「小僧、いい加減応えてくれんかのぉ」
「ヴ、ヴァンパイアの質問なんぞに答えてやるものかっ」
杉並は未だ目をそらし続ける王の頭を掴み、無理やり目線を動かした。
「ひぃっ! 目は目だけは見ないでくれ!」
「目ぇ?」
「其方らは目を見て記憶を盗み人を操るのであろう!?」
(あれ、そんな設定あったけ?)
「そのようなことは考えておらぬ、聞いたことだけ答えてくれさえすれば良い。なんなら目をつむっても良いぞ」
王は目をぎゅっと閉じ、泣きそうな顔になりながらも返事はせず何度も頷いてみせた。
「ここはどこじゃ?」
「ユーバス王国の首都シュバーユ・・・だ」
「ほう、ユーバス。あの小国のか」
「い、いや今や周辺諸国中最も豊かな国と言われておる」
「ユーバスが豊か? 冗談も大概にせいよ」
【ユーバス】はWOYでは人気のなかった土地である。作物は育たず鉱物資源もない不毛な土地であったため勇者陣営も魔王陣営も領地にしなかった。
WOYでは魔族――魔王陣営のプレイヤー――は領地にした土地の民から税金や上納金、アイテムや資源を得ることができ、勇者は教会を設置し支援国とすることで、その国から支援金や宿屋などの施設の無料化、アイテムの割引という特権を得ることができる。
杉並の知るユーバスは特産品も何もない土地、勇者にはうま味がないから無視をされ、魔族にいたっては勇者と違い領地とした土地を自ら治めなければならず、特産品も資源もないユーバスはうま味がないどころか赤字が出るため無視をされ続けた不遇な土地であったはずである。
(いったいこれはどういう事だ?)
杉並が頭を悩ませている内、あることに気が付いた。
(こいつ息をしている)
WOYは他のVRMMORPGの中で一番の再現度を誇っていた。生き物を切った時飛び散る血や部分欠損、プレイヤーの陰など、その技術は最先端だったが、再現できなかった部分もある、それは触覚、味覚、睡眠、食欲、風、体感温度、そして息遣いだった。
杉並は感覚を研ぎ澄ました。
今、王の頭を掴んでいる右手、触覚は・・・ある。
アイテムボックスから林檎を一つ取り出して、気付いた。自分がアイテムボックス画面を呼び出すことなく林檎を取り出したことに。
WOYではアイテムボックスの画面を呼び出し、そしてアイテムのイラストをタッチすることでアイテムを取り出していたはずだ。
試に「ステータス」と言ってみたがステータス画面も表示されなかった。
林檎を持つ左手が震えた。
意を決して林檎に噛り付いた。味覚は・・・ある。
睡眠はまさかこんな状況でする訳にもいかず、食欲も今の所感じない。
そんなはずはない! と理性は訴えている。しかしこれは、あまりにも、現実過ぎる。
「そ、其方の名前を申せ」
と、尋ねてきた王の言葉で、杉並は思考の渦から抜け出した。
そしてどうしたものかと頭を悩ませた、この世界は本当にゲームなのか、この懸念が鎌首をもたげ、問いに答える事ができなかった。
その沈黙を王はどう捉えたのだろうか。
「す、すまぬ! 其方が答えたくないというならば無理に答える必要はない!」
杉並は林檎を握ったままの左手を見た。形の良い少女の手だった。
「いや、小僧。名乗ろう。儂の名はアザーテュ。不死王アザーテュじゃ」
その時、突然風が吹いた。その風はアザーテュの頬にあたり、彼女は左手に持っていた林檎を落とした。
彼女は寒いなと、心の中で呟いた。