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第1話「楽園の終わり」

11/3修正しました。

『The World Of Yours』通称『WOY』は技術が進歩しVRヴァーチャルリアリティを実現させた現代に7作目のRPGとして登場したVRMMORPGだ。7作目とサービス開始は遅かったのにもかかわらず、プレイ人口は全盛期には5000万人にまで達し、世界最高のMMORPGとまで謳われた。

 その人気の秘訣は地広大なマップ、自由度の高いゲーム性、数えきれないほどのアイテム、そして目新しいシステム――各プレイヤーは勇者陣営もしくは魔王陣営、つまり正義か悪かに分かれてこの世界の覇権を奪い合うというPKプレイヤーキルが推奨された初めてのゲームであることだった。正義に憧れた少年少女の心を持った者は勇者側に、社会に絶望したオトナたちは魔王側に、互いの領土や資源、都市や国民エヌピーシー、金を求め戦った。そこでは皆がせめてこの世界だけでも手に入れようと熾烈な争いが繰り広げられていた。しかしあることがきっかけとなり、ついに今日『The World Of Yours』はサービス終了の日を迎える。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



 「ついに今日で終わりなのか・・・」


 暗い部屋の中、家主の男――杉並遥すぎなみはるかが言った。WOY、あの世界は彼にとって全てだった。思い通りにならない、この世界、そんな彼にとってあの世界ではまさに至高の世界だった。しかしそんな世界もジ・エンド、今日で終わりを迎える。杉並は机に置いてあるヘッドギアを手に取った。半年ぶりの冷たい触感は、暗に彼をなじっているかのようだった。

 杉並は魔王側陣営のトップランカーだった。月に一回発表される戦歴では彼が常に魔王陣営トップで、実質魔王陣営のボスだった。彼のアバターであるヴァンパイアの可憐な少女――名前はアザーテュ――と共に世界と勇者を蹂躙し、一部ではアザーテュこそがこの世界の覇王とまで謳われた。そんな彼がWOYを引退したのは半年前になる。


 「もう行こうか」


 杉並は椅子に座りギアを頭にセットし電源を入れた。あの最高だった世界を目指してログインした。サービス終了は深夜12時。1時後である。




 『魔族の始まりの街』に彼は着いた。ここは魔王陣営の新規プレイヤーがまず初めに飛ばされる場所である。勇者陣営は『希望の溢れる街』に最初に飛ばされる――ちなみに各陣営が治めている場所にしかログインできない。彼が数あるログインポイントの中からこの場所を選んだのには理由がある。

 辺りには魔族のプレイヤーがたくさんいた。これほど魔王陣営の魔族がログインしているのはいつ振りだろうか。杉並は魔王の一人として今の状況を恥じ入った。


 「アザーテュさん!」


 彼は振り返る。たくさんいる魔族の中に一際目立つアバタ―を見つけた。


 「おぉーGMさんじゃないですか、お久しぶりですー」


 振り返った先にいたのは美しい女性だった。GM――つまりは運営のパトロールやイベントの説明用のアバタ―である。身長は170センチと高め、鋭い目にしなやかな四肢、服を着ていても隠し切れない豊満な胸、しかも中の人がおっとり系の女性と言う訳でアバタ―人気投票では8年連続1位を死守――ちなみにアザーテュは万年2位――そして何より背中から生える白い翼――このゲームではプレイヤーの選べる種族に翼を持つ種族はいない――のために彼女を見間違う訳がない。杉並は最後に交流のあったGMに会いに来たのだった。ここにいるだろうと当たりを付けて。


 「お久しぶりですーいつ見てもアザーテュちゃんは可愛いですねぇ」

 「嫌味にしか聞こえないんですが」

 「まさかー、私はあなたの方が可愛いとホントに思ってるんですよ」

 「本当ですかぁ? あはは、それは素直に嬉しいですね」


 アザーテュは見かけ十代半ば程で、すらっとした四肢、長い睫、鋭く尖った犬歯、赤みがかった瞳をしており、肩口まで切りそろえた絹のような銀髪や目じりにあるほくろが、十代半ばの少女独特の割れ物かのような雰囲気に妖艶さを交えており、いかにも美少女然としたアバタ―をGMは気に入っていた。


 「このアバタ―も他のスタッフが総力を挙げ、それこそWOYを制作している時以上の情熱を持って作り上げたものですが、私としてはこんなお姉さんのような外見ではなく、アザーテュさんのような少女の外見が良かったんですけどね、他の男性スタッフがどうしてもお姉さんキャラが作りたいと言うもので」

 「う、うわあ」


 最後の最後で運営の性癖を知ってしまった。


 「しかしなんででしょうね。私としてはアザーテュさんが1位になっても良いんじゃないかと思うんですが」


 と、首を傾げるGM。外見と仕草のギャップがとてつもない。可愛い。杉並も例に漏れずGMのファンだったりするのだ。


 「いやーそりゃ、僕が男だからでしょ」


 勘違いされがちだが、杉並はネカマがしたかった訳ではない。単純に、少女が戦闘で無双したらカッコよくね? ロマンじゃね? と思って少女アバタ―を使っていたのだが、魔神――勇者側のカンストが200レベル、魔王側のカンストが1000レベルに対して魔神は最大3000レベルという化け物――が超絶気持ち悪い外見をしており討伐に向かった勇者陣営、また別日に討伐に向かった魔族陣営のプレイヤーがその気色悪さのせいで戦意を喪失し、女性プレイヤーにいたってはその場から逃げ出した。

 しかし唯一逃げもせず、すぐさま魔神に攻撃を仕掛けたプレイヤーがいた。それがアザーテュだった。

 後日、性別を詰問された杉並は別に隠していたわけではなかったので素直に男だと言うと、勇者側だけでなく、魔王側にをPKを挑まれた。彼の一人称が『僕』だったことが招いた不幸な事故だった。


 「あーー」


 GMが遠い目をしている。騒ぎの火消しが大変だったのである。


 「でもそれも今となってはいい思い出ですけどね」


 と、杉並が言うと


 「本当にごめんさない、我々が不甲斐無いばかりにサービス終了になってしま

って」


 と、GMが神妙に頭を下げた。


 「いえ、これはGMさんのせいじゃありません。魔王の一人である僕にも責任があります」

 「しかし、こちらはああなることも予想できていました。それに対処できなかった我々に責任があります。本当に申し訳ありません」


 WOY、このゲームをサービス終了にまで追いやったのは勇者陣営のプレイヤーであった。彼らは複数アカウントをを取りその全てを勇者側のアバタ―として登録することで魔王側を数で圧倒した。そして掲示板などで魔王側の蛮行をでっち上げ、共に魔王を打ち破ろう! と声高々に宣言し、新規プレイヤーの多くを勇者陣営に引き込んだ。

 ここまでは良かったのである。戦略が命のこのゲームにおいてそれもまた戦略。勇者側を非難する声もあったが、多くはそれを良しとした。勇者陣営と魔王陣営は慣れ合ってはダメなのだと、片方が片方を滅亡させることがこのゲームの醍醐味だと言って。

 しかし、勇者陣営はその数の暴力をもって侵略ではなくWOYへの妨害を始めた。暴走した彼らは執拗なまでのPK、マナーを無視した行為、そして何よりこのゲームの醍醐味であった、勇者陣営VS魔王陣営という設定も無視し始めた。勇者陣営は魔王陣営の領土を奪う訳でもなくただひたすらに迷惑行為に明け暮れた。そして魔王陣営のプレイヤーは去り、醍醐味を失ったWOYは今日サービス終了を迎えた訳だった。


 「GMさん止めてください。周りのプレイヤーからの視線が痛いですから」


 GMが一個人に対して頭を下げている様子はとても目立っているようで、わらわらと人が集まり始めた。

 今頃、【希望に溢れた街】は大変などんちゃん騒ぎだろう。『人類の勝利だあああ!!!』と悦に浸っている者がいるのかもしれないし、古参の勇者がそれに腹を立て怒鳴っているかもしれない。しかし、杉並にとってはもう勇者などどうでも良かった。

 『あいつ、魔王のアザーテュだぞ』『ほんとだ今更何のようだ』『どうせサービス終了だから様子見に来ただけだろう? 使えない魔王だぜ』

 周りに集まった魔族のプレイヤーから不満の声がぽつぽつと湧いてきた。


 「アザーテュさん、あのような声はお気になさらず、責任は我々にありますので」

 「いえ、彼らの言っていることも事実。皆をまとめきれなかった私に不満があるのは当たり前でしょう。じゃあGMさん僕はこれで、行きたいところがありますので」


 そう言ってアザーテュの姿は転移魔法で消え去った。周りに集まった魔族のプレイヤーも徐々に去っていき残されたGMは一人「ごめんなさい」と呟いた。






 大魔王領【クラシカ】、杉並は自分の領土に着いた。引退して半年経ったのにもかかわらず、彼の領はまだあった。勇者陣営は侵略などせず、勝手気ままに遊びまわった。故にまだ領地が残っている。

 そこにまさに魔王城といった壮大な城があった。城のデザインはプレイヤー自身がモデリングすることができる。前時代のRPGが好きな杉並はリアルマネーに糸目は付けず、多大な時間を費やして作り上げた自慢の城である。城は強靭な守護の魔法の掛けられた塀に囲われており、いくら高レベルのプレイヤーと言ってもその塀を壊すことも、飛び越えることもできない。そんな守りで固められた城ではあるが唯一正面の城門だけ、カギを常に開けた状態で、獲物ゆうしゃが来るのを今か今かと待ち構える獣の口の様である。

 その城門を通り中に入ると目に飛び込むのは美しい中庭、さらにその先重厚な城の扉を開けると中は豪華絢爛ごうかけんらんの極みを尽くした素晴らしい内装の数々、赤いカーペットにはシミひとつなく、シャンデリアの光が煌びやかな内装に反射して辺りがキラキラと輝いて見える。そしてその城の十階さいじょうかいには玉座の間がある。

 

 レベルが1000になりカンストしたプレイヤーは魔王の称号を与えられる。魔王になったプレイヤーには一人一人城が与えられ、その下に未だ魔王になれない魔族のプレイヤーがその魔王の部下として働く。これがこのゲームのシステムである。

 魔王陣営最強と言われたアザーテュは己の部下のプレイヤー、そしてNPCプレイヤーに加え、他の53の魔王を従え、大魔王として魔王陣営を引っ張っていた。魔王になるとステータスの底上げが行われるが、魔王ではない魔王陣営プレイヤーは、レベル1から勇者という称号を与えられ初めからステータスが底上げされている勇者にはステータス的には敵わない。

 そこで魔王陣営は大魔王という存在しない称号をでっちあげ、アザーテュを総元締めとすることで魔王陣営の強化を計った。対する勇者陣営は個々の能力値が高いため魔王陣営のように一枚岩になる必要がなく、少人数のパーティーやより規模が大きいクランを結成した。

 まさに古き良きRPGである。魔王軍は群れ、勇者はそれに少数で挑む。WOY運営は不確定要素の多いプレイヤーを用いながらも、その完璧な布陣を完成させた。この事実にプレイヤーたちは歓喜し、これから待ち受ける試練に心躍らせた。

 そう長くは続かなかったが。

 

 杉並は玉座の間に着いた。ここは杉並が勇者との最終決戦の場にするため余計な物は置かれていない。あるのは玉座と光源と魔王の旗、そして彼だけ。

 玉座の傍らに佇む彼がいた。背は高く眼鏡をかけており、いかにもインテリと言った雰囲気の彼は人ではない。NPCである。アザーテュの執事という設定で侍らせていた従者である。懐かしい。そう思った。

 杉並はいざ玉座に座ろうとして止めた。最後の最後で自分は魔族をまとめることができなかったのだ。そんな自分に玉座は相応しくない。そう思い始めると何だか自分にこの城自体が分不相応な感じがしてきた。杉並は彼の燕尾服を撫ぜた。彼の燕尾服が杉並の一番のお気に入りであった。次に杉並は彼の頬を撫ぜ、今までありがとう、とだけ呟いた。

 杉並は城を後にした。




 杉並は思い出の場所に来ていた。初めてモンスター――NPCの魔族――を倒した【暗闇の森】だ。そこに彼のお気に入りの場所がある。

 【魔族の愛する大樹】というオブジェクトがある。その名の通り大樹なのだがそれに登ると空がぐっと近くなり夜になると星がきれいに見ることができる。彼はその景色が好きだった。この星空を見ながら終わりを迎えたい、と城を出てからそう思ったいた。

 時刻は深夜11時57分、どうやらギリギリ間に合ったらしい。杉並は大樹のてっぺんで仰向けに寝そべった。今日も相変わらず星は綺麗だ。

 そして彼は後悔した。もっとうまくやれたのではないかと。かつての自分は強力な発言力を持っていたはずだ。しかしそれをうまく使う事ができなかった。自分は馬鹿だと何度も呟いた。

 

「もしも次があったら今度はうまくやりたいなぁ・・・」


 消え入りそうな擦れた声で彼は言った。

 それがこの世界での最後の言葉となった。

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