008 「カジュアルな感じではじまる」
僕とナツは、仲良く並んでパイプ椅子に座り、屋上でコーラを飲みながら夜がくるのを待った。
スリムなジーンズの上にデニムのジャケットを羽織ったナツには、いいおんなというよりはハンサムな女性という印象を僕は持つ。
一見ナイーブで物事にこだわらない感じがするが、その瞳には時折屈折した陰りが過るような気がする。
けれど、気のせいなのかもしれない。
僕らは陽が沈むまでの時間を、お喋りして過ごした。
色々喋ったにも関わらずお互い自分自身のことは、殆ど語らない。
じゃあ何を喋ったかというと、ほぼオタクな話だった。
ギブソンのパターン・レコグニションからはじまって、グレッグ・イーガンや攻殻機動隊、ウォシャウスキー姉弟やらザック・スナイダー、新海誠に虚淵玄なんかの話をだらだらと続ける。
ナツはひとのことをオタクと呼びながら、自分自身も結構なものだと思う。
でもそのことを指摘してみても、鼻で笑うばかりだ。
あまり中身の無いことを、だらだらと話ているうちに夜が降りてくる。
燃え盛るように赤く染まっていた西の空は、いつしか残照の濃い藍に変わっていた。
空の高いところに金色の月が輝いているため、その明るさのあまり星が見えずかえって夜の闇は濃くなっている。
世界が燃え尽きた後の炭化した瓦礫が、空に詰め込まれているようだ。
最後の残照が沈み終わったころにナツは立ち上がり、薄く笑って僕を見下ろす。
「じゃあ、はじめようか」
その驚異的な出来事は、奇跡のもつ衝撃はなくもっとカジュアルな感じではじまった。
そう、それはなんということもない日常の延長として、起きているようにすら思う。
しかし、それは十分に驚異的な出来事であった。
ナツの身体は、黒い霧のようなものに覆われる。
それは蠢く影となって、屋上の床に横たわっていった。
夜の闇の中で、屋上では小さな蛍光灯がつつましい光を放っている。
その光が生み出す小さな空間に、夜の闇を凝縮した漆黒の飛行機が出現した。
僕は、少し唇を舐めて呟く。
「驚いたな」
僕は、全長が3メートル程度の小型飛行機を眺めながら呟いた。
「まさか、F14・トムキャットの恰好してるなんて、想像もしなかったよ」
その小型飛行機は、コックピットのキャノピーを開いた。
F14の形はしているが小型であるため、当然単座式である。
コックピットから、ナツの声が聞こえてきた。
「乗ったらいいよ、アキオ」