075 「漆黒の翼を持つ天使」
嵐の中を舞う木の葉となり、風に翻弄されるヘリを無理やりコントロールしながら高度を上げていく。
わたしは眼下に広がる真紅の海となった、焔の大地を見る。
黒竜式は、いつしか歩みを止めていた。
元々暴走している黒い龍たちに意志があるとも思えなかったので、停止したことにも何か意味があるのかは判らない。
ただ街を焼き付くそうとしている焔は勢いを全く変えず、地上を蹂躙し続けている。
「見ろよ、リディア」
スミスが、焔の中を指差す。
はじめは、なんのことかわたしには判らなかった。
それは、とてもゆっくりとおこっていたからだ。
地上に落ちた太陽がごとく光り輝くその焔に、わたしは黒い影を見つける。
真紅の水に、黒い液体を垂らしたかのようにその影はゆっくりと広がっていった。
やがて、その影は見間違うことのないほどの明確な広さと形を備えはじめる。
それは、翼であった。
おそらくその全長は、100メートル近くあるのではないか。
そんな大きな翼が、真紅に燃え盛る地獄の焔を覆うように広げられていく。
いつしか、百一体のゴジラサウルスは、完全に動きを止めていた。
赤い海にそそり立つ、漆黒の彫像と化している。
次第に、世界は静けさに包まれていく。
あれほど激しく立ち昇っていた真紅の稲妻も、今は完全に消滅した。
紅蓮の焔は、湖の静けさを纏い廃墟となった街を、満たしている。
わたしは、息をのんだ。
影にすぎないように見えていた漆黒の翼が、ゆっくりと焔の中から浮上しつつある。
「ファティマの予言が、告げたとおりじゃないか」
わたしは、少し掠れているスミスの声を聞く。
このおとこにしては珍しく、感情を現している。
スミスは、畏れを抱いていた。
それは、わたしも同じだったと思う。
今まさに、予言に告げられていた漆黒の翼を持つ天使が、降臨しようとしている。
気がつくと、空を覆っていた黒い雲に亀裂が入っていた。
その岩盤のように厚い雲にできた亀裂から、太陽の光が天使の階段となって地上へ降りてきている。
その天使の梯子に導かれるように、漆黒の翼は焔の中から立ち上がってゆく。
わたしは、信じがたいものを見ていた。
廃墟となった地上のどんな高層ビルよりもさらに高く、漆黒の翼が天に向かって伸びてゆく。
焔の湖からブラックスワンが飛び立つように、黒い翼が天へと広げられた。
わたしは、さらに驚くべきものを見る。
翼の根元には、巨大なおんなの姿があった。
20階建のビルくらいの身長がある漆黒の肌をしたおんなが、巨大な翼を広げて空に飛び立とうしている。
まさにその姿は、漆黒の翼を持つ天使であった。




