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059 「ファティマ第三の予言」

東京湾の上空で、一瞬だけ光が瞬く。

宵の明星が、昼間に落ちてきたかのようだ。

「どうやら、始まったようだね」

わたしの呟きに、ジョン・スミスは片方の眉だけをあげて応える。

わたしは、咥えていた煙草に火をつけて吸い込む。

この煙草を吸い終わるまでには、決着がつくだろう。

いや、もう少しはやいかもしれない。

「なあスミス、あんたはどう思っているんだ」

スミスは、無表情のままわたしに目を向ける。

「あんたは、このまま世界が滅ぶと、思っているのか?」

スミスは苦笑するように、口を歪めた。

「判らない。判らないが、ひとつ思っていることはある」

「へぇ」

わたしは、口の端を少しあげる。

スミスはとても不思議な表情を、目に浮かべた。

このおとこには珍しく、戸惑っているような色だ。

「リディア、お前はファティマ第三の予言を、知っているか?」

わたしは、眉を顰める。

「確か20世紀初頭だかにポルトガルの片田舎で、子供たちが聖母マリアから聞いたとかいう予言だったか」

スミスは、頷く。

「一番目の予言は、第一次世界大戦の終了を告げる。第二の予言は、第二次世界大戦の開始を告げた。第三の予言は、あまりに恐るべき内容だったため、バチカンが秘匿した」

わたしは、苦笑する。

「バチカンは、公開したはずだよ。確か、法王の暗殺を予言したとか」

「全てが、公開されたわけではない。知らされたのは、一部分だけだ」

わたしは、肩を竦めた。

「まさか、カンパニーはそんなオカルト予言の調査までやったというんじゃ」

「やったんだ。まあ、第三の予言がらみでハイジャック事件まで起こったからな。陰謀説じゃないが、裏が無いか調査をすることになった。そういう馬鹿げた調査は、おれたち外注がやるんだ」

「話が、見えないが」

スミスは、なぜかナイーブにも見える目でわたしを見ている。

スミスの顔はまるで信仰を吐露しようとしている、罪人に見えた。

「おれはハルオたちを調べているうちに、思ったんだ。ファティマの予言ってのは、バギュームが生み出した夢だったんじゃあないかってな」

わたしは、大きく口をあけ閉じた。

それは、肯定できないのと同じくらい、否定しがたい話だ。

スミスは、戸惑いながら話を続ける。

「第三の予言の内容は、こうだ。聖人たちが廃墟となった街を歩く。聖人が山上の巨大な十字架に辿り着いた時、彼らは白衣の兵士によって撃ち殺される。天使たちは、その聖人の血を水晶で出来たジョウロに集めた。公開されているのは、ここまでだが」

「その先が、ある訳だな」

スミスは、頷いてみせる。

「地上は地獄の封印がとかれたため、紅蓮の焔に飲み込まれる。サタンたちは、その焔と共に行進して地上を崩壊させてゆく。そして水晶のジョウロに聖人の血を集めた天使は、その血を紅蓮の焔へ向かって撒く。その血から、漆黒の翼を持つ天使が生み出されるんだ。黒い翼の天使は、紅蓮の炎を鎮火させる」

なにかしんとした雰囲気が、わたしとスミスの間に降りてきた。

わたし、無理やり笑った。

「バギュームは、バクテリアだろ。なんだって予言をするんだよ」

「バギュームは、ディラックの海と繋がっている。ディラックの海は虚数空間であり、負の情報エントロピーを持つ。つまり、その中では時間が逆転している」

スミスは、自嘲するように笑っていた。

「おれはな、リディア。ナツがその、漆黒の天使だと思えてしまうんだ」


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