044 「びっくりするくらいに平和な島国」
「味方だって?」
僕とナツは、呆れて目を見合わす。
凄みのある笑みを浮かべたおんなは踵を返し、カラシニコフに見える自動ライフルを構えたまま、走り出した。
「逃げたいんなら、ついておいで。出口に案内してやる」
おんなは背中ごしに、叫んだ。
ナツは、殆ど躊躇うことなくおんなの後ろに続いた。
僕も、慌てて後に続く。
「で、誰なんです、あなたは」
「言ったろう、リディア・リトヴァクだ」
僕は、ため息をつく。
まあ、名乗るつもりはないんだろうけれど、スターリングラードの白百合はまだジョン・スミスよりはましだと思う。
多少は、ウィットを感じられた。
僕らは暗い通路を、結構なペースで駆けつづける。
いくつかの鉄製の扉を、リディアが解錠して抜けた。
ナツは意外と平気そうだが、運動不足の僕としてはひどく息切れしてついていくのが精一杯だ。
30分ほど走ったあたりで、リディアが立ち止まる。
ナツは戸惑った顔をしたが、僕は膝をついて激しく喘ぐ。
少し、悪戯っぽくリディアは笑い、口に指をあてる。
ずん、と深いところで何かが響き、ごく微弱な揺れがきた。
「カネダのやつの仕掛けた爆弾は、ちゃんと作動したようだな」
リディアは楽しげに笑いながら、僕を見る。
「坊や、もう少しだ、死ぬ気で走れ」
なんとか立ち上がった僕を、ナツは馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ見ている。
僕らは、もう30分ほど真っ直ぐな地下通路を走ることになった。
僕が限界に達し、倒れこみそうになったころ、リディアは突き当たりの扉を開く。
そこは、明るく大きなトンネルだった。
しかも、道路や照明がさっきまでの廃墟じみたところと違い、真新しい。
その景色に、僕は見覚えがあった。
「ここって、まさかアクアトンネル?」
「正解」
リディアは、笑って頷き路肩にハザートランプを点滅させて停めてあるワンボックスカーに向かって走る。
「乗りな」
リディアの言葉に促され、僕とナツはそのワンボックスカーに乗った。
車の後方は荷物積載用のオープンスペースになっており、ベンチ状の補助椅子がある。
僕とナツは、その補助椅子に座った。
リディアはカラシニコフを革ケースに収めると、無造作に床へ放り出す。
多分今は、深夜の最も車が少ない時間なんだろう。
時折トラックを見かけるだけのアクアラインを、ワンボックスカーは走り抜ける。
気がつくと、僕らは首都高速に乗っていた。
驚くべきことに、検問も無く、上空からステルスヘリコプターが降りてくる事もない。
リディアは、突然げらげら笑う。
「ま、びっくりするくらいに平和だね、この島国は」
横浜の街を遠くに見ながら、僕は苦笑いをしてリディアの言葉に頷く。




