030 「空は、戦いの庭であるとすれば、海底は隠れ家となる」
海の底は、静寂に満ちている。
おれとおれの乗る黒竜式百一号は、その静寂に溶け込んでいた。
空は、おれにとって戦いの庭であるとすれば、海底は隠れ家ともいえる。
海底は陰鬱な圧力で、全てに覆い被さり支配していた。
おれはその圧力の中で、息を秘そめ隠れすむ。
しかし、今おれは海の中で戦いを挑もうとしていた。
それは多分、最後の戦いが近いということを意味している。
おれは、コアブロックをナツの中に埋め込み隠した。
単に物理的に彼女の血へ、溶け込ましたというだけではない。
それは彼女の失われた記憶とともに、血の中で暗号化して隠匿されている。
だから、彼女の記憶が回復するまでは見つけられることはない。
おれは、カンパニーの手から脱出すると共に、ナツの中にコアブロックを隠した。
今ようやくカンパニーの連中が、ナツを見出そうとしている。
ナツの記憶が戻らなければ、カンパニーとてコアブロックを手に入れることはできない。
しかし、ナツがカンパニーの手に落ちている状態で記憶を取り戻すことがあれば、やつらがコアブロックを手にしてしまうことになる。
おれは、ナツを奪い返さねばならない。
海の底は、小型無人潜水艇AUVが這い回っている。
おれを探し回っているのだろうけれど、やつらに見つかるほどおれは間抜けではない。
常温核融合を動力源として使用する黒竜式は、ほとんど音を発しなかった。
その上、バギュームにより生成されたボディは、ソナーに反響することはない。
おれは、騒々しくAUVが嗅ぎ回る海域を幽霊の静けさを纏って抜けていく。
目指す先に、カンパニーの船があった。
アラパホ・システムで輸送船を換装して造られた、航空支援艦である。
ハリアーやヘリを搭載し、STOL用空母として使うことがてきる船であったが、航空甲板を輸送コンテナで隠しただのコンテナ船に偽装していた。
おれは、カンパニーの航空支援艦の近くで待機する。
カンパニーが、ナツをつれてくるはずだ。
闇と静寂が、全てを押しつぶすこの海の底でそれを待っている。




