002 「僕は4年間引きこもった後、ひとと会うことにした」
これは、僕が4年間引きこもった後で、4年ぶりにひとと会うために外出したときの話になる。
僕は、3年間働きつづけた。
週に120時間は越えるくらいのペースで働き続けた末、会社をやめる決心をする。
なぜ、会社をやめることにしたかと言われると、よく判らないのだけれど。
いや、そもそもなぜ働いているのかも、判らなくなってしまっていた。
つまりは、そういうことなんだと思う。
僕は、自分が何ものかでありうるということを、自分に示すために働いていたような気もする。
でも、ある一線を越えると、もう自分というものがなんであるのかさえ判らなくなってしまう。
連続的な自分の意識というものが希薄になってゆき、ある種の反射だけで働いているような気分になっていく。
仕事ってそもそも、そういうものなのかもしれないとも思ったけれど。
いやいやそんな訳ないだろうとも、思った。
そうした葛藤を続けている内に、もう仕事を続けられなくなっていることに気がついたんだ。
3年間働いて、僕にはそれなりの蓄えができていた。
だから、まず何もせず自分の中から何かが湧き起こることを待ってみようと思い、結果引きこもりになる。
初めは、数日で耐えられなくなるのではないかと思ったのだけれど。
引きこもってみると、意外にその生活に順応していた。
ネットがあれば、外出することもなくほとんどのものが手に入る。
まあ、そもそも何かを欲しいと思うことが、無くなっていたんだけど。
それでも、最低限の食料品や生活必需品もネットで手に入れていたので、本当に外出しなくなっていた。
ひきこもって結局何をしていたのかといえば、ネットを放浪していただけだ。
そうしているうちにきっと、焦燥感に突き動かされ、外に出ることになるだろうと思っていたけれど。
予想外に、僕を突き動かすものは立ち現れなかった。
つまり、それほど僕はからっぽになってしまっていたんだろうと思う。
その僕が、外に出る決心をしたのはあるひとと会うためだ。
僕がみつけたのは『わたしは、「風の谷のナウシカ」が嫌いだった』ではじまる一連の書き込みだった。
まあ、なんてことはないことが書かれていたのだれど。
なぜか、そこに奇妙なひっかかりを感じた。
とても馬鹿げたはなしなんだけれど、このひとは本当に空を飛べるんじゃないかと思ったんだ。
危うい、そう思う。
僕自身に対してと、その僕が空を飛べると思ったひとに対しても。
なぜか、同じように危うさを感じる。
なぜだか、よく判らない。
判らないことだらけだけれど、気がつくと僕はメールを送っていた。
とても驚いたことに会うことになるまで、それほど時間はかからなかった。