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すっかり仔猫にデレデレになってしまった千夏の隣に、悠理が同じようにしゃがんで来たことに気づいたときには、悠理は猫に向かって恐る恐る手を伸ばした後だった。
「猫、ねぇ……。
ねぇ猫くん。 君が土下座して懇願するなら、もう一本にぼしをくれてやらなくもないよ?」
得意の悪戯顔でその仔のことを撫でながらそう言った。
本当に猫に会ったことがないのだなと再認識する。
もちろん当の仔猫は清々しいほど知らん顔で、今度は悠理の手に頭を擦りつけた。もちろん土下座なんてするわけもない。
完全スルーされてカチンと来たのか悠理は手を引っ込め立ち上がる。
「なんだよこいつ。
そんな甘えてきたって……にぼしはやらないから!」
仔猫相手に何故そんな反抗的なのだろうか。
すっかりペースを崩されまくっている悠理の姿のせいで、千夏は笑いを堪えるのに必死だった。
なるほど。悠理は引いてダメなら押してみろのタイプか。
今度何かをお願いするときにでもこの戦法を使ってみることにしよう。
ようやく一件落着、と千夏が腰を上げようとした時。
千夏の隣に――悠理とは反対の方だが――もう一人の人物が猫に向かい合うようにしゃがみ込んだ。
千夏の目の端に映り込む、ゆるい癖っ毛の黒髪。
もはやこの場には3人しかいないのだから顔を見なくても分かる。
蓮だ。
本当に今日は蓮が別人にしか見えない。
こんなに交友的なはずないのに。
――もしかして、相手が「人間」じゃないから?
千夏が声を上げる暇もなし。
蓮は無表情のまま、ウトウトし始めた仔猫の状況などまったくお構いなしに、まるで無機物を持ち上げるかのようなあっさりさで仔猫の首根っこを鷲掴んで持ち上げた。
その唐突すぎる無神経な行動に、千夏はおろか、仔猫に反抗しっぱなしの悠理までもが驚愕の表情を隠せなかった。
「えっ、」
「ちょっ…」
当然ながら、微睡みに落ちかけていた猫も驚いているようで、一気に覚醒したその大きな瞳を目一杯大きく広げて蓮を見やる。
眠りを妨害してくれた相手に対して怒りを込めた一鳴きと、鋭い爪攻撃をお見舞いしてやる、と言わんばかりに腕を持ち上げた。
――が、それは寸前で終わってしまった。