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「……さぁね、そいつに聞いてみればいいじゃん。」
先程までの怒りはどこへやら。急にふいっと顔を背けられ言葉を濁されてしまい、千夏まで困惑させられてしまう。
「聞いてみろって……、喋らないじゃん。この仔。」
助けを求めて後ろを振り返ってみても、目に写った小さな天使は千夏の気苦労を全く興味なしのご様子で。そのしなやかな体を捻らせて毛づくろいの真っ最中だ。
困って視線を悠理に戻しても悠理は悠理で一向に喋ろうとしない。
このもどかしい状況に思わず深いため息が漏れる。
しかし、その答えは唐突に、千夏でも悠理でも、小さな天使でもないところから降ってきたのだ。
「大事にとっておいたにぼしを食おうとした時にそいつに食われて、しょーもなくキレてんだとさ。」
悠理を通り越した向こうにいるのは、狸寝入りを決め込んで関与してこないと思いきっていた黒髪の男――蓮だ。
こういう何気ないことには全く興味がないと言っていたその本人が聞かれてもいないのに答え、更に目を凝らして見れば小刻みに肩を震わせているあたり、実はしんねりむっつりなのでは、という疑惑が千夏の脳裏に浮かび上がる。
「にぼし……?」
「はぁ!? おまっ、見てもいないくせに何テキトーなこと言ってくれちゃってんの!?
つーかにぼしなんてちっぽけなもの程度で俺がこんな奴にムキになるわけ――
「饒舌で完全否定するあたり、もうアウトだろ。」
普段口数が少ない蓮に完全に言い負かされ、恨めしげな視線をぶつけて反抗する悠理に聞こえないよう、千夏は2度目のため息をついた。
にぼし程度で危うく、悠理の持つ特殊弾丸銃が轟かせ、この世から罪のない純粋な命が1つ消えてしまうところだったのだ。
しかも、超重力空間で対象を押し潰し破裂させるという、見る側も食らう側もトップクラスで惨い殺し方で。
さらには、止められる距離に目撃者がいながら、その人は止める気すらないとは。
この2人の常識外れな行動に呆れて、早くも3度目のため息が零れる。
「人間」の姿をした「人間」ではない奴らに果たして人間の常識を大切にする気持ちはあるのか甚だ怪しいが。
「……ってか、こいつ何? 犬に似ているようで全然違うみたいだけど。」
ようやくにぼしの怒りをひとまずは収めた様子の悠理が改まったようにその仔へ好奇の目を向ける。
犬を知っていてこっちをしらないというのも珍しい気がするが。
「え? あぁ、この仔は『猫』っていうんだよ。 可愛いでしょ?
首輪付いてないし、この仔はノラだろうけど、ずいぶん人懐っこい野良猫だね。」
言いながら千夏が手を招く仕草をして見せると、茶毛の仔猫は、少し眠たげな眼差しを千夏に向けながらためらいなく近づいてきた。
擦り寄ってきた仔猫の耳の裏あたりを撫でてやると、まるで人間のように気持ち良さそうな顔をするもんだから、無意識に千夏の頬は緩む。
これだから猫派はやめられないというものだ。