忌まわしい記憶 #9
大事な人を護るために人を殺した「僕」
また人を殺した。訓練どおりに。今度は考えもしないで。狙いもしないで。
確信した。確信してしまった。自分が単なる戦闘マシーンになっていることを。自分がただの人殺しであることを。
いくら大事な薫を助けようとしたとしても、ナイフ程度しか持っていない男たちを相手に、特殊部隊員としての訓練を積んだ人間が、ハンドガンで立ち向かう必要など無かったんだ。あの時、訓練どおりにハンドガンを抜いて敵を撃ち殺していた。しかも五人。五人も殺す必要は無かった。
訓練どおりに動く自分の身体に嫌悪した。
そのことがあってからしばらくは、平穏な毎日が続いた。薫も無理に出かけようとはしなくなり、皆が安堵した。たまに出かけたときでも、襲ってこようとする連中はどこにもいなかった。
そしてその年が明けてすぐに、彼女は家族と一緒にロシアに帰っていった。見送りに行った空港で、彼女は僕の顔を見てとても寂しそうな、泣きそうな顔をした。何か言いたそうだった。でも、彼女は何も言わなかった。そして何も言わないまま飛行機に乗り込んだ。
薫と一緒にいたのは、日本風に言えば、僕が中学二年の九月から中学三年の一月までだった。一年と三ヶ月。
それからは、家族を警護することに専念した。勉強は兄貴が教えてくれた。母が買い物に行くときは必ずついていった。父と兄貴が仕事場へ行くときには僕がハンドルを握って送迎した。兄貴は高校生のくせに、父親の仕事が手伝えるくらいに頭が良かった。
仕事が休みの日には(あまり無かったけれど)、家族全員で街の洒落たショッピング・モールへ行ったりもした。
何も起こらない平穏な毎日が続いた。このまま訓練が無駄になっていけばいい。そう思っていた。僕は単なる戦闘マシーンで、ただの人殺しではあったけれど。
三月になり、父親がこう言った。
「創、お前日本の高校に通う気は無いか? これから手続きすればちょうど入学式に間に合うぞ」
嫌だった。家族から離れるなんて。護ろうと決めた家族から離れるなんて。
「別に高校なんか行きたくない。今だって学校にも行かないで兄貴に勉強を教わっているだけじゃないか? 今のままで何の不都合があるんだ?」
父親は何回も説得しようとした。でもその度に父の説得を拒絶し、相変わらず毎日、家族を警護することで過ごすことにした。
そしてまた、平穏な毎日が続いた。懸念と警戒は、幸いにも無駄に終わる毎日が続いていた。
誕生日が来て、無事に十六歳になることができた。
体中にある無数の銃創の跡やナイフで切られた跡を見るたびに、十三歳から十四歳までの苦い記憶がよみがえってきた。つらかった。今でもつらい。そして苦しい。
薫のことをよく思い出していた。あの綺麗な顔、不思議な口調、しなやかな身体つき。そして、あの甘く芳しい薫の匂いを。
父親がまた言ってきた。
「創、日本はもうすぐ夏休みだ。お前、あのおじさんのところに行くつもりは無いか? 覚えているだろう? 父さんが昔から世話になっていてお前も良く遊んでもらったあのおじさんだ。もっとも、もうおじいさんになっているけれどな。日本で夏休みをゆっくり過ごして二学期から高校へ行ったらどうだ?」
やれやれ。またその話か。
「ねぇ、父さん。その話は前に結論が出てたんじゃなかったか? このままがいい。このまま皆とここに残る。学校なんか行きたくない。行かなくても十分じゃないか」
「そうもいかんのだ。私はある人と大事な約束をしていてな。それを果たすためにはどうしてもお前に日本に帰ってもらいたいんだ」
「それは僕のした約束じゃない。とにかくここに残る」
父はそれ以上何も言わなくなって、考え込むことが多くなった。
あのつらい出来事が起きたのは、あの忘れようとしても忘れられない出来事があったのは、そんなやり取りがあってから数日経ってからだった。




