忌まわしい記憶 #6
大事な彼女を護るために・・・
何日か経った。彼女は裏通りをいつも歩きたがった。裏通りはどの国のどの地域でも危険が一杯だ。彼女を懸命に説得し、大通りを歩かせるようにした。
ある日、大通りを歩いているときだった。
ちょうどイスラム教の礼拝の時間になった。周りでは一斉に礼拝を始めている。彼女は、何も気にせずにどんどん歩いていく。慌てて彼女に言った。
「真似で良い。彼らと同じように礼拝のポーズをとるんだ。早く!」
僕の口調が怖かったのか、彼女はおとなしく従った。街の皆と同じように礼拝をした。すると、周囲の好奇と憎しみで一杯の目が、少し和らいだ。
彼女は後でこう聞いてきた。
「ねぇ、なんで真似で良いから周りと同じようにしろなんて言ったの?」
「日本には、郷に入っては郷に従え、ということわざがある。それに、君がいくら違う宗教を信仰しているといっても、自分の大事にしている神様を崇めている最中の人たちが周りでうろうろしている君を見たら気分を悪くする。君だって、お祈りしているときに、周りで騒がれたら嫌だろう? 憎らしく思うだろう? それと同じさ」
そう答えた。彼女は感心したように言った。
「あなたって優しいのね。そんなことまで考えているなんて」
違うさ。余計な敵を増やしたくないだけさ。
また別の日。今度は裏通りを歩いていた。反対したが、彼女がどうしても裏通りを歩きたいといって聞かなかった。
事前に見ていた地図は不正確で、実際に歩くと地図とは全くといって良いほどいつも違っていた。そして、彼女が突然泣きながら言った。
「道がわからなくなっちゃった。どうしよう?」
焦った。思い出せ。思い出せ。どこを曲がった? 目印は?
ちょっと考えたら、幸いにもそこは、メイン・ストリートから一本外れたところだった。そして、家からそんなに離れていない。数百メートル程度しかなかった。何度も角を曲がったから、遠くまで来たような気がするだけだった。
周囲を囲まれつつあることに気が付いていた。そして彼女に言った。
「そこの角を左に曲がるとメイン・ストリートに出る。メイン・ストリートに出たところで待ってろ」
彼女は、なぜそんなことを言われたのか理解できていないようだった。もう一度同じ言葉を言い、急げ! 走れ! と冷たく言った。ようやく理解したらしい。駆け出して行った。
「出て来いよ」
現地の言葉で隠れている連中に言った。裏通りには大概、宗教も何も関係ないという悪い奴が何人もいる。奴らもそういう連中だった。
「よくわかったな。なんだよ、つまんねぇな。せっかく儲けられると思ったのによ」
そうリーダー格の男が言った。どうやら誘拐して身代金をせしめようと考えたらしい。
「仕方ない。お前でもいいや。来いよ。来なかったら力ずくでいくぜ」
どの国でもチンピラの言う台詞には大差が無いらしい。
「嫌だね」
そう言った途端、五人が飛び掛ってきた。でも、相手にはならなかった。五人の攻撃をかいくぐり(武器を持たずに誘拐しようなんてな)、リーダーの男の喉もとにナイフを押し当てて言った。
「僕らに手を出すな。手を出した時点で脅しじゃすまなくなる。命が惜しかったら言うとおりにするんだな」
そう言って少し脅したら、その男は震える声で、わかったからナイフをしまってくれと言った。
ナイフを離した。途端に蜘蛛の子を散らすように皆逃げていった。逃げるときに、覚えてやがれ! 次は殺してやる! という決まり文句を残して行った。
やれやれ。どこの国でも大差ないな。
急いでメイン・ストリートに戻った。彼女が心配そうな顔で待っていた。
「大丈夫? 何かあったの?」
「いや、特に無いさ。ただ若い連中と世間話をしただけさ」
とりあえず、そう答えておいた。腰に挿していたグロックがやけに重たく感じた。
どうやら、僕が脅したやつは結構頭が良かったらしい。ボディ・ガードが付く外国人の女の子。それなら絶対に金になると踏んだらしい。しかも、連中は子供の頃から武器を扱いなれている。捨て台詞が捨て台詞で無くなった。
その日も裏通りを歩いていた。今度もメイン・ストリートから一本入った道だったが、家からは少し離れすぎていた。
後ろから、六人程度の足音がずっと付いてきているのに気が付いていた。周囲に人影は無い。建物の角がすぐそばにあった。ハンドガンのスライドを引く音がした。彼女に冷たい声で言った。
「その角を右に曲がってメイン・ストリートまで走れ。グズグズ言っている暇なんて今日は無いんだ。急げ! 走るんだ!」
そう言い終わって彼女が走り出したと同時に、背中に右手を回し、グロックを引き出しながら振り返った。奴等が慌てて銃を構えるのが見えた。ハンドガンが四人。AK47らしきアサルト・ライフルが二人。
家を出るときには、いつもすぐ撃てるように初弾をチャンバーに装填していた。
そして、AKを持った奴に向けてトリガーを引いた。すぐに二人とも倒れた。ハンドガンを持った四人は何が起こったのかわからないというように呆然と倒れている仲間を見ていた。 それを見ながら、左側に立っている男から順に一回ずつトリガーを引いていった。
建物の角に隠れるまでも無かった。全員がトリガーを一回ずつ引いただけで倒れていった。
残り十一発。グロックを構えながら慎重に近づいていった。AKを持っていた二人を残して、あとの四人は心臓に命中したのか死んでいた。
息のあるAKを持っていた二人のところへ行き、AKを奴らの手の届かないところへ蹴って、男たちの頭部に向けてもう一回ずつトリガーを引いた。
たくさん、赤い血が道路に流れた。周囲を見回した。人影は無い。この街の人たちは、裏通りで銃声を聞いても日常茶飯事のことだとして気にしていないようだった。
そして急いで彼女のところへ走った。彼女はまた心配そうな顔で僕を見た。
「大丈夫? 銃声みたいなのが聞こえたけど、撃たれなかった?」
「僕らのことじゃないさ。まあ、急いで帰ったほうが良いな」
なるべく平静を装って彼女にこう言った。そして急いで家に帰った。
家に帰るとすぐにトイレへ向かい、そして吐いた。胃液しか出なかった。苦しかった。居間には、僕の家族と彼女の家族が揃っていた。何も言わずに自分の部屋へ閉じこもった。
また人を殺してしまった。




