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安息の地  作者: 月夜見
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忌まわしい記憶 #5

心にのしかかる訓練の記憶。

訓練が終わって家族と過ごせるようになった僕。


 そして、訓練が残り二日となった。

 ジェームズは、基本に戻れと言って、生き残った九名に狙撃訓練と射撃訓練を行うよう命令した。訓練最初の頃にやった、板と紙でできたターゲットを相手に。

 安堵した。他の連中も同じ気持ちだったらしい。命令が出たのは訓練終了三日前の夕食点呼の時だった。

ジュースで乾杯した。残り二日で終わることを祝って。もう仲間を傷つけずに済むことを祝って。誰かがビールの方が良いのに、と言ったがここはイスラム圏だし軍事施設だ。アルコールなんてあるわけが無い。違う誰かがそう言って、そして皆で笑った。


 最後の日の朝、ジェームズは生き残った僕らに言った。

 「作戦マニュアルは必要最小限のものでしかないのだ。敵を制圧するためには、敵がどう動くか、どう対処するか、どう攻撃してくるのかを考え、そして行動するしかないのだ。諸君らが生き残るにはそれしかない。私はこの一年でそれを諸君らに教えたつもりだ。だが、まだまだ教え足りん。我々にもっと時間があれば貴様らを絶対に作戦途中に死なすような人間にはしないのだが。諸君らが、今後もさまざまな局面で、この訓練を通して身に着けたことを生かして、そして生き残ることを祈る。以上だ」


 こうして、厳しい訓練所での一年間が終わった。だけど、僕はその一年間で六人を殺していた。そして何人も負傷させていた。しかも仲間たち。親友と言っても良いような仲間たちを。

 自分に嫌気が差していた。うんざりしていた。訓練にも、訓練どおりに動く自分の身体にも。仲間に怪我をさせて平気な自分に。仲間を殺して平然としていた自分に。


 すぐに家に帰った。帰れると言う嬉しい気持ちと、人を殺したと言う重い気持ちを抱えて。


 帰宅すると、家族は当然喜んでくれた。でも、皆僕の顔色が悪いのに気がついたのか、大丈夫かと声をかけてきた。

 「大丈夫。疲れているだけだよ。なにせ一年間も缶詰で訓練したんだから」

 元気な声を無理に出して、そう答えた。

 父親と母親、そして兄貴は僕の返事を聞いて、少し安心したみたいだ。


 でも、僕は人殺しなんです。お父さん。お母さん。


 家に帰った次の日、彼女に出会った。

 彼女は、隣に住むロシアの外交官の娘だった。薫・マリア・リューリク。父親は親日家で、日本人の女性を妻にしていた。だから、彼女はどこか日本人みたいな顔で、でも父親の血を継いでとても端正な顔をしていた。そして、僕と同い年だった。

 正直に言うと、初めて会ったときの感想は、とても美しい女性だというものだった。とても陳腐な、使い古された表現。でも、それ以外に言い様が無かった。まるで美術館の絵から抜け出してきたような、美の女神が降臨したとでも言うような、そんな美しさだった。

 彼女が流暢な日本語で自己紹介したのに、何も言えなかった。言葉が出なかった。あまりの美しさに目を奪われ、見とれるばかりだった。心を奪われたと言っても良かったのかもしれない。この地球上にこんな美しい生物が存在しているのかと、本気で思ったほどだった。

 

 彼女は、毎日のように母親と一緒にやってきた。そして、僕の母親や兄貴と楽しそうに話していた。

 兄貴は頭が良くて、高校生のくせに大学院卒業レヴェルの学力と知識を持っていた。だからなのか、いつも兄貴が彼女に勉強を教えていた。彼女が家にやって来る度に。

 彼女と彼女の家族のことを、家族の皆は気に入っていた。父も母も大事な友人たちだと言っていた。そう、とても大事な人たちなのだと。自分の家族と同じぐらいに。

 毎日、家族の警護以外には何もする気になれず、いつもグロックとタクティカル・ナイフの手入れをしていた。習慣になっているものを止めるのは難しい。それに、これが家族を護るための道具だった。

 街中では訓練所のようにカービン銃やアサルト・ライフルを持ち歩けるわけがなかった。要人警護の人間でもないのにそんなことしたら、すぐに敵と見なされて襲撃される。

 護りたいのは要人じゃなくて、家族だったんだ。


 ある日、いつものように家にやってきた彼女が、僕に向かって囁いてきた。

 「ねえ、買いたいものがあるの。付き合ってくれない?」

 彼女はいつも男言葉を使うが、何かお願いをするときだけ女性特有の話し方をした。なぜだかそれが面白かった。

 「いいよ。でもこの街の地理に不案内なんだ」

 「大丈夫だ、私はもうだいぶ前にここに来て何度も歩いているからな」

 そして、街へと出かけることにした。

 ヴェールをまとった彼女は、楽しそうにウィンドウ・ショッピングをしていた。僕は習慣になっている周囲の状況確認をしながら彼女から少し離れて歩いていた。

 イスラム圏では女性に近づくのは、商店で買い物をするときに店主が女性であるとき以外はタブーだった。不用意に近づいて、声でもかけようものならすぐに周囲から石を投げられる。

 警護をするときには余計な敵を作らない方が良い。それもジェームズがくどくどと言っていたことだ。

 その日は何も起こらず、無事に家に戻ることができた。それから何度も彼女は僕を連れて街へと出たがった。

 ある時、母と彼女の母親がリヴィングで話しているのが耳に入ってきた。

 「薫にも困ったものだわ」

 「どうなすったの?」

 母が心配そうに聞いていた。

 「あなたたちが皆さんでお出かけされているときにも、外に出たがるのよ。護衛を付けているのだけれど、彼らからいつも逃げ出してどこかへ行ってしまうの。本当に心配だわ」

 「まあ、それは大変。じゃあ、こうしましょう?」

 母が何か思いついたようだった。

 「ウチの創を薫さんのボディ・ガードに付けるわ。創ならそうした訓練をしてくれるところに入っていたから、薫さんを護ってくれるわ。私たちにとっても大事な薫さんに何かあったら困るもの」

 「本当に良いのかしら? でも助かるわ。本当にありがとう」

 彼女の母親が礼を言っていた。

 そして、その次の日から彼女のボディ・ガードとして、彼女に付いて歩くことになった。


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