護るために #3
場所を移しては牽制して撃ち合うのがどの程度の時間続いただろう。気が付いたらだんだんと明るくなって来ていた。CQCだと分が悪いかもしれない。残りの弾を数えた。グロックに十五発。予備のマガジンが一個。これだけしか残っていなかった。向こうはもっとあるみたいだ。僕の姿を見つけては何発も牽制して撃ってくる。逃げるのも限界が近いな。そう思った。十分薫のいる建物から引き離したし。そろそろけりをつけるか。
どうやら向こうも同じ考えだったらしい。
男は何か叫んで、姿勢を低くして物陰に隠れていたのをやめて立ち上がっていた。
驚いた。普通は絶対にそんなことはしない。訓練所では、どんな状況下でも物陰に隠れて敵を制圧できるように、遮蔽物から遮蔽物へ移動しながら銃撃できるように訓練された。
予備のマガジンを左手に持ったままで、だけどしっかりとグロックを両手で握り、トリガー・ガードに指を掛けて場所を移した。でも、弾の残りはわずか。撃つこともできず、距離を縮めることしかできなかった。
結局、遮蔽物も何も無くなって、仕方なく撃ちながら近づいて行った。近づきながらもジグザグに動いたりして牽制した。幸い、頭には当たらなかった。向こうも同じだった。でも。今までの撃ち合いで何発かは当たっていた。向こうも同じだった。お互いに遮蔽物を利用しながらの撃ち合いだったのに。弾を受けていた。左足に、右肩に、左肩に、そして左の脇腹に。残り二発。向こうは、・・・判らないや。
結局CQCを覚悟して、向き合うような陣形になったとき、彼は一発しか撃たなかった。それ以上は撃てるわけがなかった。CQCの基本姿勢を取りながら、三メートルくらいの距離で向き合っていた。彼の顔は青ざめていた。弾が当たったショック症状と出血と、弾切れで。彼が片手に一丁ずつ持っていたハンドガンは、両方ともスライドが後ろに下がっていて、イジェクション・ポート(薬莢を排出するところだ)が開いていた。それは、完全な弾切れを意味している。
銃口を上げた。そしてトリガーを引いた。男は後ろに倒れていった。長い時間のようだったけれど、実際はほんの一瞬だった。何も考えていなかった。
そして彼が死んでいることを確かめるつもりで、既に手に持っていたもう一本の短刀を構え、残り一発のグロックの銃口を彼に向けたまま近づいた。いつでも刺し殺せるように。いつでも撃ち殺せるように。訓練どおりに。そして、念を押すように最後の一発を倒れている男の頭部へ撃ち込んだ。
やっぱり、彼は死んでいた。しっかりと。完全に。完璧に。眉間に弾の入り込んだ跡をつけ、頭蓋の後ろ半分を吹き飛ばされるようにして。血がたくさん流れていた。
安心した。あまりにも安心しすぎて気を失いそうだった。
まだだ。気を失うにしろ、死んでしまうにしろ、まだ早かった。薫の無事を確認しなくちゃ。
ぼんやりと考えた。やっぱりただの戦闘マシーンなんだな。今回も薫を助けるためとはいえ、人を五人も殺したぞ。そういえば、あの時も五人だったっけ。やっぱり、ただの人殺しじゃないか。この僕と言う男は。
建物のドアを全身で押し開け、外の光が入るようにしてから中を見た。あのときの車が停まっていた。薫の姿は建物の中には見えなかった。
建物の中にトラップは? 伏せてトラップ用のワイヤーや地面に不審な場所がないか確認した。何も無い。薫の姿も無い。
混乱した。どこに? 一体どこに? 知らないうちに短刀を持ったまま叫んでいた。
「薫! 薫! 薫! どこだ! どこにいるんだ!」
車が揺れた。短刀を構え、半ば朦朧としながらCQCの基本ポジションを取った。今なら殺される。確実に。もう動けそうに無かった。CQCなんか無理だ。そう、朦朧としていたから。
でも、意識を無理にでも保たなきゃ。
薫の顔を見るまでは。
彼女を護らなきゃ。僕の大事な、僕の家族の大事な薫を。
約束を果たさなきゃ。田代さんと恭平さんの顔が思い浮かんだ。村上と菅野さんの顔が思い浮かんだ。片桐さんの顔が思い浮かんだ。
そして薫の綺麗な、とても美しいあの笑顔が。
車の中を、朦朧としつつ、それでも訓練どおり警戒しながら遠目に覗き込んだ。
薫が縛られて、猿轡をはめられて横になっていた。
周囲を警戒しながら、車やその周囲に仕掛けが無いかどうかを確認した。絶対に何かある。そう考え、行動した。訓練所で、トラップを仕掛けてから攻撃したり、逃げたりするんだと、そう訓練されていた。
だから、あの時、最後の男が出てくるときに、絶対にトラップを仕掛けてから建物から出たに違いない。そう思っていた。
それでも、車の外にはワイヤーやコード類は出ていない。地雷を埋めた形跡も無い。不審な物体も無い。
訓練所でトラップを仕掛けるときは、よくM18クレイモア対人地雷(しかも本物だ)を使っていた。弁当箱みたいな大きさの地雷で、ワイヤー・トラップと連動させるか、リモコンで作動させていた。仲間の何人かは、僕の仕掛けたクレイモアに引っ掛って負傷していた。腿の肉が半分無くなった仲間もいた。つらい。悲しい記憶だ。
近づいて窓ガラスから中を覗いてみた。やっぱりワイヤーもコード類も無い。もしあったら大変だ。確実に爆弾が仕掛けられている。解体なんてできないよ。左足が痛い。左肩が痛い。右肩が痛い。左脇腹が痛い。
ワイヤーもコードも見えなかったから、ドアを開けた。思い切って。爆発するのを覚悟して。でも、大丈夫だった。そして持っていた短刀で薫の猿轡を切り、彼女を縛っているロープを切った。
薫が抱きついてきた。大事な薫が。でも痛い。痛い、痛いって。だから、痛いって。やめてくれよ。痛いんだから。
「創! 大丈夫? 創? 創? 怪我してる!」
「大丈夫だよ、でも痛いって。離してくれよ」
ピントが合ったり合わなかったりだなぁ。でも、薫にこう聞いた。
「怪我は無い? 奴らに何かされた? 痛いところは無い?」
・・・薫が何か言っている。聞かなきゃ。あれ? 短刀がどっかに行っちゃったぞ。今襲われたら最後だぞ。警戒しなきゃ。考えろ! そして行動しろ!
「私は大丈夫よ! 怪我もないし、何もされてないわ!」
・・・また何か言っているな。聞かなきゃ。
「創! 創! 創? 聞こえてる?」
・・・ああ。聞こえているって。大丈夫。でも眠くなってきたぞ。
・・・車のタイヤのスキール音が聞こえたぞ。うるさいなぁ。・・・なんだ? 田代さんが僕の顔を覗き込んでいるぞ。なんか叫んでいるな。
「おい! 創! しっかりしろ! 今医者に運んでやる!」
・・・なんだ、田代さんがいるってことは、もう夜が明けたんだ。早いなぁ。
・・・徹夜の戦闘訓練は相変わらずきついなぁ。眠たくて仕様が無いや。あの鬼教官に叩き起こされるまで寝てようかな。そうしよう。
・・・ああ、そう言えば薫を助けに来ていたんだっけ。ああ、薫が僕を見ている。今度は助けることができたんだな。あれ、薫は僕の手を握っているのかな? 暖かいや。薫は相変わらず良い匂いがするなぁ。甘くて、なんか、落ち着く匂いだ。
・・・何てきつい訓練なんだろう。いつも眠いや。あの教官はいつかぶん殴ってやりたいなぁ。とりあえず、今日はもう訓練が終わりみたいだから、眠ってもいいよな。じゃあ、眠るとしようかな。おとうさん、おかあさん。ああ、あにきも。おやすみなさい。




